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04:公爵夫人の教育方針と王弟殿下の療養休暇

 決意を固めた日から私はフィリーアローゼの教育方針を変えた。前世ならともかく、この時代の貴族女性に「結婚しない」という選択肢はない。公爵令嬢ならなおさらだ。薄っすらとでも王家の血を引く彼女が安全に生きていくためには武力からも策略からも守ってくれる殿方が必要不可欠なのだ。とりあえず、ゲームとは関係の無い方との良縁を結べるように、「どこへ出しても恥ずかしくない令嬢」に育てようと決めた。要は、教育ママと化したのだ。


 一番大切に教えたのは貞操観念。いざという時に甘い言葉に流されてしまわないように、普段から自分を律して過ごしなさいと目を光らせる。窮屈だろうなとは思いながらも、小さい頃から何事においても「ちょっとくらいなら……」を許さなければ大人になってからも「ちょっとくらいなら……」と隙を見せる事はないだろうと信じて、心を鬼にした。

 当然の事ながら、健康や美容は良縁の基本なので食べる物や睡眠時間には気を配った。私が言う事では無いが、卒倒癖が儚く見えてもてはやされるのなんか10代のうちだけだ。健康な体には健全な心が宿ると、体調管理は徹底させた。

 ただ、健康で美しければ良い訳ではない。もちろん、教養やマナーを身につける事にも力を入れた。貴族の夫人に音楽や絵画、作詩など芸術的素養は重要だ。裕福な家であればあるだけ、そういうものを求める傾向がある。良い先生を見つけては習い事に(フィリーアローゼが)明け暮れた。

 一方で、政治や経済、歴史の勉強などは避けた。そういう勉強を続けた先には国の重要情報を取り扱う段階が待っている。そんなものを知ってしまうしまうのは危険だ。フィリーアローゼの婚姻相手は国内外問わず可能性を残しておきたい。それに女に学があることを嫌う人は多い。フィリーアローゼは割と勉強が好きな様子で兄弟と共に学びたがったがそれは止めた。勉強は必要になった時にできるように最低限の読み書き計算と読書くらいに留めた。そのかわりにマナーやダンス、外国語、刺繍や乗馬など貴族令嬢のたしなみと言われることは高い水準でできることを求めた。


「最近、ちょっと厳しすぎやしないかい?」

 オスヴェルトにそう言われた時はドキリとした。前世の記憶については誰にも言うつもりが無かったので、用意しておいた言い訳を口にする。

「フィリーアローゼは王妃様直々に、王子殿下のお相手をと望まれましたので。フリューゲル殿下との結婚ともなれば、ゆくゆくは王妃にと望まれている事になりましょう?できることを増やしておいて損はありません。」

 別に王太子妃など望んではいない。ただ、王太子妃にも成れるくらいの勢いで「素晴らしい令嬢」にならないといけないのだ。ゲームの攻略対象を除外すると、もともと高い身分が邪魔をしてフィリーアローゼの選べる嫁ぎ先は限定される。

「君はそうさせたいのかい?」

「私の意思は関係ございません。王妃殿下の思し召しです。」

 私の返事にオスヴェルトは珍しく深いため息をついた。

 ため息をつきたいのは私も一緒だ。キラキラと好奇心いっぱいの子猫のようだったフィリーアローゼの目が以前より吊り上がって鋭さを増していた。あんな目をさせたい訳じゃない。何でも十分以上にできることを求められ続けている彼女は、以前よりもちょっとしたことで不機嫌になりがちで、他人の小さな失敗も許せなくなっていた。使用人の失敗を叱り飛ばした後に、自分の吐いた言葉の鋭さに落ち込んでいたりする。

 無理をさせている事に心が痛んだ。もともと子どもは伸び伸び大きくなるのが一番だと思っていたのだ。それでも、この子の選ぶ未来に幾人もの民の命がかかってくるのかもしれないと思えば、手を緩めることはできなかった。選べる未来は増やしてあげたかった。

 せめて私も時間を共にしようとフィリーアローゼの隣で過ごす。


 社交界デビュー前の子どもを同伴するようなお茶会でフィリーアローゼはすぐに評判になった。もともと公爵令嬢なのだから注目されてはいたのだろうが、10歳にも満たない子どもにしては何事も良くできる。「奥様も鼻が高いでしょう」そう言われて曖昧にほほ笑む。「王子様の目に留まるのも時間の問題ですわね」そう言って褒められても当たり前だという顔をしておいた。

「お母様は私を王妃様にしたいの?だから色々頑張るの?」

 お茶会の帰りの馬車の中でフィリーアローゼが尋ねた。どこかの夫人がそう言ったのだと言う。そうだともそうでないとも言えなかった。公爵令嬢が良い縁談を求めてると言ったら、今のこの国の状況では「王太子との結婚を狙っている」と同義だ。誰もどこぞの伯爵令息を狙っているとは思うまい。けれど正直に「王太子でなくていい」と告げて、努力することをやめてしまったら?手を抜いてしまったら?待っているのはゲームの物語から抜け出せない未来かも知れない。できるはずの対策をとらない事がこの時の私にとって一番怖いことだった。

 不本意だが、小さな子どもにもわかりやすいように言葉を選ぶと「あなたは王妃様になれるくらい頑張ってほしいの」が一番わかりやすい返事だった。

「わかったわ。頑張ります。」

 きっと言葉の通りに受け止めているだろう、固い顔をした娘を思わずギュッと抱きしめた。


 そんな日々を過ごしていたある日、王弟が公爵領に滞在することになりそうだとオスヴェルトから告げられた。その時フィリーアローゼは8歳だった。私が知る限り、ゲームにはそんな過去設定はない。

 ギルルートのテーマは一目ぼれだ。森の古城で初めて会った時、王弟はフィリーアローゼに恋をする。フィリーアローゼの監視のために王家から派遣されたギルは、最初フィリーアローゼを我儘で淫乱で高慢な公爵令嬢と聞かされて警戒していた。それなのに、一目見た時から心惹かれてしまい、自分の気持ちに戸惑うあまり冷たい態度で接する……という始まりなのだ。

 ということは、幼馴染で外見も内面も良く知る間柄だったら、2人の間に恋心は生まれないのではないかと考えた。小さい頃に兄弟のように過ごした相手は恋愛対象になりにくい。ましてや王弟は12歳。フィリーアローゼは8歳。前世の記憶が「中学生の男の子が小学生を恋愛対象にしないだろう」という。子どもの頃の4歳差は大きい。

「それは栄誉な事にございますね。子どもたちも遊び相手をさせていただけるなら喜びましょう。」

「そうか。君が賛成してくれるとありがたい。では諾と回答してくるよ。」

「承知いたしました。」

 こうして王弟殿下は公爵領で過ごされることになった。療養という名目だが不健康そうなところは見受けられない。オスヴェルトは何も言わないが、政治的なことで王城から距離を取る必要があったのだろうと予想する。王弟はちょうど私の同じ背丈くらいで声変わりもしていない子どもだった。こんな子どもを政治の道具にしようと企む者の気が知れない。


 王弟殿下の遊び相手をするために、フィリーアローゼの習い事はかなり減らすことになった。それでもギルルートを回避できるのであればそれは価値ある停滞だと判断した。

 というのも、ギルルートでは国内で一番大きな諍いが起こる。フィリーアローゼを不遇した王家を糾弾し、制裁。王国の混乱に乗じてベル―ヘン公爵領を公国として独立させてしまうのだ。ゲームでは細部までは描かれなかったが、独立戦争など起これば相当数の民が血を流す。

 はじめましての挨拶は細心の注意を払った。万が一にも一目ぼれなど起こさない為に良くも悪くも印象が残らないように取り計らった。子どもたちは3人とも普段着のまま客間で自己紹介をした。飾り気もなくシンプルで、堅苦しさのない挨拶に王弟の護衛や侍女たちはあっけにとられていたが、子どもたちは――王弟も含めて――とても喜んでいた。

 優しい王弟にフィリーアローゼは良くなついた。あっという間に「ギル兄様」と呼ぶ仲になった。実兄のことは「ファビー兄様」と呼んでいるから同じ感覚なのだろう。王弟はフィリーアローゼに根気よく付き合ってくれていたが、そこは12歳の少年のこと、年の近いファビアンと遊ぶほうが楽しいのだと見て取れた。屈託なく遊ぶ子どもたちをみて、ギルルートは回避したと心の中で拳を突き上げた。


 半年以上の期間を経て、王弟がリシュルト公爵領を去るとフィリーアローゼはもとの生活に戻った。それでも以前より苦しそうな顔をすることは少なくなった。やるべきことの数に慣れたのかもしれない。王弟からは年に数回子どもたちの誕生日や季節の行事ごとに贈り物が送られてくる。フィリーアローゼだけに特別……ではなく、三兄弟皆に平等に接してくれることに私はとても安心した。


 12歳を過ぎる頃より、ますます頑張る姿を見せるようになった。「王太子妃になるのは私よ」と同じ年ごろの令嬢たちと競い合っているのだという。この頃には必要な座学はしっかり履修し、学ぶべきことも変わっていた。貴族の女性としての社会との関わり方を身に付けるべく、精力的に孤児院や病院の訪問したり、お茶会や勉強会に参加したりと忙しい。それでも小さい頃から身に着いたバランスの良い食事や質の高い睡眠、適度な運動のおかげで体を壊したりすることはない。私のように卒倒癖もない。決して機械仕掛けだからいつでも元気な訳じゃない。摂生に努めた日々の賜物だ。このころは娘は良い縁に恵まれるだろうと自信をもって見守れた。

 けれども、フィリーアローゼの努力を無意味だとでもいうように、世界は私の予想を裏切った。

真っ先に回避したはずのギルルート……。

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