九日目最終日の朝
願いも虚しく、あゆみは目を覚ました。
…私が残されたんだ。
あゆみは、絶望しながら起き上がった。
残されたことに、何やら怒りさえも沸いて来る。
今日は最終日で、泣いても笑ってももう、勝敗は決まる。
尚斗か安治、どちらかを選ばねばならないのだ。
顔を洗って暗い顔で解錠を待ち、午前6時、あゆみは廊下へと足を踏み出した。
ガランとしている。
それはそうだろう、皆死んでしまって、残ったのは自分と真霊媒師、そして狼だけなのだ。
どちらが狼なのか、まだわからない状況だったが、あゆみが残ったことから尚斗の方が一歩リードして怪しかった。
あゆみが、一応明生襲撃を確かめようと重い足を向けると、廊下の端の扉がスッと開いた。
え…?
あゆみは、驚いて立ち止まった。
すると、扉の影から見慣れた長身の姿が出て来て、あゆみを見て驚いた顔をした。
「…え。あゆみさん?生きてるのか?」
こっちのセリフだ。
あゆみは、急いで駆け出した。
「明生さん!そう、生きてるの!だから、明生さんが襲撃されたんだと思って、だから、確認に行こうと思って…。」
どういう事だろう。
あゆみが混乱していると、上から尚斗と安治が降りて来た。
「…あれ。両方居るのか?どういうことだ、狩人はもう居ないよな?」
安治が言う。
明生が、じっと考えて、答えた。
「…もしかしたら、狼は噛み無しを選択できるんじゃないのか。」え、とあゆみは明生を見る。明生は続けた。「確か、狼の項目には、狼を襲撃すること、つまりは自噛みはできないと書いてあったが、噛み無し選択ができないとは書いてなかった。狼は、噛み無しを選択したんだ。」
尚斗が、言った。
「でも、そんなことをするメリットは?数を減らしたいんじゃないのか?」
明生は、首を振った。
「4人残りでどちらにしろ最終日なのは変わらない。この噛みは、重要だった。どっちを噛んでも怪しまれそうな選択だろう。何しろ、オレ達の意見は真っ二つだし、噛んだ先で狼位置が透ける可能性がある。つまり、狼は位置を透かせないために、噛まなかったんだ。」
あゆみは、やはり狼は頭が良いのだ、と思った。
簡単にはこちらの思惑に嵌まってはくれない。
そもそも景清噛みのことで役職者に騙されたのだから、警戒していてもおかしくはないだろう。
この結果から、初日から落ち着いている安治がやったようにも見えるが、尚斗が初めからわけがわからない人を演じていたら、こんなことぐらいやってのける狼のはずだ。
狡猾に、機会を窺っていたことになるからだ。
尚斗が、言った。
「難しいことはオレにはわからないよ。だが、これでオレか安治さんの二択だよな?君達二人の意見が割れてるから、同票になったらヤバいんじゃないの?ランダムになる。」
明生とあゆみは、顔を見合わせた。
「…もう最終日だから言うが、オレ達の意見は別に割れてない。というか、昨日やり合ったのは、どっちを噛むかで後で判断しようと決めてたからだ。両方の意見が、そのままオレ達の意見で、悩んでたんだよ。結論はまだ出てない。」
尚斗が、言った。
「そうだったのか。じゃあ、噛み無しなんてオレじゃあ考え付かないようなことをして来たんだから、安治さんだって君達も思考の更新ができたんじゃないか?オレはそんなに賢くないし。」
明生とあゆみは、また顔を見合わせた。
「…それを、尚斗さんが言う?」え、と尚斗は驚いた顔をした。あゆみは続けた。「あなたがそう言うことで、私達にそう思わせるためにやったのかなって思ってしまったわ。とりあえず、昨日の結果を聞いてもいい?」
安治が、答えた。
「白。まあ聞かなくても分かってるだろ。」
尚斗も頷く。
「白だよ。ゲームが終わらなかったんだからな。」
だよね。
あゆみは、ため息をついて明生を見る。
明生は、言った。
「じゃあ、オレ達で話し合うことにするよ。君達の意見は、聞きたくなったら部屋に訪ねる。何もなければ投票時間にリビングへ来てくれ。じゃあ、解散。」
数日前と比べて、地味な終わりかただったが、二人は言われて去って言った。
明生は、あゆみを見た。
「じゃあ、オレの部屋に。これで最後だ。しっかり考えよう。」
あゆみは頷いて、明生の部屋へと入って行ったのだった。
部屋に入ると、明生は言った。
「…どうする?尚斗がにわかに怪しい。あの発言の前までは、こんなことができるのは安治さんかと思ったが、尚斗からあんなことを言い出したら、そう思わせたかったのかって思っちまった。」
あゆみは、考えながら頷いた。
「ええ。そうなの、尚斗さんには考えられないことかと思ってたのに、あの発言。そもそも、伊緒ちゃんにあんなに疑われていたのさえ、どっちかが吊られたらどっちかが白くなる論理に則してたんだと思えて来たわ。初日から、尚斗さんが怪しいって言い続けていたもの。あの時尚斗さんが吊られていたら、色が確定していたでしょう?白かったら吊り推してた伊緒ちゃんは怪しまれるけど、黒だったら…どこまでも白くなるわ。狩人精査の時に、伊緒ちゃんが残された可能性がある。それから、仮に永嗣さんが吊られても、噛み無し選択ができるんだもの、真証明は容易いわ。それでも生き残るのは怪しいかもだけど…狩人はすぐには吊らない進行だった。最終日近くまで生き残れば、なんとかやり過ごせそうよ。私…昨日まではほんとに安治さん狼寄りだったの。でも、私が生き残った今朝、尚斗さんが怪しめになってたの。だから余計に、そう思ったのかもしれないけど。」
明生は、息をついた。
「昨日言った通り、オレはどっちが狼でもあゆみさんを噛む可能性の方が高いと思ってたんだ。だから、今朝目が覚めた時、ああ、やっぱりかって思った。だから、オレの中ではどっちが怪しいとか決められてなかったが、こうなって尚斗の発言を聞いたら、確かに怪しく感じたかな。安治さんは、特に言い返すとかなく部屋へ戻って行ったし、自分が真だと印象付けたいと必死なのは、尚斗の方のような印象だったんだ。だから…でも、安治さんは…。」
明生は、迷うように視線を動かす。
あゆみも、迷っているので分かる。
どちらも、昨日までの行動や発言で、怪しい所があるのだが、どちらも決定的な感じではないのだ。
「…どうしよう。」あゆみは、本気で頭を抱えた。「尚斗さんがにわかに怪しく見えたのは、今朝の様子からだったけど、安治さんも、尚斗さんの色が透けてた狼のようなあの、虐め発言…。永嗣さんが白だったし、狩人狼狼はこれで否定されたけど、永嗣さんを吊りたそうだったのは安治さんの方で、縄を消費させたかった狼かって言われたらそうだし。毎日変わるのよ、印象が。今朝は尚斗さんが怪しかったけど、安治さんのこれまでだって白くはなかった。今朝の印象だけで、選んで良いの?」
明生は、大きなため息をついた。
「分かってる。何か決定的なことがあればいいが、それがないんだよな。もう、賭けだ。分かってたが、決断するのが重すぎる。オレにはムリだ。」
そう、もうここまで来たら賭けだ。
あゆみは、爪を噛みながら、じっと考えた。
「…昨日も、白かったのは安治さん。」明生がこちらを見る。あゆみは続けた。「ほら、私達がやり合った時。お互いに正反対の意見を出して、必死に演じてたでしょう?その時、尚斗さんは黙って見てるだけだったけど、安治さんは私達を止めたわ。もし狼なら、どっちがどう疑っているのか少しでも多くの情報が欲しかったはず。何しろ、次の日自分を疑っている方を説得しなきゃならないんだもの。でも、永嗣さんを運ぼうって言って止めたのよ。放置されてたら、もっとやり合わなきゃならなかったわ。意見はたくさんあったし、いくらでもやれたでしょ?全部聞いておいたら、夜の間に反論も考えておけるもの。だからその時、安治さんが真なのかな、って思ったのは覚えてる。」
明生は、頷いた。
「確かにな。狼からしたら、今日たった一人で生き残らなければならないわけだし、こっちがどう考えてるのか情報は欲しいよな。でも尚斗…どう思う?あいつがこんなことを考えられると思うか?あんな後からCOして、みんなに怪しまれるのは分かってたのに。グレー達だってみんな尚斗を怪しいと言って、庇ったのは恵令奈さんだったか?だから、恵令奈さんが狂人っぽいって真っ先に吊ったわけだしな。狼があんなに怪しいCOして、危ない橋を渡ってる。護衛誘導だってそうだ。やっと村が尚斗を話題に出さなくなって来たところで、また問題を起こして。吊って欲しいと言ってるようなもんだろ。」
あゆみは、真剣に考えた。
そう、尚斗は怪しいことばかりしている。
「…それでも、生き残ったわ。」あゆみは、言った。「伊緒ちゃんが初日から尚斗さんを吊り推してた狼だったわけでしょう。とにかく、尚斗さんを吊って欲しかったのよ。もしかしたら狼陣営は、初日にあんなCOしてしまったから、尚斗さんは犠牲にしようとしたんじゃないかな。つまり、伊緒ちゃんが身内切りする意見を出していたのを良いことに、だったら尚斗さんを徹底的に怪しくして、吊らせて色を見せて、伊緒ちゃんを白く見せようとしたんじゃ。でも、なかなか上手く行かなかった。だから、永嗣さんを道連れに、二人を吊らせたいし、カイ君を噛みたいしで、あの日あんなことをしたとか。」
明生は、目を丸くした。
「言われてみたらそうだな。わざわざ永嗣さんの指定がカイに入る日に、それをやったのも永嗣さんを巻き込みたかったからだとしたらしっくり来る。永嗣さんは白だが、尚斗を吊ったら黒が出るから伊緒さんが白くなる。とはいえ、白白で狩人内訳が分からなくなるから、永嗣さんの色結果を見せないために必ずその夜は霊媒を噛まないといけないけどな。尚斗が先なら、次の日永嗣さんまで吊られた可能性は高い。」
あゆみは、段々に尚斗が狼なのでは、と思って来た。
これまでの行動は、尚斗をつらせようとしていたようにしか見えないのだ。




