私のこと
「ありがとうございましたー。」
塩むすびを並べる。納品数8個、今日は正しく発注されたようだ。人生で初めて遅刻を経験しそうになった。全力で走ったからか、まだ動悸がおさまらない。私はどうしてしまったんだろう。見ず知らずの男の部屋、見ず知らずの町。確かに転生ものに憧れはある。羨ましいとすら思うほどに。ただ、壁になりたいと願ったことはない。なぜ転移先にそれを選んだのか、女神様がいるなら問い詰めたい。そして、あの男は一体誰なのか。
「八尾さん、レジお願い。」
「…ぁ、はい。」
光に照らされ輝く髪を思い出す。薄く漂うタバコの匂い、気だるそうな雰囲気。壁はこりごりだが、もう一度会いたいと思うこの感情は一体なんだろう。
あっという間に退勤時間になった。一日中あの男のことを考えてしまい、仕事に身が入らなかった。
「お疲れ様です。」
店を後にする。真っ赤に照らされた帰路からは、朝とは違い威圧感を感じる。部活中の学生らが掛け声と共にかけていく。
「あれー?泉希?」
背後から名前を呼ばれる。気崩された制服が、赤く染まっている。胸元には金の刺繡が誇らしく輝く。
「久しぶりだね!」
「ひ、さしぶり…。」
「中学卒業以来じゃない?懐かしすぎ!泉希ってどこ高だっけ?」
「…ぁ、わ、私…っ。」
「おーい、芽衣!一緒に帰ろうぜ!」
友人の後を追うように、同じ制服をまとった男子学生が駆け寄ってきた。
「大和遅いよ!あ、紹介するね同中の泉希で、この人が私の彼氏。」
軽く会釈をしあう。丸く刈られた髪型から、彼はおそらく野球部であろう。紹介されて恥ずかしいのか微笑みあう姿が初々しい。青春を謳歌する二人は、西日より眩しく見える。
「…あの、私これから用事があって…ごめん、あの…またねっばいばいっ!」
一息に伝えると、二人を置き去って逃げるように走る。
「えっ!…またねー!」
振り返らない。絶対に。今、私がどんな顔をしているか鏡を見なくてもひどいものだとわかる。憎しみ、嫉妬、憎悪に満ちているのに、悲しくて辛い。この涙の意味は分からないが、視界が滲んで走りにくい。こんな感情に飲み込まれてしまう自分が大嫌いだ。
玄関の扉を開き、自室へなだれ込む。本日二回目の全力疾走に、足がガタガタと震えている。息の上がった体を落ち着かせるため、ゆっくりと息を吸いこむ。会いたくないわけじゃなかった、むしろ久しぶりの再会に確かに胸を躍らせていたいたのだ。でも…どうしても劣等感が体中を蝕んでしまう。会いたくない。もう私にかかわらないでほしい。
ーピロンー
珍しくスマホの通知音が響く。
『さっきは突然ごめんね。用事大丈夫だったかな?落ち着いたらまたみんなで集まろうよ!(芽衣)』
芽衣は美人で優しくて気配りまで出来る。そして…私が受からなかった高校に通っている。恨みたくはない。全て私の責任で、私の選んだ道なのだから。でも今は、気持ちの余裕が全くないから返事はまた後で送ろう、そう思いスマホの画面を閉じた。一気に力が抜ける。そして、
(っ痛い!)
スマホが鼻を直撃した。