五日目の投票
『投票してください。』
いつものように、モニターから声が流れる。
ここまで、特に誰に干渉されることもなく、あゆみは部屋に籠ってこの時間を待っていた。
おにぎりだけの夕食は味気なかったが、空腹は満たせた。
あれから、伊緒も杏奈もあゆみを訪ねて来る事はなくて、訪ねて来たのは投票に降りようと、誘いに着てくれた明生と、景清の2人だけだった。
他の人達が、どんな風に過ごしていたのかはわからない。
ただ、杏奈だけはリビングのソファに座り、心細そうに下を向いていた。
伊緒にまで疑われてしまい、一人きりにされたことで一気に今夜は自分なのではと恐れているのだろうと思われた。
そして、それは裏切られなかった。
『投票が終了しました。』
1明生→5
4景清→5
5杏奈→19
9あゆみ→5
10伊緒→5
11永嗣→5
12元気→5
14重久→5
15尚斗→5
17安治→5
19公一→5
20拓郎→5
…全票一致…。
あゆみは、モニターの表示を無感動に見つめた。
こうなって来ると、完全に身内切りされているのか、それとも本人が主張するように村人なのかどちらかだ。
『No.5は追放されます。』
杏奈は、騒ぎはしなかった。
もはやあきらめたように、落ち窪んだ暗い目を上げて、皆を見回しただけだ。
あゆみは、その目と目が合って、心がチクリと痛んだ。
もし村人だったなら、杏奈には本当に悪いことをしたと思ったのだ。
そして、そのまま杏奈は、フッとソファの背へとそっくり返った。
『No.5は追放されました。夜時間に備えてください。』
終わった…。
あゆみは、がっくりと肩の力を抜いた。
今夜も一人追放してしまった…狼であっても、心に重い事だった。
「…じゃあ、二階へ運ぼう。」明生が、言った。「重久、しっかりしろ。ほら、手伝ってくれ。景清だって復活したのに。村のために意見を落とせる数少ない白なんだからな。」
重久は、ハッとしたように明生を見た。
「…なんだって?ああ、わかった。」
それが演技なのだと、あゆみは知っていた。
だが、他の人達には重久がまだ和美が狐だったことに落ち込んでいるのだと思っているだろう。
「手伝うよ。」
拓郎が言うのに、明生は頷く。
「頼む。」
3人は、動かない杏奈の目を閉じてやってから、手足をそれぞれ持って運び出して行った。
景清が、言った。
「じゃあ、護衛先だ。永嗣の部屋から行くよ。その後伊緒さんの所へも行くから、ちょっと部屋で待っててくれないか。」
伊緒は、言った。
「良いけど、また私の護衛先をみんなに話したりしないで。昨日あなたを守ってたことを知られてるでしょ?永嗣さんの指定先は知らされていないのに。不公平だわ。」
景清は、答えた。
「あの時は混乱していたからな。だが、今は違う。」と、立ち上がって皆を見回した。「ここが正念場だ。護衛成功が出たら縄が増えるんだ。明日から、確実に残りのグレー2人も吊りきって、狩人精査に向かう。縄が増えたら狩人を吊りきるのも良いかと思っている。その後、霊媒精査。オレが仮に襲撃されてもそうしてくれ。じゃあ、解散だ。」
景清は、永嗣と共にさっさとそこを出て行った。
あゆみは、それを淡々と見送ってから、朝食用のパンを手に、自分も二階へと上がって行ったのだった。
部屋へ入って扉を閉じると、シンと静まり返って、あゆみはホッと息をついた。
…まさか一人きりなのがこんなに落ち着くなんて。
あゆみは、思った。
佳純が居た頃は、佳純と話して慰められる事ばかりを考えていた。
だが今は、誰も信じられない。
仲良くしていた杏奈すら疑って吊ってしまった今、伊緒のことも冷静な目で見ていた。
一生懸命にやる気を起こさせてくれた、伊緒のことは初日から信じていた。
それが、段々に何やら怪しく思えて来て、信じられなくなってしまった。
もしかしたら真なのかもしれない。
だが、そう思える決定的な何かが欠けていた。
だからこそ、疑わねばならないと思ってしまうのだ。
あゆみがベッドに座って、寝る支度でもしようかと思っていると、部屋のチャイムが鳴った。
…誰?
伊緒なら、断ろうと思っていた。
恐る恐る扉を細く開くと、そこには景清が立っていた。
「景清さん!」あゆみは、急いで扉を大きく開いた。「どうぞ。」
景清は、頷いて入って来て、扉を閉じた。
何やら疲れ切っているような様子の景清に、あゆみは部屋の小さな冷蔵庫へと走った。
「どうしたの?お水、飲みますか?」
景清は、冷蔵庫を開いてペットボトルを出そうとするあゆみに、手を振って言った。
「あ、いや、いいよ。それより、伊緒さんなんだ。」
あゆみは、ペットボトルを戻してから、景清を振り返った。
「伊緒ちゃん?何か言っていたんですか?」
景清は、頷く。
「護衛先なんだよ。元気を守ってくれと言ったら、今夜は安治さんの方が良いんじゃないかって。尚斗さんが狼なら、元気は仲が良いから噛まないだろうと言うんだ。だからオレは、安治さんと尚斗さんは対立しているからこそ、最終日のために残したいと思っているはずだって説得した。なのに、納得しない。尚斗さんが偽だって思考ロックしてるから、それを軸にしか物を考えられないんだろうと思った。とにかく、元気を守ってくれと言い続けて最後は言い返して来るのを聞かずに扉を閉じて来たけど、あの様子だと…もしかしたら、元気を守らないかもしれない。」
あゆみは、顔をしかめた。
それで元気が襲撃されたら、伊緒は責任を取れるんだろうか。
「そんな…じゃあ、元気さんが襲撃されることになるんじゃ。」
景清は、疲れた顔で頷いた。
「そうなりそうだな。まあ、それでも狼からしたらどこを守っているのかわからないだろうし、伊緒さんが真でもまだ希望はあるが、できたらちゃんと元気を守って欲しいんだ。あゆみちゃん、説得できるか?」
伊緒に話に行くのか。
あゆみは、時計を見た。
今は、8時50分だ。
施錠時間は10時なので、まだ時間はあった。
だが、伊緒とはあんな別れかたをしていて、とても気まずい。
もはやあゆみの話を、きちんと聞いてくれるのかも怪しかった。
あゆみは、言った。
「…私が説得しても、多分こうと決めたら伊緒ちゃんは聞かないと思う。そもそも、キッチンで会った時に、向こうから歩み寄って来たのに私、突き放してしまってるの。今さらって思われるかもしれないわ。」
景清は、困ったように息をついた。
「そうか。そうだよな、オレ達が距離を取れって昼間に君に言ったんだもんな。どうしようか…とりあえず、グレーは絶対に吊りきるけど、明日もし指定を無視して安治さんを守って元気が噛まれたら、伊緒さんから吊るって脅しておくか?そうしたら、伊緒さんも元気を守るしかないだろう。」
あゆみは、どうしたものかと眉を寄せた。
伊緒が、真ならどうしても元気を守っておいてもらいたい。
村人目線、元気が噛まれた時に伊緒が真なのか狼なのか、濁って分からなくなるからだ。
「…でも、永嗣さんの時に。カイ君守りだったのに、尚斗さんのせいで尚斗さん守りになってて、カイ君が襲撃されたでしょう。でも、永嗣さんは吊られなかった。それがあるから、伊緒ちゃんもあっさり指定を無視して良いと思ってるかもしれない。明日、それを言って不公平だって訴えそう。こちらからも、だからって伊緒ちゃんが必ず偽だとは決められないわ。何しろ、伊緒ちゃんはなんでかわからないけど尚斗さん偽だと思い込んでて、その考えからそうしたんだから矛盾していないんだもの。ほら、カイ君が言ってたじゃない。発言と行動が矛盾しているのが人外だって。伊緒ちゃん目線じゃ、矛盾してないわけよ。」
景清は、面倒そうに顔をしかめた。
「…全く。だとしても指定を無視して良いことにならない。もう一回念を押して来るよ。明生に事情を話して…まあ、明生と一緒でも説得できるとは思えない勢いだったけどな。」
景清は、そう言って部屋を出て行った。
あゆみは、自分の意見を強く持っているのも良し悪しだなとため息をついたのだった。




