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05:ストーリーはいずこに

「何一つ、ストーリー通りにはならなかったのよね。」

 布団の中でモゴモゴとつぶやく。ゲームのストーリーが始まる時期が近づくにつれて、決して物語の強制力などに負けるものかと気合を入れていた私をあざ笑うかのように、状況は刻々と変化し続けた。娘を守りたい気持ちがあっても、全く違う流れの中でどう動けばいいのか分からないことの方が多かった。

「どうしてかしら。」

 薄暗い布団の中でゴロゴロ転がって、掛け布団を自分に巻き付ける。巻き寿司の具の気持ちを味わいながら、上手くいかなかったこの十数年に思いを馳せる。しょっぱい巻き寿司になりそうだ。


 まず、フィリーアローゼが13歳で成るはずの、王太子との婚約が成立しなかった。早いうちからの婚約には反対するつもり満々だった私は婚約の「こ」の字も出ないことを疑問に思って夫に探りを入れた。すると、城では「真実の愛症候群」という未知の病の対策に国をあげて取り組んでいると教えてもらった。

 ゲームの中で「真実の愛症候群」の治療は、隣国の第3王子ラルのルートと自国の王太子ゲルのルートのメインイベントだ。隣国の第1王子を「真実の愛症候群」から救うためになんやかんやしているうちに2人との距離が近づいて……というストーリーだった。

 この国に「真実の愛症候群」という病の存在が知れるのは婚約解消後のはず。フィリーアローゼが苦労しなくて済むのはありがたいが、早いうちに治療法が確立されれば「隣国の真実の愛症候群騒動」はイベントとして成立しない。王太子ルートはどうなるのか。そんなことを考えているうちに王太子の側近候補達の家が軒並み息子に婚約者を置かないと宣言し、多くの高位貴族がそれに倣うことになった。フィリーアローゼの婚約者探しも延期が決定した。婚約しなければ解消されようもない。


 次に、隣国の陰謀で荒廃し、弱体化するはずの西の辺境が荒れなかった。不作の年が続き、飢饉のような状態になるはず……といざという時は援助を申し込むつもりで、かなり注意深く動向を見守っていたにも関わらず、私の出る幕は無かった。確かに不作の年もあるにはあったが、自領で対応可能な範囲だったらしい。もちろん餓死者もなく、経済状況も悪くなかった。

 逆に、気付けば徐々に栄えてさえいた。西でも北でも隣国と良好な国家関係が築けているらしく、関税が減額されてからは交易が盛んになって、交易拠点の辺境の地はそれに伴って栄え、潤ったようだ。辺境の民の食生活を改善するのは大商人のハルルート、帝国皇太子のジルルートでのメインイベントだ。特にお近づきになりたい2人では無いから良いのだけどメインイベントがあっさり無くなっしまって、肩すかしをくらった気分だった。


 さらに、フィリーアローゼが収容されるはずの森の古城が取り壊されて、跡地にリゾート施設が建設された。森との共存をテーマにしたホテルやレジャー施設は富裕層に受けが良かったようで、周辺の町村ふくめてにぎわっているらしい。古城の修復は吸血鬼の末裔ユルルートの、森の精霊の困りごとの解決は精霊王メルルートのメインイベントだが、一気に全部片付いてしまっていた。人外ルートまとめて通行止めである。


 あれよあれよという間に、軒並みメインイベントが潰れていた。もう、フィリーアローゼが何かで捕まったとしてもあのラッキースケベ起こりまくりの不埒な古城に収容されることはないと気づいた時には彼女は18歳になろうとしていた。自分が何をした訳でも無いことがとても不本意ではあるが、すごく安心したのを覚えている。

 それと同時に、ここはあのゲームと似ているけれど、まったく別の世界なのかもしれないという可能性にようやく気が付いた。そう思うと娘に課してきた日々がとてつもなく申し訳なかった。もっと自由に、もっと楽しい幼少期を送る事もできたのに、なんてことをしてしまったんだと落ち込んだけれど、そんなものは後の祭りだ。

 フィリーアローゼは相変わらず「王太子妃になるために」と忙しい日々を過ごしている。少し手を抜いてもいいのではと気分転換を提案しても、不思議なものを見る目で首を横に振られた。

「私、誰にも負けたくないのです。」

 勝気に言う娘に、私ができることなど、望み通りのドレスを用意することくらいだった。


「フィリー、あなたがそう望むのなら、私は応援しますよ。」

 そんなつまらない事しか言えない自分が大嫌いだ。フィリーアローゼがその気なら王太子妃になることを止められないと思った。けれど、それを望ませているのは私だと分かってもいた。彼女に「王太子妃に成れるくらいの令嬢」を目指すように繰り返し勧め続けたのだから。

 何度他の方でも構わないと伝え、王太子で良いのかと確認してもフィリーアローゼは「未来の王妃になります」の一点張りだった。それが本当に彼女の望んでいることだとは、確信が持てないまま時間だけが過ぎていく。

 そんなある日、そろそろ王太子殿下の婚約者を決めると城からお達しがあった。フィリーアローゼが張り切っていた事と、「ぜひ参加を」と王妃様直々にお誘いがあった事もあって、二人でお茶会に参加することになった。私は最終確認とばかりにフィリーアローゼに尋ねた。

「あなたは本当に王太子妃になりたいと思っているのかしら?」

「もちろんです。お母様。」

 真っすぐ私の目を見て答えるフィリーアローゼに迷いは無かった。

 「真実の愛症候群」にさえかからなければ、王太子は穏やかで、案外一途な好青年だった。結婚するには良い人物だ。何より、これから娘の願いを一つでも多く叶える事が私の罪滅ぼしだと心に決めた。


 お茶会が始まってすぐ、フィリーアローゼの様子がおかしくなった。気になって話しかけてみても、今まで見たことも無いような冷たい目をしてこちらを見るばかり。一応の返事はしているが心ここに在らずだった。

 主催者(王妃様)の意向で一度引き離されたが、我慢できずに理由をつけて席を外した。王太子がお茶会を開いているらしいバラ園をそっと覗き見たけれど、なぜかフィリーアローゼの姿はない。王太子殿下含め残ったご令嬢方はそろって青い顔をしていた。近くにいた護衛に確認し、フィリーアローゼの居場所を尋ねると、気まずそうな顔の男が事の次第を教えてくれた。

 王太子の手際の悪さにがっかりしつつ、私はフィリーアローゼの許へ案内を願った。王弟殿下が連れ出したと聞いて、正直、嫌な予感はしていた。でも、兄が妹を守ってくれたようなものだろうと思い込もうとしていた。

「あちらです。」

 庭の片隅で寄り添う2人を見つけた瞬間、前世の記憶が暴れまわった。見つめあう瞳、吐息がかかりそうなほどの距離、力強く腰を抱く腕に頤を持ち上げる手、お互いの頬はバラ色に染まって……

「ぎゃあ~~~~~~!!!」

 突然頭を駆け巡ったゲームのアダルトな映像に、私は叫び声をあげると、プツリと意識を失った。

お付き合いいただきありがとうございます。

お茶会でフィリーアローゼの身に何が起こったかをお知りになりたい方はお手数ですが、

「君の席は私の隣(https://ncode.syosetu.com/n2811hm/)」をご確認下さい。よろしくお願いします。


今日はもう一話投稿したいと思っています。


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