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壁 -へき-  作者: いちや
2/5

サラリーマン風の男

 一般的な転生ものなら、女神様などからチートスキルを授かり無双するストーリーがセオリーなのになぜ壁なんだろう。そもそも私…死んだの?スマホ墜落死?いや待て待て、そんな馬鹿げた死因は嫌だ。どう考えてもおかしい状況に混乱する。

ーガチャリー

男がゆるい部屋を着て部屋へ戻ってきた。

「ふぅ…。」

缶ビールを開けながらテレビをつけ、部屋中に笑い声が響く。しばらくテレビを眺め、冷静さを少し取り戻せたような気がする。黙々と晩酌を進める男だが、よく見るとなかなかに整った顔立ちをしている。パッチリとした二重に長いまつ毛、年齢は20代後半ぐらいではないだろうか。スーツにそぐわない明るい髪色が気になるが、形のいい後頭部が揺れ動く姿は見惚れてしまうほどだった。

 しばらくすると男は立ち上がりベランダへ出た。なんとか動けないものかともがいてみたが、びくともしない。齢17歳。私は壁の中で死んでしまうのか…どうせならチート能力で魔王と戦ってみたかったな。ハーレムを形成する人生でも、悪役になって物語をパッピーエンドに作り変える人生でもよかったな…。どうして壁なんだろう。せめてもう少し違うものになりたかった。

ーガラガラー

タバコを吸い終えた男が部屋へ入って来ようとしたが、酒に酔っているのか足元がおぼつかない。そしてバランスを崩し勢いよく(わたし)にぶつかった。


ードンッー

「っ痛い…!!」

 痛くなくても痛いと言ってしまうのが人間らしい。目を開くとよく見慣れた光景が広がっていた。あのまま寝落ちをしてしまったのか、衝撃で気絶をしていたのかわからないが私は一晩夢を見ていたようだ。カーテンから朝日が差し込む。床に落ちたスマホを拾うと、時刻は8時を指していた。

「やばい!遅刻だっ!」

急いでシャワーを浴び家を出る。今日もいつもと変わらない灰色の日常を過ごすのだろう。階段を駆け下り通い慣れた道を走ると、何かを踏みつけた。バナナだ。勢いよく倒れた私の顔面に、握りしめていたスマホが落ちる。


(…っ痛い!)

 まさかとは思うが、手足が動かない。恐る恐る足元に目をやると床が広がっている…信じ難いがあれは夢ではなかったのかもしれない。見覚えのある部屋に同じ家具、同じ配置。そして昨晩とは違い、目の前にあるベッドが寝息と共にリズムよく動いている。

(夢じゃなかったとしたら、今度こそ転生?)

2度目の壁に若干戸惑いながらも、バナナを踏み転んだことを思い出し、ギャグかよとツッコミたくなる衝動と羞恥心を抑える。きっとここは昨日見た男の部屋であろう。

ーピピピピピー

目覚ましを止めるため腕が伸びる。キラキラと明るい髪色がのぞき気だるそうに男が起き上がった。カーテンを開けて朝日が差し込む。

「…んーーーーっはぁ…。」

ぐーっと伸びをしポリポリと腹を掻きながら、部屋の奥へ向かっていった。私は変わらずこの場所から動けない。手足の感覚はあるが、びくともしない。

(コツを掴めば動けるようになるのかな…)

右に左に、上に下にと足を動かそうとするが、上手く力が伝わらない。そうこうしていると男が戻ってきた。顔を洗ってきたようだ。水を一飲みすると、残りを観葉植物にかけた。不意に近づいた顔にドキッとする。やはり綺麗な顔をしている。男はもう一度伸びをすると服を脱ぎ始めた。

(あっ!わっ!あっ!!)

大人の男の人の着替えを見たことがない私はぎゅっと目を閉じた。身長は175cmぐらいかなとか、朝ごはんは食べないのかなとか先ほどの光景以外のことを考える。薄目を開けると、男はグレーのスーツに着替え終えていた。

「よし。」

と、カバンを持ち男は部屋の奥へ進む。

ーバタン、ガチャガチャー

辛うじて見える扉が閉まった。

(おーーーーい!おーーーーーーーい!)

やはり声は出せない。指の先に意識を集中させる。壁を這うイメージで…ぐっ!!

(あれ?動いた?)

少しだけだが体を動かすことができた。意識を集中させて壁を這うイメージで…ぐっぐっ!!動く!動ける!私は男の部屋の壁の中を動けるようになった。これが私に与えられた能力なのかと落胆するも、探究心が疼くので部屋を探索しようと思う。

 まずは左奥に見える玄関扉まで、這うイメージで進んでいく。ベッド、テレビと目の前を過ぎていく。

(この先はキッチン…行けるかな…)

ぐっ!っと力を込めて進んでいく。あまり自炊をしないのか鍋が一つあるだけの、使用感のない綺麗な台所だ。そういえば朝ごはんも食べていなかった気がする。そして目の前に洗面台が見える。両サイドはお風呂とトイレであろう。コップに歯ブラシが一本刺してある様子から、男は一人暮らしのようだ。

(よし、玄関まで来れた。次はこの扉を通って反対の壁を進んでみよう。)

扉の中を進もうとぐっ!とさらに力を込める。薄い部分は通りにくいのかなかなか進まない。

(ダメだ…諦めて元の場所まで戻ろう…)

指先に意識を集中させて這うイメージで壁を進む。

ードタドタドター

ーバンッー

「やっべぇ、スマホ忘れたっ!」

勢いよく開かれた扉が(わたし)にぶつかる。この流れはきっと…。

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