投票と追放
『投票10分前です。』
いきなりモニターが青い画面になったかと思うと、大きなデジタル表示が出て、それが10:00から9:59と減り始めた。
時計は、7時50分を指している。
こんな風に始まるんだ…!
あゆみは、にわかに緊張し始めるのを感じた。
明生が、言った。
「カバー開けておこう。」と、自分の腕輪のカバーを開いた。「1分以内に投票しないとルール違反で追放ってルールブックに書いてあった。」
言われて、全員がそれに倣って腕輪を開く。
全員に緊張感が走る中で、佳純が言った。
「…あくまでも、狩人から一人投票よ。恵令奈さんに決まったことではないわ。他の意見がある人は、きちんと意思表示してね。もし、後に恵令奈さんが真だと分かった場合は、それが自分の真証明になるのよ。後から自分は真だと思ってたとか言っても聞かないからね。」
そう、恵令奈真の世界線だってまだあるのだ。
何しろ、全員が恵令奈を吊り推しているのだから、わからないのだ。
それでも、あゆみは恵令奈しか考えられなかった。
伊緒は一生懸命なのが伝わって来るし、永嗣の落ち着きは真かもと思わせる。
だが、恵令奈の諦めた感じはやっぱり真っぽくなかった。
デジタル表示が0になった。
『投票してください。』
あゆみは、腕輪の小さなテンキーを押した。
16、そして、000。
すると、腕輪が言った。
『投票を受け付けました。』
ホッとしていると、あちこちから『もう一度入力してください』という声が聴こえて来た。
「何やってるの、ここよ。ここを押して。」
和美の声がする。
「分かってる!指が当たるんだって、オレ指が太いから。」
重久の声が答えていた。
隣りの和美が、重久の代わりに横からポチポチ押しているのが見えた。
『…投票が終了しました。』
モニターが言った途端に、そこにバババと上から順に投票先が出て来て、最後に大きく16、と、表示された。
1明生→16
2カイ→16
3和人→16
4景清→16
5杏奈→16
6昌平→16
7一輝→16
8愛里→16
9あゆみ→16
10伊緒→16
11永嗣→16
12元気→16
13和美→16
14重久→16
15尚斗→16
16恵令奈→11
17安治→16
18佳純→16
19公一→16
20拓郎→16
『No.16は、追放されます。』
やっぱり恵令奈さんだ…!
あゆみは、投票結果を見上げた。
恵令奈は、ため息をついた。
「やっぱりね。満場一致。で、私はどこに行けばいいの?」
モニターは、答えずもう一度言った。
『No.16は追放されます。』
恵令奈は、うんざりした顔をした。
「だからどうしたら…」
そこまで言ったところで、恵令奈は目を見開いたまま天井を見上げて固まった。
ポカンと口を開いて、ソファの背に体を預けて目を見開いたまま身動きしない。
「え…」隣りの、尚斗が恵令奈を見た。「恵令奈さん?」
『No.16は追放されました。夜時間に備えてください。』
声は途切れた。
モニターには、投票結果が表示されたままになっている。
「ちょっと待って。」佳純はソファから腰を上げた。「恵令奈さん?どうしたの、何が起こったの?」
カイが、神妙な顔をしながら恵令奈に近寄って行って、その目を覗き込んだ。
「恵令奈さん?」そして、全く応答がないので、その首筋に手を置いた。「…脈がない。呼吸も止まってる。」
「ええ?!」
皆が叫ぶ。
カイは、おののく尚斗は役に立たないので、反対側の隣りの安治と共に、恵令奈をソファから降ろして床の絨毯の上に恵令奈を横たえた。
「僕はまだ医者ったってさわりしか勉強してないからね。でも、これはどう見ても死んでる。」と、振り返って伊緒を見た。「伊緒さん?看護学部だよね、もう実習してる?」
伊緒は、頷いて進み出た。
「うん。見せて。」
伊緒は、動きがおっとりしている方なのに、別人のようにてきぱきと恵令奈を見た。
そして、首を振った。
「…ダメ。カイ君が言う通りよ。死んでるわ。蘇生する…?」
伊緒は、カイを見る。
カイは、首を振った。
「多分、発作とかじゃないよね。一瞬で固まった感じだった。薬でやられたんじゃないかな。計器も薬もないのに、蘇生なんか無理だよ。」
伊緒は、頷く。
愛里が、金切り声を上げた。
「いやー!そんな、ホントに死ぬなんて!イヤよ、絶対死にたくない!!」
それを皮切りに、皆の表情が一変した。
「死ぬんだ!本当に死ぬんだ、だからあんなに給料が高いんだよ!おかしいと思った、殺されるんだ!」
元気が叫び声を上げていて、杏奈は涙を流している。
和美も険しい顔で震えていて、隣りの重久がその手を握るのが見えた。
あゆみは、自分も涙を流しているのを感じた。
全員が混乱して叫び出す中、明生が鋭い声で言った。
「落ち着け!」皆が、突然の怒声にハッと明生を見る。明生は続けた。「落ち着くんだ、ゲームができないほど取り乱してると思われたら、追放になるぞ!ルールブックを読んでないのか、ゲーム続行不可能と見なされたら追放だ!生きて帰りたかったら、落ち着くんだ!」
ルールブック…。
あゆみは、まだきちんとそれを読んでいない。
だが、ルールにそれがあるのなら、ここでゲームができないと宣言してしまったり、取り乱したりしたら追放されてしまうのだ。
必死に涙を堪えていると、カイが恵令奈の目を閉じてやりながら、言った。
「…明生さんの言う通りだ。生きて帰りたかったら、やるしかない。勝利陣営は戻って来られる、って書いてあった。こんなに一瞬で人を殺してしまうんだから、生き返らせることだってできるはずだ。一見死んでるけど、もしかしたら仮死状態かも。」
伊緒は、困惑した顔をした。
「え、でも…網膜も反射しないし…。」
カイは、伊緒を見た。
「それでもそれに賭けるしかない。計器もなにもないんだよ?ホントに全く何もないのか、調べてみないとわからないじゃないか。勝つんだよ、それしか帰る方法は今のところ見つからないんだから。言われた通りにして、勝って、船で本土に帰る。でないと、僕達はここで一生を終えるか、追放されて二度と戻って来ないかだ。」
ルールブックに書いてあることを信じて、勝つしかない…。
全員が、絶望的な気持ちで、倒れた恵令奈を見つめることしかできなかった。
それから、男性達が手分けして恵令奈を三階まで上げて、部屋に寝かせて来た。
皆むっつりと黙っている。
追放の現実は、重く皆にのし掛かっていた。
一人減ったリビングのソファで、佳純は力なく言った。
「…カイ君の言う通り、勝つしかないわ。もうこうなってしまった以上、やるしかないのよ。今夜は…伊緒さんは私を、永嗣さんは…そうね、カイ君の色を知りたいし、景清さんを守ってもらうかな。」
しかし景清は言った。
「オレはオレが真だと知ってるが、狼には分かってないと思うし、そこは指定せずに永嗣さんに任せたら良いんじゃないか?占い師の中で誰か。それでも占い師が噛まれたら、多分永嗣さんは偽だ。なぜなら噛み放題なのを知ってることになるし、噛まなかったところを守ったと言えば良いだけだからな。猫又に当たったらラッキーだし、まあ、共有だったら仕方ない。」
自分が守られるのを避ける人外が居るだろうか。
あゆみは思った。
しかも、追放がこれなのだから、襲撃での追放でも死ぬ確率は高かった。
景清が、どこまでも真に見えて来る。
佳純は、頷いた。
「…そうね。景清さんがそう言うなら、永嗣さんは占い師の中で誰か守って欲しい。占い師は、さっき指定した先を必ず占って。」と、まだ動揺して涙を流している、一輝を見た。「一輝さん?ちゃんと景清さんを占ってね?大丈夫?」
隣りの、昌平が言った。
「恵令奈さんを見てるから。簡単には復活できないよ、でも分かってるよな?」昌平は、一輝の肩を叩いた。「勝てば良いんだ。落ち着いて、やるべきことをやるんだ。」
一輝は頷いたが、まだ震えが止まっていなかった。
…気持ちは分かる。
あゆみは、思った。
あゆみもまだ、衝撃から復活できていない。
杏奈もまだ涙を流しているし、和美も隣りの重久に手を握られたままだった。
愛里は、あゆみの隣りで静かに震えていた。
伊緒は、青い顔をしていたが、それでも口許を引き結んで顔を上げて、泣いてはいなかった。
覚悟が違う、とあゆみは思った。
自分は共有者なのだ。
しっかりしなければ、と思うのだが、まだ込み上げて来る涙を止めることはできなかった。