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月日は流れ去っていく。
私の存在する時間に対して人の一生は短い。
それでも、濃密に記憶に残る人生もある。
人は誰しも懸命に自分の人生を生きているのだ。
それは、私の心を震わせる。
あの日の少女の様に私の心を強く引き付ける者もいる。
ある日戦が起きた。
結局人は争う生き物なのかもしれない。
争い、その虚しさを知っても、また時がたてば争うのだ。
それは愚かと言うのも違うのかもしれない。
人とはそういうもので、争いをなくそうと思うほうが愚かなのかもしれない。
それでもなお、争いがなくならないのと同じ様に、争いをなくそうとする人間も現れるのだ。
大人達がこぞって、自分達の正義を口にしながら、戦っている。
私は何度も見てきた、争うもの達は戦い勝てば、全てが上手くいくと思っているのだろう。
戦が始まり、片方の勢いが強くなる。
劣勢に立たされた側のものは、悲壮な雰囲気が漂う。
ピリピリと険悪な雰囲気が漂い。
仲間内で、さらなる争いが起きそうに見えた。
そんな中、一人の少年が鎧を纏い、剣をとった。
優しそうな少年だった。
いや実際に優しいのだろう。
劣勢な雰囲気のか、より年少な子供や年寄りにも気遣いを見せていた。
剣を握る、その手は震えていた。
少年は敵の本拠地を見据える。
手の震えはなくなっていた。
馬をかり、先陣をきり敵の本拠地へ切り込んでいく。
その勇気に他の者も、つきしたがった。
少年の気迫のためか、敵の油断があったのか。
少年の決死の戦いにより、逆転勝利を迎えた。
皆、少年を称賛した。
口々に話しは美化され、少年の戦いぶりに憧れる者も多くいた。
少年は皆の称賛に笑顔で答えていた。
あの日の決死の表情を見えなくなり、また優しそうな表情に戻っている。
けれど、私は見ていた、少年が部屋で一人泣いているのを。
あの日の戦で、少年の親類も亡くなっていたのだ。
他にも亡くなった知り合いもいた。
敵側にも、知り合いはいた。
少年は震えていた。
「何が英雄だ、何もなせてはいないではないか、敵も味方も何が違うというのだ、私が切った人間と守った人間、何が違うというのだ、何が」
少年は泣いていた。
その目の奥にあったのは強い怒りだった。
震えて泣きながらも強い意志を持つ少年に私は心惹かれた。
この少年の人生を見守ろうと思った。
少年は勉学に励んだ、以前から熱心ではあったろう、
けれど、より増して熱心に励んだ。
争いをなくす術をみつけるために。
もがく様に勉学する、その様はいっそ怖いほどに思えた。
ただ、いずれまた、戦は起きるのだ、少年はそう感じていたのだ。
自分に何ができるのかと。
少年は、あの少女の様に私に気づいたりはしなかった。
けれど、少年の心や意志が不思議なほどに、強く私に感じられた。
この少年もまた、特別なのかもしれない、私にとっては。
少年は幸いというか、高い地位の家に生まれていた。
その事が、責任感が強い少年には以前は少し辛くはあった。
けれど、今は、これが自分の使命なのかとも感じていた。
けれど時々思うのだ、ただ精一杯、日々を生きるだけの生活の方が幸せなのではないかと。
時は過ぎる。
私にとっては一瞬の様な時間だが、少年は大人へ成長していった。
彼の努力が実ったのか、今では国の中でも強い発言力を持つ地位についていた。
彼は色々な功績をなしとげた。
法を整え、生まれにとらわれず、人々が役職につける様にもにしたし、国が乱れぬ様、大王中心の国づくりをすすめた。
彼は貪欲に学んだ、海の外の大国には新しい知識や技術が多くあった。
けれど、どれほどの知識や技術があろうとも、人は人だなとも感じていた。
争いは起きるのだと。
それに幼い頃から仏教や儒教を学んだ彼は、人生の価値は心のあり方が重要であるとも感じていた。
人々は皆、彼を聖人君子の様だと褒め称えた。
けれど、彼は、これでいいのだろうかと、いつも悩んでいた。
本当に、これでいいのだろうかと。
ある日彼は貧しい人に出会った、その人はボロボロの服を着て、やせ細った体をしていた。
彼は、その人に駆け寄り、服と食事を分け与えた。
貧しい人は、感激し、彼に感謝の言葉をのべた。
周りの人々も彼の慈悲深さに感嘆の声をあげた。
けれど、彼はよりいっそう悩む事になった。
私は、何をなせたのだろうか。
あれしきの食事と服を与えたところで、その場しのぎにかならないだろう。
あの様に貧しい人は多くいる。
私のした事に意味はあるのだろうかと。
それでも彼は、毎日、自らの仕事を精一杯取り組んだ。
やれる事をやる、それ以外にできる事はないのだからと。
それから時はたち、以前貧しい人と出会った場所に、通りかかった。
彼は気になり、近くの住民に、貧しい人の事を聞いてみた。
すると、彼は亡くなっていた。
そうかと思った。
やはり、私のした事は意味がなかったか。
けれど、住民の人は話してくれた。
貧しい人は、彼にしてもらった事を何度も感謝していた。
最後まで幸せそうに話していたと。
彼は胸うたれていた、彼の目に涙が伝う。
彼は住民に謝辞を述べた。
住民は驚いていたが
彼は、心の底から嬉しかったのだ。
自分のしてきた事に価値を感じる事ができたのだから。
また、時は過ぎる、彼の命も尽きようとしていた。
ついに彼は私に気づく事はなかった。
そう思っていた。
「そこに何かいるのか? もしや神様か仏様か」
私は神でも仏様でないよ
「何も答えてはくれぬか、いやただの、幻覚やもな、
もう、私もいよいよということだな」
最後に私に気づいてくれたが、声までは届かぬか。
「私は結局、何かをなせたのだろうか、皆一様に褒めてくれるが、真に価値のある事をなせたのだろうか、いやそもそも真に価値のある事などあるのだろうか」
この男は、この後に及んでまで。
お前は良くやったよ。私が良く見ていた。
心からそう、思った、そう伝えたかった。
「そう言ってくださるのか、有り難い」
彼の目から涙が伝う。
伝わったのか、最後に良かった、どうしても伝えたい事が伝えれた。
「貴方は何だろうか私の幻覚か、それでも何だろう救われた気がしたよ、そうだ、あの貧しい人もこんな気持ちだったのかもしれないな、ならば、私のした事に意味はあったのかもしれぬ」
彼はそう言って微笑む。
「そうだな、後は、後の世の人に託す事にしようか」