1-10『虫が苦手な訳では無い――ホントダヨ』
それからというもの俺は先頭を歩き、更にダンジョンの奥へ奥へと進んでいった。
ここはEランクダンジョンのため、スライムやゴブリンなどの弱い魔物しか居なく、普段は瞬殺している相手のため、手加減するのが非常に難しかったけど、何とか瞬殺とは思われない程度に留めていく。
うーん、弱い。
さっきルリハが説明していた通り、このダンジョンは全五階層で三階層を超えたところにセーフティーエリアがあって休憩することが出来る。
現在、俺たちはもうすぐ三階層が終わるところまで来て、もうすぐセーフティーエリアで休憩することになるのだが、俺は何を休憩したらいいのだろうか。
多分二人は俺のことを気遣って休憩しようと言っているのだろうけど、身体的疲労に関しては全くない。
「もうすぐでセーフティーエリアですので、頑張ってください」
このキラキラ笑顔で応援してくれているというのが心に来る。実力をごまかしているという事実が本当に申し訳なくなってくる。
「なんか余裕そうだね。結構戦うのには慣れている感じ?」
なんかこっちはこっちですごく勘が鋭いからいつ実力がバレるか分からず、ひやひやする。ルリハの目があるからさっきから戦うときは普通に戦う時よりもすごくドキドキしている。
「まぁ、仮にもDランクだから」
言いながら目の前にいるゴブリンのこん棒を回避し、短剣で胸を切り裂いて討伐する。
戦いでは疲労は溜まらないけど、この演技に疲れるんだよなと考えつつ、短剣からゴブリンの血液を振るい落とす。
ちなみにゴブリンは頭があまり良くないため、まっすぐ突撃してくる習性がある。だから本来なら初手で攻撃を回避したらカウンターで討伐完了となるのだが、そこをわざわざ何回か攻撃を受け止めたり受けたりしている。
ただ、ダメージは一切受けていない。吹っ飛んだフリをしている。
そのせいかゴブリンは手ごたえが無いようで不思議そうに時折俺を見つめてくるのだが、ルリハにバレないでくれと願うばかりである。
「さて、ようやく階段ですね」
「セーフティーエリアに着いたらお昼にしよう」
ようやく見えてきたセーフティーエリアへの階段。
セーフティーエリアには魔物は入ってこれない結界のようなものがあるらしい。そこら辺の仕組みは俺もよく知らない。ダンジョンにはまだ解明されていない神秘がいっぱいあるんだ。
身体的疲労は無いんだけど、気苦労はあるかもしれないからとりあえず一息つきたいと考えつつ歩いていると物音が聞こえてきた。
「――逃げる」
「え? ちょっと、ハルト君!?」
「どうしたの」
物音が何の物音か理解した瞬間、俺は実力がバレるのとかお構いなしに全力疾走をした。
「な、何があったんですか」
「つか速い……追いつけない」
二人は気が付いていないみたいだけど、これは羽音だ。
それも虫系のもので、俺がこの世で最も遭遇したくない魔物だ。
Eランクの虫系魔物も存在するからこのダンジョンにも居る可能性があるというのは理解していた。だが、今の今まで出てこなくて俺は油断していた。
今のこのタイミングで出てくるとなったら俺はもう全力でセーフティーエリアの階段を駆け下りた。
二人よりも一足早くセーフティーエリアにまで降りてきた俺は地面に手をついて息を切らしていた。
遅れて甲高い悲鳴が階段の上から聞こえてくることから察するに、あの羽音の主と遭遇してしまったのだろう。
悪い、本当にあいつらとは戦いたくないんだ。あれと戦うくらいなら本気の魔王とやりあった方がいい。あれと戦っても楽しくないわ後処理が大変だわで遭遇もしたくない。
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ……」
少し遅れてユイとルリハの二人も階段をおりてきて地面に崩れ落ち、肩で呼吸をしていた。
「虫、虫はいやぁ」
「どうしよう、いっその事この世のダンジョン全て破壊しようか……」
ユイは涙目になっており、ルリハはかなりバイオレンス思考になっていた。
全部破壊するのは無理だと思うぞ? この世界には数え切れないほど無数のダンジョンが存在しているし、出現したダンジョンを簡単に破壊することは出来ない。
ちなみにダンジョンの壁や床が少し破壊されたとしても魔素の影響なのか数日で完全に修復される。これも未だ解明されていないダンジョンの不思議だ。
「うぅ……お昼にしましょうか」
「いや、もう少し休んでて良いんだけど」
涙目のままバッグの中を探るユイ。
普通に俺はダンジョン内で作るつもりだったんだが、弁当でも持ってきているのだろうか。
普通は持ってくるものか。ダンジョン内の食材はほぼまともに食べられないから現地調達をする訳にもいかないからな。
俺は普通に自分の分は自分で用意するつもりだったので、そのまま調理道具をその場に広げていき、出発前に拾ってきた木の枝を纏めて置き、深呼吸をする。
こんな所で爆発なんてしたら大惨事だから一旦心を落ち着ける。
「あれ?」
そんなことをしているとユイの方から困惑したような、焦りが含まれたような声が聞こえてきたため、作業を中断してユイ達の方へ顔を向ける。
「ユイ、どうしたの?」
「…………」
「ユイ?」
「ごめん……」
「ユイ!?」
「お弁当……忘れた」
その言葉を聞いて顔に手を当てて天を仰いでしまうルリハ。
ダンジョン探索は事前準備をしっかりする必要があって、忘れ物とかは基本的に許されないものなんだが、昨日のユイを見ているとたいして驚かない自分が居てびっくりだ。ルリハも慣れているのか呆れているだけっぽいしな。
なんか、いつかユイのポンコツのせいで魔王関係ないところで簡単に死んでしまいそうな勇者パーティーだな。
「ユイ、だから私が用意するかって言ったのに」
「うぅぅ……だってぇ」
信じられるか? これが世界の命運を握る勇者パーティーなんだぜ?
さすがにあの泣き虫魔王でも負ける気がしないな。
さすがに涙目で可哀想だし、助け舟を出すか。
「それじゃあ、俺が昼飯作るよ」
「え、料理出来るの?」
「あぁ、いつも自分で用意してるからな」
「い、良いんですか?」
「いいよ。俺はサポーターだからな」
サポーターという役職の仕事は戦闘中の支援だけではなく、荷物持ちや手当て、更にはこう言った食事の準備など多岐にわたる。
俺は色々な料理を作れる訳じゃないが、スープは作れるから別に料理が出来ないと言う訳では無いはずだ。あと、魔物を解体できるし。
「ちょっと離れててくれ『ファイアボール』」
とりあえずいつも通りにファイアボールで焚き火に火をつける。
ボフンッ。
気を抜いたせいだろう。威力制御が疎かになり、焚き火は小爆発を起こしてしまった。
幸い小爆発で済んだから被害は少なく、被害といえば俺の顔面が錫だらけになってしまったことくらいだろう。
しかし、逆に考えればこの程度の爆発に留めることが出来たということだ。著しい成長ではないか。
「ちょ、大丈夫なの?」
「か、顔凄いことになってるよ」
「新しい薪を用意するんで待っててください」
一応こうなることも加味して予備の薪も用意してある。そしてこれがダメなら予備の予備、それもダメなら予備の予備の予備と、準備は万端だ。
このセーフティーエリアが崩壊し、俺たちが生き埋めにならなければ問題は無い。成功するまでやればそれは成功率百パーセントだ。
いい感じに組んだら再びファイアボールを使おうと手のひらを薪に向けると、突然ルリハに手首を捕まれ、手のひらを天井の方に向けられてしまった。
突然のことに驚いているとルリハが今度は薪へ手のひらを向ける。
「こうやるのよ、『ファイアボール』」
ルリハの手のひらから射出されたファイアボールは完璧だった。
薪へ直撃すると爆発はせずに静かに燃え上がり始める。これが普通なんだろうけど、俺にとっては神業のように思えて感動し、思わずテンションが上がってしまった。
「すっげーっ! 爆発しなかった!? え、どうやったの!? すっげぇっ!」
「いや、これだけで褒められるのは複雑なんだけども」
「ハルト君は魔法制御が苦手なんですね。大丈夫です、これから私たちが教えてあげますから!」
「ユイもそんなに魔法得意じゃないでしょ」
「うぐっ」
何はともあれ、焚き火が作れたから料理をする準備は整った。横では痛いところを指摘されたらしいユイが打ちひしがれているが気にしないでおくことにしよう。




