精査
だが、ここで思考ロックしてしまってはいけない。
もしかしたら、狼からの罠かもしれないからだ。
「…でも、安治さんの方も考えてみましょうよ。片方ばかりが黒いと思ってしまったら、それで終わりだわ。安治さんは、どう?」
明生は、あゆみを感心したように見た。
「確かにな。君は成長したな、前なら絶対尚斗だと聞かなかっただろうに。」と、考える顔をした。「安治さん…まあ、初日から落ち着いてて、意見も怪しいところはなかった。それが潜んでいる狼なのだと言われたらそうなのかも知れないと思ってしまう。伊緒さんは、尚斗ばかりを吊り推してて安治さんは真だと言い切っていた。狼同士で色が見えてたからだと言われたら、そうかも知れない。何より、そんな落ち着いた安治さんが、影で尚斗に噛まれてくれるから助かるとか、意地の悪いことを執拗に言って怖がる様を見て楽しんでいた、という事実は、やっぱり黒くは見える。そうやって永嗣さんの護衛を、自分に入れようと尚斗が思い詰めるのを促していたとしたら、そうではないかと思えて来る。その日の襲撃は、カイだったしな。永嗣さんがカイを守っていないのを、狼は知っていたんだろう。」
あゆみは、言った。
「…でも、おかしくない?狼が知っていた、って、安治さん目線では、本当に尚斗さんが護衛を自分に変えたかどうか、分からなかったと思うわ。永嗣さん曰く、施錠時間ギリギリだったんでしょう。景清さんに確認に行く時間もなかったって言っていたわ。安治さんは、尚斗さんを虐めただけで、尚斗さんがそれを本当にやったかどうか確認する術はなかった。狼が知っていたと言うのなら、それを知り得たのは永嗣さん自身と、尚斗さんだけになるわ。つまり、だからそれは安治さんの狼要素ではないということよ。」
明生は、ウンウンと頷いた。
「そうだ!ということは、安治さんに偽要素なんかないということになるぞ?虐めは良くないが、気持ちは分かる。それを、尚斗が利用しようと怯えたふりをして、元気にも怖がっているように印象付けていたのかもしれない。だったら…安治さんの偽要素ってなんだ?結果は…安治さん真なら、愛里さん、伊緒さん、公一、拓郎さん、尚斗が狼ということになるけど、公一と拓郎さんが初日から意見を合わせていた狼に見えるか?」
あゆみは、顔をしかめた。
「見えなくても、尚斗さんが偽ならそうなるんでしょう。尚斗さん真なら、杏奈ちゃんと愛里ちゃんが狼だったかってことになるものね。」と、ハッとした。「…そういえば、愛里ちゃんと杏奈ちゃん吊り指定の時、伊緒ちゃんは杏奈ちゃんに入れていた。私も愛里ちゃんとは仲が良かったし、杏奈ちゃんに入れてたんだけど。それで、杏奈ちゃんと気まずくなったから、覚えているわ。」
明生は、急いで尻のポケットから、半分に折られてヨレヨレになったルールブックを引っ張り出した。
「他は?誰に投票してるんだろう。」
メモしているのか。
急いでルールブックの背表紙を見る、明生にあゆみは感心した。
というか、自分が共有者なのだから、やるべきだったのだ。
あゆみが、自分のていたらくに呆れていると、明生は言った。
「…尚斗も、公一も拓郎さんも杏奈さんに入れてる!」と、手書きの文字をこちらに見せた。「見てくれ!」
1明生→8
2カイ→8
3和人→5
4景清→8
5杏奈→8
6昌平→8
8愛里→5
9あゆみ→5
10伊緒→5
11永嗣→5
12元気→8
14重久→8
15尚斗→5
17安治→8
18佳純→8
19公一→5
20拓郎→5
「…安治さんの黒は、全員杏奈ちゃんだわ!安治さんの結果は、矛盾してない!」
間違った村人も、中には居るだろう。
何しろあゆみも、杏奈に入れてしまっているのだ。
だが、愛里が黒で確定している今、尚斗の黒である愛里、伊緒、杏奈、拓郎、安治の内、杏奈、安治の2人は黒の愛里に入れている。
身内切りにしても、狼5人の内、2人は多くはないだろうか。
まだ、安治の黒位置の方が、この結果からすると自然に見えた。
何しろ、愛里はたったの一票差で吊られていて、その票で死んでしまっているのだ。
それともこれも、次の日確定する色から、白位置に入ろうという思惑からなのだろうか?
「…尚斗が怪しい。」明生は、言った。「投票行動は嘘を付かない。安治さんの黒結果が、全員愛里さんに入れていないことから安治さんは真に見える。口ではどうにでも言える、結果が全てだよ。これを信じよう。他にはもう、オレ達に考える材料はないんだ。安治さんを信じよう。」
あゆみは、ここまで来てもまだ、迷っていた。
だが、こうまでハッキリと目の前に結果を突き付けられると、信じないわけにはいかない。
尚斗さんは、初日から演じていたの…?
あゆみは、人間不信になりそうだった。
あの時公一を信じた自分は、間違っていたのだろうか。
杏奈が愛里に入れざるを得なかったのは分かる。
対抗だからだ。
安治は身内切りするつもりで、結果的にその票で愛里を殺してしまった狼だったら…?
明生は決めているようだったが、あゆみの悩みは尽きなかった。
明生とあゆみは、尚斗と安治を避けるように時間をずらしてキッチンへと降り、そこで弁当を取って来て、昼、夜と食事を済ませた。
時々明生が、ふと顔を上げて誰か廊下に居る気配がする、と言ったが、あゆみには全く分からなかった。
明生は、どういうわけか勘が働くんだ、と言っていた。
1号室の明生は、二階の一番端の部屋だ。
それなのに、こんなところまで来るのは、こちらの動きを知りたいからなのか、それとも話を聞いて欲しいから迷いながら来たのか、分からなかった。
が、どちらにしろあゆみが意を決して扉を開いた時には、もうそこには居なかった。
明生は、怯えるあゆみに、居ないなら気のせいかもしれない、と慰めるようなことを言ったが、なぜか明生は間違っていない、とあゆみは確信があった。
何しろ明生は、キッチンへ降りる時も、今なら誰も居ないだろう、と言ってそれに従うと、本当に誰も居なかったからだ。
何やら不思議な感じがした。
その勘で、どちらが狼なのか当てて欲しいとあゆみが言うと、明生は苦笑して、分かったらとっくにゲームは終わっている、と答えた。
確かにそうだったが、あゆみは明生の勘に頼るより、なかった。
「…もう、明生さんに従おうとと思ってる。でも、私が不安に思ってることを聞いて。」明生はあゆみを見た。あゆみは続けた。「あの日、杏奈ちゃんは対抗だから愛里ちゃんに入れざるを得なかったわ。とすると、仮に安治さんが狼の場合、自分を白く見せようと味方に入れたのなら?意図せず愛里ちゃんを釣る決定票になってしまったとか、ない?」
明生は、フッと息をついた。
「考えたらきりがない。オレだって、その可能性はあるかと思うが、それでも安治さん目線の、狼が全員杏奈さんに入れている事実は重いと思うけどな。あの日、狼と村人の指定だったなら、そうなるのもおかしくない。尚斗が言うように両方狼だったとしたら、確かに迷うかもしれないが…。」
あゆみは、頷いた。
「そうなのよ。両方狼だったら、どっちを吊っても黒結果なんだし、分けて投票とかしそうでしょ?半分が愛里ちゃん、半分が杏奈ちゃんだったら、吊れた方に入れていた人たちが白くならない?現に、次の日グレーでも愛里ちゃんに入れてない人から選ぼうってなってたわ。」
明生は、面倒そうに顔をしかめた。
「…分かってる。分かってるが、だったら君は尚斗が真だと思うんだな?安治さんの偽要素は、その日人狼である愛里ちゃんに入れてないこと、ってことになるのか?愛里さんは確定黒だ。尚斗が主張している杏奈さんは尚斗目線での黒だ。尚斗は、確定黒の愛里さんに入れていない。安治さんは入れている。ちなみに杏奈さんにだって、安治さんは入れてるぞ?それはどう思う?」
あゆみは、渋い顔をした。
そう、尚斗は愛里に入れていないのだ。
村目線での確定黒へ、尚斗が票を入れていない事実は、確かに安治よりも黒くは見えた。
それでも、あの日、あゆみも愛里に入れていないので、村人でも間違ってしまったと考えてしまうのだ。
「…確かに…そうね。」
明生は、ため息をついた。
「…最終日だ。君が悩むのも分かる。でも、確定黒の愛里さん、拓郎さん、伊緒さんの票が杏奈さんに入っている事実は重い。見えていることを精査するんだ。杏奈さんと公一の色は、村目線では確定していない。だから、もしこうだったらこう、と悩む時間はもう終わったんだよ。見えてる事実だけを見て考えよう。確定黒達は、杏奈さんに入れている。つまり、そういう事なんじゃないかとオレは思う。」
あゆみは、頷いた。
最終日、ここまでの行動を見たら、尚斗がどうあっても安治より黒い。
あゆみは、それでも投票前にもう一度、話を聞いておきたい、と思っていた。




