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壁 -へき-  作者: いちや
4/5

私のこと

「ありがとうございましたー。」

 塩むすびを並べる。納品数8個、今日は正しく発注されたようだ。人生で初めて遅刻を経験しそうになった。全力で走ったからか、まだ動悸がおさまらない。私はどうしてしまったんだろう。見ず知らずの男の部屋、見ず知らずの町。確かに転生ものに憧れはある。羨ましいとすら思うほどに。ただ、壁になりたいと願ったことはない。なぜ転移先にそれを選んだのか、女神様がいるなら問い詰めたい。そして、あの男は一体誰なのか。

八尾(やお)さん、レジお願い。」

「…ぁ、はい。」

光に照らされ輝く髪を思い出す。薄く漂うタバコの匂い、気だるそうな雰囲気。壁はこりごりだが、もう一度会いたいと思うこの感情は一体なんだろう。

 あっという間に退勤時間になった。一日中あの男のことを考えてしまい、仕事に身が入らなかった。

「お疲れ様です。」

店を後にする。真っ赤に照らされた帰路からは、朝とは違い威圧感を感じる。部活中の学生らが掛け声と共にかけていく。

「あれー?泉希(いずき)?」

背後から名前を呼ばれる。気崩された制服が、赤く染まっている。胸元には金の刺繡が誇らしく輝く。

「久しぶりだね!」

「ひ、さしぶり…。」

「中学卒業以来じゃない?懐かしすぎ!泉希ってどこ高だっけ?」

「…ぁ、わ、私…っ。」

「おーい、芽衣(めい)!一緒に帰ろうぜ!」

友人の後を追うように、同じ制服をまとった男子学生が駆け寄ってきた。

大和(やまと)遅いよ!あ、紹介するね同中の泉希(いずき)で、この人が私の彼氏。」

軽く会釈をしあう。丸く刈られた髪型から、彼はおそらく野球部であろう。紹介されて恥ずかしいのか微笑みあう姿が初々しい。青春を謳歌する二人は、西日より眩し(うっとうし)く見える。

「…あの、私これから用事があって…ごめん、あの…またねっばいばいっ!」

一息に伝えると、二人を置き去って逃げるように走る。

「えっ!…またねー!」

振り返らない。絶対に。今、私がどんな顔をしているか鏡を見なくてもひどいものだとわかる。憎しみ、嫉妬、憎悪に満ちているのに、悲しくて辛い。この涙の意味は分からないが、視界が滲んで走りにくい。こんな感情に飲み込まれてしまう自分が大嫌いだ。

 玄関の扉を開き、自室へなだれ込む。本日二回目の全力疾走に、足がガタガタと震えている。息の上がった体を落ち着かせるため、ゆっくりと息を吸いこむ。会いたくないわけじゃなかった、むしろ久しぶりの再会に確かに胸を躍らせていたいたのだ。でも…どうしても劣等感が体中を蝕んでしまう。会いたくない。もう私にかかわらないでほしい。

ーピロンー

珍しくスマホの通知音が響く。

『さっきは突然ごめんね。用事大丈夫だったかな?落ち着いたらまたみんなで集まろうよ!(芽衣)』

芽衣(めい)は美人で優しくて気配りまで出来る。そして…私が受からなかった高校に通っている。恨みたくはない。全て私の責任で、私の選んだ道なのだから。でも今は、気持ちの余裕が全くないから返事はまた後で送ろう、そう思いスマホの画面を閉じた。一気に力が抜ける。そして、


(っ痛い!)

スマホが鼻を直撃した。


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