夜会話
重苦しい空気は払拭できないまま、全員が部屋へと戻って行った。
夜10時の施錠時間に間に合わず、追放されたら大変だからだ。
一輝のように取り乱したままの人も居たが、景清のように落ち着いて状況を受け止めようとしている人も居て、しかしそんな人達でも、険しい顔で言葉も少なかった。
佳純も、黙って部屋へと帰って行ったが、今夜も共有者同士で話すことができる。
あゆみは、今夜の入浴は通話の後にしようと、部屋のベッドの上に座って、じっと10時を待った。
襲撃されたらと考えたら心が穏やかではなかったが、それは狼以外の全員がそうだろう。
あゆみが何も考えないようにしながら、じっと腕輪の時計が22:00を表示するのを待った。
すると、パッと22:00の表示になったと同時に、ガツンと部屋の扉から音がした。
昨日と同じく、鍵がかかった証拠だった。
自分から通信しようとあゆみが佳純の番号を考えている間に、液晶はパッと表示を変えて『着信18』となったと同時に、ピピピと音がした。
びっくりしたあゆみが急いでエンターキーを押すと、佳純の声がした。
『…あゆみちゃん?』
あゆみは、答えた。
「うん、佳純ちゃん。私から掛けようかと悩んでいたところだった。」
佳純の声は、そこで乱れた。
『私…私どうしよう。もし、恵令奈さんが真だったらって考えたら、なんてことをしてしまったんだろうって怖くて…部屋へ帰ってから、ルールブックを何度も読んだの。確かに勝利陣営だったら帰って来るって書いてある。でも、それが生きて帰って来るなんて一言も書いてないの…!』
佳純は、責任を感じてるのだ。
腕輪からは、嗚咽を漏らす音が聴こえて来ていた。
あゆみは、言った。
「佳純ちゃん、落ち着いて。あなた一人が恵令奈さんを選んだわけじゃないわ。みんなで選んだの。全員が恵令奈さんに入れていたもの。もし真だったとしても、みんなの責任よ。だから自分を責めないで。」
佳純は、涙の中で言った。
『でも、話の進め方が悪かったのかもって思ったり。まさか本当に死ぬなんて思ってもなかったんだもの。恵令奈さんは、あんな風にあっけなく死んでしまったわ。今夜も、誰か死ぬの?明日から、どう進めたらいいんだろうって…軽く考えてた。重過ぎるわ。人の命が懸かっているんだもの。』
佳純は、表に出て皆の意見をまとめる役をしてくれている。
あゆみは、つくづく佳純に感謝していた。
自分なら、うろたえてしまって護衛先の指定もできなかったかもしれなかった。
現に、言葉も失くして全くあれから皆に何かを話すこともできていないのだ。
「…ごめん、佳純ちゃんにばかりつらい役を押し付けて。私も頑張りたいけど、せっかく霊媒師に出たのに確定させることができなかったわ。いろいろ迷ったけど、後から出た尚斗さんが、やっぱり怪しいと思う。伊緒ちゃんも言ってたけど、しっかりしなきゃだわ。佳純ちゃんは露出してるから、護衛を入れられてるし襲撃されないよ。大丈夫。」
佳純は、幾分落ち着いて来たようで、言った。
『…確かに、私は今夜は大丈夫だと思う。狼だって縄数増やしたくないだろうし、護衛も入ってなくて狐でもなさそうなどこかを噛んで来るとは思う。でも、思うの。もし伊緒ちゃんが狼で、仲間がそれを切る選択をしたら?って。だから、私が知る情報は落としておくわ。あゆみちゃん、景清さんが猫又なのよ。』
あゆみは、目を見開いた。
もしかしたらカイかもと思っていたが、景清なのだ。
「え…でも、今夜護衛入れようとしたよね?」
佳純は、答えた。
『うん。あれも作戦よ。狼から、景清さんは少なくとも猫又ではない、と思わせるためだったわ。景清さんから提案されてたの…自分が別の所に護衛入れろと言うから、護衛を入れると言えって。共有者にも見えるでしょ?そしたら、狼はそこを噛んで来るかもだからって。だから狼は、霊媒に猫又が居ると思ってるんじゃないかな。』
あれは景清の、作戦だったのだ。
だが、あんな風に恵令奈が追放された後なのに、かなり勇気の要る発言だったはずだ。
景清は、そうまでして狼を連れて行こうと思ってくれているのだろう。
「…景清さんに感謝だわ。でも、元気さんは知ってるよね?私が共有だって。」
佳純は、頷いたようだった。
『そうなの。嬉々として話した後に、尚斗さんが出て来た時には殺意が湧いた。だから安治さんは知らないわ。尚斗さんも。元気さんの様子を見てたら、だから真の一人かなって思ってる。わからないけど…あなたがピンポイントに噛まれたら、絶対元気さんを吊るつもりよ。』
元気から漏れて襲撃される危険があるのだ。
あゆみは、ドキドキしてくる胸をおさえた。
「…そうね。狼は噛み先に困ってるはず。何しろ占い師には猫又が居るかもしれないし、霊媒師にもよ。佳純ちゃんは護衛入ってるし、グレーは噛んだら狭まってしまう。となると…誰を襲撃するのかしら。」
佳純は、もう完全に立ち直って言った。
『私、占い師に噛みが入るかもと思ってる。わからないけど、一か八かでやるしかないなって。占い師の中で、守られそうなのってカイさんでしょう。カイさん以外を、なんとか噛んで、狐だったら噛み合わせたことになるし、真だったらラッキー、猫又だったら狼は一人犠牲にはなるけど、露出している狼なら…って。私なら、そうするかなって。仮に永嗣さんが狼でも、カイさんを噛んだら守ってなかったのはどうしてなのか詰められるから、絶対噛めない位置でしょ?残りの三人から、真か狐らしいところを目掛けるかな。』
確かにそれしかないかも。
あゆみは、思った。
元気が人外でも、狂人だったら狼が誰なのかわからないので通じていないと思われた。
狼だったら、迷わずあゆみを噛むだろう。
一番安全な位置だからだ。
だが分からなくてどうせ危険を冒すなら、占い師を狙って来るのが普通だろう。
「…確かにそうだわ。だから、景清さんはあんな風に占い師を噛んだら永嗣さんが怪しいとか言ったの?占い師を噛むだろうって予測して、できるだけ噛まないようにって。」
佳純は、ため息をついた。
『そう。多分そうだと思う。何しろ、景清さんとはあれから皆の目を盗んでちょっと話せているだけなの。追放があんな風だと知らなかったし、景清さんは気が変わったかもと思っていたけど、ああして自分から護衛を反らす発言を、約束通りしてくれたわ。でも、多分景清さんだって怖かったんだと思う。だから、ああして牽制して占い師をなるべく噛まないようにって、保険を掛けたんじゃないかな。でも、永嗣さんが真で伊緒さんが狼だった時、余計に占い師を噛みたいと思うだろうと思ったけどね。永嗣さんを怪しむ理由を作ることができるから。』
あゆみは、言った。
「え、景清さんは、伊緒さんが真だって言ってたの?」
佳純は答えた。
『いえ、どっちか分からないと言ってたわ。むしろ伊緒さんが強い意見を出してるから、怪しいとは言ってたかな。あんなに色が見えてるみたいに自信満々に発言できるのは、狼なんじゃないかって言ってた。ってことは、永嗣さんが真ってことでしょ?でも、永嗣さんも尚斗さんを庇うような意見が、いくら伊緒さんが攻撃してるからってちょっと安易かなって言ってたし、どっちも信用してないのよ。でも、恵令奈さんも真だったらお粗末だって言うし。まあ、誰にも真が誰かなんてわからないから、景清さんを責められないけどね。』
全部が怪しく見えるのは、景清が慎重な性格だからなのだろう。
あゆみは、そう思った。
「…推測ばかりで仕方がないわ。明日、どっちにしろ結果が出るし。佳純ちゃんも、あんまり悩まずに、今日はしっかり寝て、明日に備えよう。カイ君か一輝さんか和美さんのうち、二人が真占い師だと思ったら私も気が楽よ。呪殺が出たら人外が一落ちるし、それに期待しようよ。きっと大丈夫。」
佳純は、またため息をついたが、言った。
『…そうね。ごめんね、取り乱して。ちょっと落ち着いたわ。明日からも、頑張るわ。おやすみ、あゆみちゃん。』
「おやすみ、佳純ちゃん。」
通話は、途切れた。
あゆみは、どうか呪殺が出てくれますように、と、願いながらその夜を過ごしたのだった。