一瞬で理解できる薬
執筆中小説にあったので。
あらゆる名作を、一瞬で理解できる薬が完成した。
物語を読むことや絵画を鑑賞することは、踏み入れてない場所、これまでの人生とは異なる価値観、まるであり得ない話などなどに触れることであり、刺激を受け、想像力を高め、他者への思いやりの心を持たせるという、相互理解への道を作ることとして、推奨されてきた。
しかし、忙しない現代社会では、名著を何度も読み返すことや、名画を自宅に飾り、吟味する機会はなかなか持てない。
誰もが時間短縮で話題に乗り遅れないよう、今さら遅い、と言われないよう、気軽に分かった気になれる手段を求めてきた。
そしてついに──ある科学者が、一瞬で理解できる薬を完成させたのである。
その薬を飲んだ途端、名作を一瞬で理解した。
「そうか! わかったぞ! 全ては、著者の借金返済のためだったんだ! パトロンの暇つぶしのためだったんだ! 引きを強くして、次回への強烈な興味を持たせて、売り上げ部数を伸ばすためだったんだ!」
「わかったぞ! この時代は検閲がすごかったから、もっとエロを、いかにわかりにくくするか? に力を入れたんだ!」
「わかったぞ! 神話を題材にしたフリをして、裸を精密に描きたかったんだ! 欲望の権化だ!」
「わかったぞ! この色を使いたかったから、あらゆる理由を付けて、お金を引っ張ったんだ!」
──薬を飲んだ者は皆、名作の作成される動機までも、一瞬で理解した。
そして、気付いたのだ。
全てを理解することは、必要ないと。
名作を名作たらしめてるのは、巨匠が、その作品が、謎のヴェールに包まれてることでもあることを。
一瞬で理解する薬のおかげで、誰もが時短で、名作を理解できた。
名作は、名作ではなくなり、よくある話題の一つになり、消費されていったのだった。
そして何も残らなかった。