01:公爵家の七不思議
公爵家の七不思議。……それは使用人の間でまことしやかに囁かれる噂話。
いつまでも花が枯れない 花瓶
おしゃべりをする 鏡
誰もいない部屋から聞こえる ピアノの音
姿の見えない フェルナンドお坊ちゃま
風邪もひかない フィリーアローゼお嬢様
不眠不休の ファビアンお坊ちゃま
年を取らない 旦那様
外では完璧な淑女と評されているのに、風変わりな行動をする 奥様
「それ、8こあるじゃない。」
同期のメイドのアザレアが呆れた顔をしている。
「あれ?でも、そう習ったのよ?」
私はコテンと首をかしげた。一つ思い出せないならともかく、一つ多いのは変だ。
「じゃあ、8つあるのに七不思議と呼ばれる不思議も含めて九不思議ね。」
モネがフフっと笑った。彼女は1年先輩だが、気楽におしゃべりしてくれる素敵なお姉さんだ。
「カンナがまぬけだから、揶揄われたんじゃない?」
アザレアが意地悪な顔をするから、私は唇を尖らせた。
「そんなことないもん。」
ツンとそっぽを向くと二人にクスクスと笑われる。
「いずれにしても……公爵家の皆さまは、なんというか変わってらっしゃるのよね。」
モネが遠慮がちに声を潜めてそう言った。私はコクコクと顔を縦にふる。
「関係なくない?お給料良いし、待遇良いし、私たちはメイドだし。」
アザレアはテーブルの上で頬杖をついた。確かに、この大きな公爵家でメイドの私たちが主一家と関わることはほとんどない。侍従や侍女の手が空いていない時に簡単なお遣いや給仕を頼まれる程度だ。それでもランドリーメイドやキッチンメイドに比べたら、ハウスメイドの私たちはその姿を見ることは多い。
「そうなんだけど、面白いなって思って。」
公爵家の方々など庶民にとっては雲の上の存在だ。国王様や王妃様と違って絵姿が出回ることもない。この仕事に就く前は本当に実在する人物だと思っていなかった。その方々の日常は庶民の私には夢物語のようで、いつだって興味津々だ。わたしは手元のマグカップを真上に向けて、もう冷めてしまった甘い紅茶をグビリとのんだ。そろそろ休憩時間が終わってしまう。
「まぁね。昨日も奥様倒れてたみたいだし。なんだかんだ飽きないわよね。」
アザレアの明け透けなもの言いをモネが「こらこら」とたしなめた。口うるさい先輩メイドに見つかったらお説教コースまっしぐらの言葉遣いだがアザレアは悪びれない。器用な彼女は必要な時はちゃんとした言葉遣いが出来るけれど、そうじゃない時は結構口が悪い。私は慣れてしまって気にもならないが、モネは時々注意を促す。きっと年長者として見逃せないのだろ。
私たちは休憩室脇の給湯室でそれぞれのカップを洗って片付けた。
「お嬢様はご婚約が決まったようだし、これからますます華やかなお邸になるわね。」
モネが嬉しそうに頬を桃色に染めている。確かに、婚礼の準備は大変だろうけど、心浮き立つものがある。ドレスや持参品など私達の目に触れる機会もあるかもしれない。
「楽しみだね。」
私の言葉に二人は笑顔で頷いた。
この時の私達は、後に起こる大騒ぎのことなど知る由も無かった。
フィリーアローゼの母、ロゼリンダのお話は思いのほか長くなりましたので,連載させていただきます。お付き合いいただけると幸いです。