人生の救済
転生したら〇〇だった…ってすごく夢があると思うんだよね。チートスキルを手に入れて無双したり、最悪のシナリオを書き換えたりできる。現世では成し得なかった輝ける日々を過ごせるんだ。
あぁ、私もそんな人生の救済を受けたいな…。
「お疲れ様でしたー。」
西陽の眩しい帰路につく。高校受験に失敗し、地元のコンビニでバイトを始めて早2年。初めのうちは良かったのだ、初めだけは。誰よりも早く髪を染め、バイクも買った。月収15万。遊ぶには十分な収入があったが、体育祭に文化祭、青春とはかけ離れた生活を送る私は、次第に同級生らと疎遠になっていった。今は大学受験とやらに忙しいらしい。
「ただいま。」
「……。」
返事はない。当たり前だ。高校受験に失敗するような娘にかける言葉などないのだろう。小さなため息と共に、日当たりの悪い自室へ逃げ込む。私だってこんな未来を望んだわけではない。部活だって続けたかった、友達と行事を楽しんだり恋に悩んだりして青春を感じたかった。しかし受け入れていくしかないのだ。過ぎていった時間を取り戻すことはできない。
コンビニで買ったおにぎりを頬張る。発注ミスで80個届いた塩むすびを消費するためだ。どうせなら具のあるおにぎりがよかったな。通知のないスマホを握りしめベッドに横たわる。SNSには輝かしい投稿が並んでいる。笑顔、笑顔、笑顔…孤独を癒すように画面をスクロールする。
「…いいなぁ。」
と呟いたと同時に顔面にスマホが落ちた。鼻に激痛が走る。
四畳半の部屋はスマホの光で満たされた。
(っ痛い…鼻折れたかも…)
じんじんとした痛みが続く。しかめっつらで目を開けながら、鼻を確認するために手を伸ばす…が、なぜか手が動かない。手どころか足も顔も動かす事ができない。
(え、あれ?なんで?このタイミングで金縛り?)
暗闇に目が慣れてきた頃、違和感に襲われた。明らかに先ほどまでいた自室ではない。見慣れないベッドに、見慣れないカーテン、見慣れない観葉植物、見慣れない景色が続いている。唯一動く眼球を使って部屋の隅々まで観察する。時刻は20時を過ぎた頃のようだ。
ーガチャガチャー
鍵を開けるような音が響き、左奥に辛うじて見える扉を見つめる。おそらく家主が帰ってきたのであろう、見知らぬ人間が部屋にいる理由をどう説明しようかなどを考えている間に、ドスドスと足音が近づく。
(あ、あの突然すみません!怪しいものではないのですが…)
精一杯の力で声をかける。しかしあろうことか私の前を通り過ぎ、手慣れた様子でジャケットをハンガーにかけまた部屋の奥へ消えていった。どうやら私の姿は見えていないようだ。一時の安堵と共に明るく照らされた部屋で、今一度状況を確認する。ジャーという音から察するにサラリーマン風の男は風呂へ向かったのだろう。丁寧にかけられたジャケットから、几帳面な性格が伺える。ふと足元を見ると、足がない。足どころか体そのものがない。地面には床が広がり、そして…
(…壁?)
どうやら私はこの男の部屋の壁になってしまったようだ。