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ルテティアの追想2

 三番目の妻になるオラマはクリスやルテティアよりも、愛犬のロッキーの方を愛していた。家事よりもロッキーの散歩を優先していたし、ロッキーの具合が悪くなると、食事の準備も洗濯もほっぽり出して病院に連れていった。それは愛犬家としては普通の事だったかもしれない。だからルテティアはオラマとそれなりにうまくやれていた。


 クリスも表向きは理解ある顔をしていたが、内心では不満が溜まっていた。クリス自身はルテティアがいじめられているのを無視していたが、それを同じようにオラマが無視しているのには腹が立った。クリスとルテティアの共通の趣味であるガーデニングを、鼻で笑われるのも我慢ならなかった。


 クリスとオラマの間にはケンカが絶えないようになっていく。寝る時はロッキーがいつも寝室にいるせいで、夜の生活もままならない事も不満だった。


「ぼくとルテティアを優先してくれよ」


 クリスは時々、「とルテティア」という言葉を入れるのを忘れた。とにかく「ぼく」を優先しない事が許せなかった。


 ロッキーが花壇の花を荒らして遊んでいる時、クリスはとうとうロッキーを力任せに殴った。オラマがロッキーの悲鳴を聞いて家から飛んで出てくる。オラマは散々クリスをなじったが、クリスは拳を怒りに任せた割に冷静に受け答えしていた。


 ルテティアはそれを見ていた。だからその後、オラマとロッキーがいなくなったのを不思議には思わなかったようだ。


 ただその代わり数週間後に、警察がクリスを訪ねてきた。オラマの親族が、オラマと連絡が取れないと警察に相談したらしい。クリスが夜中に何かを庭に埋めていたという近所の目撃情報もあり、警察は庭を掘り返し始めた。


 出てきたのはロッキーだった。クリスはそれには覚えがあった。何せ自分がハンマーで撲殺したのだから。さすがのルテティアもそれには驚いていたが、警察にもルテティアにもオラマはそれが原因で出ていってしまったと説明した。






 それからルテティアも高校三年生になる頃、クリスはまた新しい妻、ステラを迎えた。ステラはそこそこ美人で、何より朗らかな女だった。今までの妻達と違って、ルテティアに大いに興味を示していた。


 ルテティアに髪型を変えるよう勧めてみたり、ワンピース以外の格好を提案してみたりする。一緒にショッピングに頻繁に出かけたりと、ルテティアは目に見えて明るくなった。まるで本当の親子のように、家庭内には笑顔が絶えなくなった。


 ただクリスは若干、気に入らなかった。ルテティアが装いを変えようとする事への不満を、以前のように態度で示してみても、ルテティアはステラの言う通り、ショートパンツに挑戦してみたりする。長い髪を切る事はさすがに拒否していたが、アップにしてみたり、下ろしてカールアイロンを当ててみたりしていた。


 ルテティアはとにかく可愛らしい。そして細身の割に胸がふくよかで、男が寄ってくる事など容易に想像がついた。


「ちょっとはしたなくないかい?」


 クリスはさりげなく注意するが、それをステラは笑い飛ばした。男にどんな目で見られるか、と言ってみても、やはりステラは笑い飛ばす。


「ルテティアはもう高校生よ! 彼氏の一人や二人くらいいたっておかしくないわ」


 ルテティアに彼氏ができる。嫌だとかどうだとか言う前に、クリスには実感が湧かなかった。ルテティアは自分の庇護のもとに育っているかわいいお姫様なのだ。自分が許可しない限り、男など近づけるはずがない。


 だがステラが改造したルテティアは、派手な化粧をし、男と遊び回る下品な女と変わらないように見えた。






 ルテティアが家に彼氏を連れてきた。クリスの仕事がたまたま早く終わった日だった。そうでなければこの家に知らずに男が上がり込んでいる事になっていただろう。


 ステラはルテティアに彼氏ができた事を知っていたようだ。恐らくはステラが連れてこいと言ったのだ。


 クリスは彼氏を追い出していた。


「出ていけ。二度とルテティアに近づくな」


 低い静かな声でそう言うと、彼氏はすごすごと引き下がった。


 クリスは元々激情家ではない。しかしその怒りが頂点に達している事は、ルテティアにもステラにもわかったようだ。ステラはそれでも場を明るくしようと努めていたが、ルテティアは「着替えてくる」と言って部屋に戻った。そして次に出てきた時は、化粧を落とし、いつもの三つ編みとワンピース姿になっていた。






 その夜、ステラとまぐわった後、クリスはトランクスだけを履いて、ルテティアの部屋に入った。ベッドに横になっているルテティアの横に潜り込む。


 しばらくその体温を感じていたが、その内、ルテティアががたがた小刻みに震えているのに気づいた。


 クリスは娘として育ててきたルテティアに性的な欲求を感じた事はない。それは今もだ。だがほとんど裸と言っていい状態のクリスが、ルテティアに体を寄り添わせているこの状況は、ルテティアに最悪な展開を予想させているのだろうと思えた。


 クリスは満足した。この娘は自分の手の平の中に収まっている。それはもうこの先も変わらない。優しく頭を撫ぜ、おやすみのキスをした。


 そしてルテティアの部屋を後にしたクリスは、ステラの眠る部屋に戻って、ステラの首を絞めた。ステラが声にならない悲鳴を上げるのなどおかまいなしだった。


 今までの妻もこうして殺してきたのだ。自分をぞんざいに扱ってきた妻達。それはクリスの父親と同じだ。花を愛でる心を持つ以外にとりたてた才能もないクリスを、父は子会社の専務という地位に投げておくだけで気にかけてもくれない。ルテティアだけが自分の存在を認めてくれる。自分を必要としてくれる。






 しかしやがて捕まり、死刑が決まったクリスの面会にルテティアは訪れなかった。


「ルテティア、ルテティア、ルテティアー!」


 クリスは最後の日まで、狂ったようにルテティアを呼び続けた。






 パパ、あたし、パパが最初のママを殺した事、知ってたよ。パパにはあたしがいるって言ったのに、他のママ達もみんな殺しちゃったんだね。


 あたしにももう何もなくなった。だからこの世界からさよならするよ。でもその先はパパがいない世界がいいな。さよなら、パパ。



 ちなみにルテティアはわたしの長編小説「子供の島の物語」で生きる気力を取り戻します。


 お読みいただきありがとうございました!

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