スキルを獲得しました
(っ痛い!)
反射的に目を閉じる。たぶんこれで元いた世界に戻れるはずだ。ゆっくりと目を開けると…また見慣れない景色が広がっていた。どこかの商店街だろうか。目の前を小学生がかけていく。先ほど習得した壁這いを使って移動してみる。自転車に乗る高校生、あのヘルメットは中学生かな…私には関係のないありふれた当たり前の日常が少し羨ましく感じる。学生の波に逆らうように、あの男が歩いているのが見えた。
(…あっ!)
元の世界に戻る兆しもないので、後を追いかけてみる。陽の光を浴び、さらに髪が輝いて見える。手に足に力を込め進む。習得したばかりにしては上手く使えているはずだ。ふと路地の手前で立ち止まり、身をかがめた。よく見ると足元に小さな黒猫がいる。
「…よしよし。」
日課なのだろうか。長い足をコンパクトに折りたたみ、手慣れた様子で猫を愛でる。
(かわいいなぁ。)
成人男性にかける言葉としては間違っているであろう言葉が漏れた。少しすると男は立ち上がり、歩みを進め始めた。商店街が終わってしまう、この先に続く壁はない。どうしたものか…木に飛び移れないだろうかと意識を集中させてみるが反応はない。このままでは見失ってしまう…見ず知らずの場所にひとりぼっちはいささか心細い。遠くの方に小さく見える男は、誰かと会話しているようだ。今のうちにどうにかしてここから動かねば。ぐっと足を曲げるイメージで身を屈めると
ージュンッー
…目の前に青空が広がっている。さっきまでいた壁が垂直にそびえ立つ。胸元に目をやると、よく見慣れたアスファルトが広がっている。どうやら地面に移動したらしい。
(えっ!?なんで地面…でもこれで追いかけられる!)
壁這いを使ってみるが上手く進まない。今度はつま先ではなく膝に力を込めてみる。カエルのようなイメージでぐぐぐぅ…壁より地面の方が移動しづらいらしい。なかなかコツを掴めずにいると
ータッタッタッタッー
足音が近づいてくる。頭上に足が伸びた。
ー…タッ!!!ー
「っ痛!!!」
顔を踏みつけられた。衝撃で飛び起きる。
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗かせる女性。登園途中だろうか、小さな子供の手を引いている。
「えっ?」
足元にはバナナが落ちている。背中と鼻にジンジンとした痛みを感じる。そうだ、私この皮を踏んで…羞恥心が込み上げてきた。
「だだだ大丈夫ですっご心配おかけしましたっ!」
落ちたスマホを拾い走り去る。8時55分、あぁ遅刻だ。