友達
愛里が、伸びをしながら言った。
「あー疲れたね。あゆみちゃん、お茶する?キッチンにお菓子もあったんだよ。伊緒ちゃんも、怖い顔してないでちょっとリラックスしようよ。」
あゆみは、頷いて立ち上がり、ホワイトボードの横でじっと書かれた内容を見つめて考え込んでいる、佳純を振り返った。
「…佳純ちゃん?佳純ちゃんも休憩しなきゃ。疲れたでしょう。」
佳純は、ハッとあゆみを見て、苦笑した。
「…うん。」と、側に立ち尽くして声をかけようか迷っているらしい、杏奈を見た。「杏奈ちゃんも行く?」
杏奈は、パッと嬉しそうな顔をした。
「うん、おいしそうなケーキが冷蔵庫にあったの。あれを食べない?」
歩き出しながら、あゆみは苦笑した。
「また冷凍なんじゃないよね?自然解凍だったら待たなきゃならないよ。」
杏奈は、フフと笑った。
「大丈夫。冷蔵庫の方。お昼に見つけて冷凍庫から移しておいたの。もう溶けてると思うよ。」
愛里が、目を輝かせた。
「ほんと?ラッキー!ありがとう杏奈ちゃん!」
杏奈は微笑んでいる。
どうやら杏奈は、気が利く方なようだった。
佳純が、言った。
「甘いもので脳ミソ元気にしなきゃなあ。もう、あちこち意見を聞く度に振り回されて決められないの。ほんと、自分が嫌になっちゃうわ。」
佳純もか。
あゆみは、キッチンの扉を開きながら言った。
「佳純ちゃんも?私も。なんか自分の優柔不断さが嫌になっちゃって、思考停止で今夜は恵令奈さんかなんて、楽な方に逃げてたわ。」
佳純が頷くのに、伊緒が険しい顔で言った。
「ダメだよ、そんな風じゃ。」え、と皆が驚いた顔をすると、伊緒は続けた。「霊媒なんでしょ?対抗出てるんだから、しっかりしなきゃ。今夜は狩人だからそんなことを言っていられるけど、霊媒師だっていつかは決め打ちだよ。その時にそんなんじゃ、真役職なら吊られて村のためにならないよ。勝たなきゃならないんだからね。人外に負けないように、面倒でもしっかり考えて。振り回されちゃダメ。」
あゆみは、その迫力に、なんだか感動した。
伊緒は、本気で勝とうとしているのだ。
だからこそ、たくさん考えて一生懸命発言しているのだろう。
そう考えると、恥ずかしくなってきてあゆみは顔を赤くした。
佳純が、言った。
「…ほんと、その通り。ごめん、伊緒ちゃん。そうだね、しっかりしないと。私は共有者なんだもの。諦めないで考えるよ。」
中に居た、昌平と和人、和美が振り返って聞いていたようで、和美が言った。
「…伊緒ちゃん、頑張ってるね。そうよね、わからないとか言ってちょっと迷ったら人外に良いように理由つけられて黒塗りさせる隙を作るもんね。私も頑張らなきゃ。とりあえず、呪殺よね。良いとこ指定して欲しいな。」
佳純は、顔をしかめた。
「頑張るけど…まだ考えさせて欲しいわ。」
昌平と和人が、顔を見合わせて女ばかりなのに少し居心地悪そうな顔をしていたが、言った。
「ええっと、じゃあ後は和美さんに任せるかな。オレ達は部屋に上がるよ。」
和美は、頷いた。
「任せて。あと少ししたらルーを入れておくわ。」
昌平は頷いて、戸棚からパンを幾つか手に取って、言った。
「和人さん、行こう。」と、皆を見た。「じゃあ、女子会の邪魔はしないよ。」
そうして、昌平と和人は出て行った。
どうやら、あの二人は仲良くしているようだった。
その間に、杏奈が冷凍庫からケーキを出して来て言った。
「切るね。飲み物は各自準備しよう?」
見ると、どうやらチーズケーキのような形の物だった。
和美は、言った。
「あらおいしそう。私が切ろうか?」
杏奈は、首を振った。
「ううん、私が。和美さんも食べよう。」
キッチンには、杏奈、和美、伊緒、佳純、愛里、あゆみの6人だけだ。
そこそこ大きなホールだったので、6つに切ると結構な大きさだった。
「あんまり食べたら晩御飯が食べられなくなるわね。でも、頭を使い過ぎてお腹空いたし、これぐらいならいいかな。」
和美は言いながら、ペットボトルのお茶を手に椅子に座った。
杏奈が、一つずつ皿に置いて皆の前にケーキを置いてくれた。
「…女子の中で恵令奈さんだけが来てないよね。あれだけ疑われて、吊られるの多分、確定だからなあ。」
愛里が言う。
佳純が言った。
「仕方がないわ。ここには役職対抗している人は誰も居ないけど、恵令奈さんが居たら伊緒ちゃんと対抗してるし、微妙な空気になっちゃう。仲間外れにしてるわけじゃないんだけど…恵令奈さん、怒ってたし。向こうも気まずいんじゃないかな。」
仮に今夜を生き残っても辛いだろうなあ。
あゆみは、そんな事を思った。
何しろ、皆に疑われたまま生き続ける事になるのだ。
そうなると、普通にこうして皆でお茶などもできないし、気持ちが持たないかもしれない。
伊緒が、言った。
「…お互い様だからなあ。私は、対抗に出るなら一人かなって思っていたの。それが狼だったら、噛まれなくなるからラッキーかなぐらい。私だって、一番最初に発言したから、舐められちゃいけないと思って一生懸命思った事を発言したのに、後から強気過ぎて怖いとか、視点透けとか言われてしまって黒塗りされたわ。それでも、吊られさえしなければって我慢した。感情的になったら、みんなに怪しいって言ってるようなものだし、駄目だと思うのよ。恵令奈さんは偽だから、最終手段としてキレて見せたのかなって思って見ていたけど、私は絶対冷静に意見を言うつもり。だって、仮に吊られてしまったとしても、後から真だったかもって考え直してもらうには、自分の意見を落としておくのはとても重要なことだわ。村人達は何も分からないんだから。だから、みんなには恵令奈さんは諦めた人外だって分かって欲しいと思ってる。」
伊緒の話はもっともなのだが、それでも場は重くなった。
愛里が、それを気取って明るく言った。
「ま、まあ、でも今は議論中じゃないから。少しゲームから離れない?肩肘張ってたら疲れちゃうから。ねぇ、普段の話しない?和美さんは一人で息子さんを育ててるんだよね。私は彼氏も居ないから、子供とかまだ現実的じゃないんだけど、お子さんは来年中学生なら、12歳?」
和美は、ケーキを食べながら言った。
「そうなのよ。大樹っていうの。私に似て大雑把な子だから、親が離婚してて片親でもそんなに気にしてないみたいで、明るく育ってくれてるわ。野球はそこそこできるのよ?ピッチャーやってるんだ。」
佳純が、興味を持ったようだった。
「うちの弟も野球やってるわ。高校野球の強豪校に行ってて去年は甲子園に行ったの。左翼守ってる。へーそうかあ。ピッチャーなんて凄いね。」
和美は、その話に食いついた。
「え、ほんと?!どこの高校?!うちの子私立の中学なんだけど、野球で推薦もらって入れることになったんだ。もちろん、甲子園目指してて、そこは去年も甲子園に出てるの。もしかしたら、同じ?」
佳純は、驚いた顔をした。
「え、え、でも関西だよ?和歌山なの。あの子寮に入ってて。」
和美は、何度も頷いた。
「そうなのよ、和歌山。じゃあきっと同じだわ。私もさすがに中学からは一人暮らしはさせられないから、仕事を変えて一緒に引っ越ししたの。お陰で今、すっからかんなのよねー。」と、ため息をついた。「勝ちたいなあ。少しでも生き残って稼がなきゃ。片親だからって、やりたいことを諦めさせたくないの。」
あゆみは、和美の親心に感動した。
きっと、うちの親だって同じ気持ちなのだ。
せめて留学費用だけでも、自分で稼がなきゃならない。
愛里が、ため息をついた。
「…なんか、恋愛相談とかできないな。壮大な感じがして、私なんか何してるんだって言われそう。」
しかし和美は目を輝かせて愛里を見た。
「え、なになに?誰か好きな人でも居るの?聞くわよ、恋愛相談。まあ、私は失敗してるからあんまり力になれないかもだけど。」
佳純が、言った。
「和美さんは離婚してるんですよね?」
和美は、ため息をついた。
「ええ。まあ、でも大樹ができたから籍を入れただけなの。でも浮気ばっかでねー。まだお互い若かったし、覚悟がなかったんだと思う。まだ19歳だったのよ?お互いに。あの人、大学を中退して働き始めて、そこからもう、おかしかったんだと思うわ。お互いに夢があったのに…結婚したから、生活に追われてね。私は大樹が居たから諦めもできたけど、あの人には無理だったみたい。それでもまあ、養育費はきちんと払ってくれてるから、文句はないわ。あれからあの人は親にサポートしてもらって大学に入り直して、目標の資格も取れたから、収入も安定してるみたい。私は別にもう未練もないし、親の義務さえ果たしてくれてたらいいの。再婚して、子供も居るみたいだしね。」
元旦那さんは幸せにやってるんだ。
あゆみは、複雑だった。
愛里は、言った。
「私もしっかり考えて恋愛しなきゃってことだよね。でも…今、一緒に勉強してる人が居て。まだ付き合ってないけど、ちょっといい感じかなって最近思ってて…。」
杏奈が、興味深そうに身を乗り出した。
「わあ、聞きたい!どんな人?」
そこからは、愛里の相手の話やら、佳純の恋愛話やらに花を咲かせて、時間は過ぎて行ったのだった。