4-35『断罪者ハイド』
ハイドはまだ倒れていなかった。
吹き飛ばされても尚、地面に倒れ伏すことはせず、手をついて身体が倒れてしまわないように支えていた。
「詐欺師が何いっちょ前に人を守ろうとしている。人を騙したやつがなに善人をやろうとしている。今更、善行を積もうとしても、お前の罪が消えるわけじゃあない。それなのになぜ、そんなに必死に戦う」
「別に罪がどうとか、そういうのは関係ない。俺が助けたいって、それだけの話だ」
「身勝手だ。騙された人の気持ちを考えたことはあるのか、この極悪人が!」
何なんだ、このハイドの嘘に対する強烈な憎悪のような感情は。明らかに俺がマナを騙していたということ、その一点にこだわり、俺を憎んでいるという様子。
どうしてそこまで執着する。どうしてそこまで嫌悪、憎悪する?
ガルガは魔人になってまだ日が浅かったから魔人に染まりきっていなかったとして、あのハイドの感情は魔人のものとは違う。
その感情は善悪の区別が付く、人間としての感情だろう。
「なぜ生きる! なぜ死なない! なぜ守る! なぜ善い行いをしようとする! お前の様な極悪人が善の道を生きようとするな!」
「別に善行をしようと思ってやっているわけじゃない。俺はこの人たちに死んでほしくないから戦っているだけだ!」
「死んでほしくないだと? 誰かを騙しているくせに、そいつらには死んでほしくないだ? ふざけるのも大概にしろよ! それはお前のわがままだろうが。大切な人さえ守れれば、他の人がどうなってもいいということか!? 大切な人を守っていれば誰かを騙していてもそれでいいというのか!?」
「ハイド、お前はいったい……」
――過去に何があったんだ?
そう聞こうとしたが、ハイドの言葉に遮られた。
「いっぺん、失う側の気持ちを味わってみると良い」
「えっ」
突然背後から魔力を感じたと思ったら何やら生暖かい飛沫が飛んできた。
驚愕しつつ、背後へ振り返って状況を確認した。
俺に降り注いできた飛沫は赤く、鉄のような臭いがする――血液だ。
そして、どうしてそんなものが飛んできたのか、答えは一つしか無く、俺の視界に飛んできたのはあまりにも絶望するには簡単過ぎる光景。
ルリハが突き飛ばされて地面に尻餅をつき、そして土の触手がハクちゃんの胴体を貫いている光景だった。
「ハクぅぅぅぅぅっ!!!!」
ルリハの悲痛な叫びが耳の中で反響する。
あいつ、そう言えば地面から手を離してなかった。つまり、魔法を使う準備は整っていた。
俺が、油断したせいだ。俺が油断したせいでハクちゃんは――
「お、ねえちゃん……生きて」
「ハクっ、ハクっ! 死んじゃダメ、ハクっ!」
触手が抜かれ、ハクちゃんは力なく倒れようとする。それをルリハが慌てて駆け寄って支えるが、そのハクちゃんの身体からは力が抜けていて、生気を感じられないほどに顔色が白くなっていた。
まだ生きている。
だけど、これ以上血を流し続けたら命に関わる。それ以前に、腹を貫かれたんだ。急いで腕の良い治癒師の治療を受けないと、ハクちゃんは手遅れになる。
くそ、これがあいつの言う、失う側の気持ちを味わうということなのか!
あいつ、俺のことが憎いなら俺を攻撃し続ければいいのに、どうしてこんな……。
「分かったか? これがお前の犯した罪の大きさだ」
「お前、この人たちは関係ないだろ。俺のことが憎いなら俺を殺せ! 俺を痛めつけろ!」
「いや、俺はそもそも人間自体を信用していない。人間は遅かれ早かれ、根絶やしにするつもりだ。今ここで死のうとも、死期が早まっただけで、結局は死ぬ。今ここで死んだところで何も変わらないだろ」
「なに、言ってるんだお前」
「俺の計画は人間を根絶やしにすること。姑息で残虐、他責思考で、すぐ嘘をつく人間など、この世界に存在する価値はない。むしろ、この世界に存在することで不幸が生まれる、絶望が生まれる、地獄が生まれる。ならば、この世界には存在しないほうが良い。俺はそのために魔人になった」
「お前……馬鹿にもほどがあるだろ! 人間が居ることで幸せが生まれている、苦労はするし、他責思考、直ぐに嘘をつく人だって居る。そこは居ないとは言えないけど、全ての人間がそんなんじゃない! お前だって元人間なら、そんな事は知っているはずだろう!」
なんでそうやって簡単に人を殺すことが出来るんだ。
確かにハイドの言うことには一理ある。だけど、全てがそうというわけじゃない。
人間が居るからこそ良かったことだってたくさんある。誰だって失敗する時はあるさ、だけど、その一面だけ見て人間に絶望して根絶やしにするって……それこそお前の身勝手じゃないか。
ハクちゃんは死なせない。
絶対に何があってもこの二人は守り抜く。
俺の『治癒』じゃこの傷を治すことは出来ないけど、それでも延命は出来るはずだ。
だからとにかく話しながらでもハクちゃんのお腹に手を当てて『治癒』をかけ続ける。
「っ」
ハイドの顔を見る。
すると、ハイドの表情がちょっとだけ揺らいだように見えた。だが、その表情もただの一瞬で、また元通りの憎悪たっぷりの表情へと戻ってしまった。
「知らないねぇ。俺は魔人になったから人間のときのことなんざ覚えてない。とにかく詐欺師のお前はここで死ぬ。おめでとう、お前はハイド・バッカスが明確に殺意を抱いて殺す人間、第一号になるんだ!」
ダメだ、俺がなんと言おうとも、魔人になったハイドにはどんな言葉も響かない、届かない。
ちょっとだけ人間らしい感情があるように見えたから、罪悪感を覚えてくれないかと思って言ってみたけど、結局効果はあんまりないみたいだ。
俺の切り札の影響を受けてこれほど動いていられるとしたら、罪悪感なんて覚えていないということになる。いくら正当化しても心の奥底で罪悪感を覚えていれば効果はあるはずなんだ。
それすらないっていうことは、心も完全に魔人ということになる。
「はぁ……」
手が痛い。動かすたびに激痛が走ってうまく力が込められない。
エイフィルと戦った時に無茶をしたのがここまで響いてくるなんて。というか、こんなに連続で魔人と戦うことになるとは思うはずがないだろ。
でも、俺は戦わないといけない。ルリハを、ハクちゃんを守らないといけないんだ。
「ハイド……賢者、ゼルドガル・バッドレイの代わりに俺、カルマ・エルドライトがお前を倒す」
「俺を倒すだと? 寝言は寝て言え。もうすでに満身創痍じゃねぇか。罪人は罪人らしく、くたばれ!」
ハイドが再び地面を蹴って俺に急接近してくる。
何とか耐えるんだ。何とか耐えて、ダメージを蓄えるんだ。勝機があるとしたらそれしかない。
受ける構えを取り、ハイドの攻撃を迎え撃つ。
だが、ハイドの攻撃が俺にやってくることはなかった。
「『紅蓮廻炎』」
俺の横をかすめるようにしてハイドへと炎の矢が俺の背後から飛んで行った。
それをハイドが回避すると、その場で爆発を引き起こし、激しく燃え上がる。その光景に俺は理解が追い付かなかった。
これって、間違いない。俺の背後に居て『紅蓮廻炎』を撃てる人物なんて、そんなの一人しかいないだろう。
「な、なんで……なんでルリハ!」
「許さない。よくも、よくもハクを! 絶対に許さない。燃やしてやる、燃やして灰にして消し炭にしてやる!」
振り返って俺は言葉に詰まった。
そのルリハの様子はいつもとはまるで違う。冷静さを完全に失い、その瞳は怒りに染まって我を忘れているという様子。
自分の魔力回路の事なんか完全に忘れ、ただただハイドを攻撃するということしか考えていない、まるで復讐者のような、俺が正体を明かした直後のハイドのような表情になっていた。




