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神の園  作者: 冬見鳥
8/10

幕間





丑三つ時、男は意を決したように立ち上がった。


そうして、できる限り足を忍ばせて梯子を降り、月夜も入らぬ地中の巣へと向かう。

そのまま、薄暗い通路を歩いていくと。

「こんな夜更けに、穴倉になんの用か。」

待ち構えていたというように、声がかかって男は足を止めた。


投げかけた声はしわがれているが、圧迫されるような威圧感がある。

「少し、用事がありまして。そちらこそ、どうかされましたか?厠はあちらにございます。」

対して男は、老人が来るのを知っていたのか平然と、飄々とした口調で答える。

「血塗れの、薪割り用の斧を持ってか。薪小屋はそちらにはあらぬ。」

「御本家こそ。厠に刀は要りませぬ。」

数拍の沈黙が流れる。

「貴様如きの用事など、とうにわかっておる。神代の娘か。」


「…………。」

無表情を貫く男。

「貴様がそこまで入れ込んでいた事は、少々意外であったがな。」

「女がそこまで大事か、全く。」

呆れたように、話す老人。

嵐の前の凪のようだ。


「若輩も大概にしろッッッ!!!」

瞬間、怒号が響く。


その老いぼれた体からは想像できぬほどの声量が通路全体を震わす。


「あなたは一つ勘違いをしておられる。」

しかし、その一喝を以てしても男の表情は変わらない。

「これは、ただの復讐なんですよ。」

「私自身の復讐、神園への報復なんです。」


「…貴様が、内心神園に反目しておることは分かっていた。

お前は昔から心中を隠すのが下手な奴であったからな。

だからこそ、田村へと出しのだ。」

「だがな、儂は少しその敵愾心を心地よく感じておった。

故、貴様の姓が変わろうとも、手元に置いておいたのだ。」


言いながら老人は、腰に付けた鞘から、刀を抜き取る。

スラリという音が、したかどうか。

老人の一連の手捌きは、まさに達人のそれであった。

「如何なる権謀術数が見れるやも知れぬと思ってみれば、女の尻を追いかけるばかりか、神園を殺して回る、醜鬼と化しておる。」

老人は、発する言葉を止めずに、刀を上段に構える。

「これを、失望と言わずして何と言う。」


「……やはり、貴方は勘違いをして居られる。私の目的は、神園を支配する事なんかじゃない。」

対して、男は斧を下段の位置に握り直した。

ここに、決闘の舞台は完成する。

「ここで、この腐りきった外道の血、悪鬼の一族を終わらせることだ。」


一歩、老人が距離を詰める。

対して、男は微動だにしない。

老人には幾度の修羅場を超えてきたという、圧倒的な経験を感じさせる、威圧感がある。

故だろうか、この勝負の行方は、互いが構えを決めたとき、すでに決していた。

老人の上段構え、これは攻めの姿勢。

瞬時に踏み込み、相手を切り捨てることを狙った構え。

それを相手する下段の構えは、斬りかかってくる相手を迎え撃つ用意に他ならない。

攻勢と守勢。

互いの対決姿勢は決した。

と、同時に決着も見えた。

そう老人は確信した。


じり…じり…。

歩をゆったりと進め、自身の間合いへ相手を捉えようとする。


そして、踏み込みの姿勢を取りながら思う。

やはり、あやつは若い。

場馴れしていないが故の、判断の誤り。

斬りかかってくる上段に対し、下段で迎え討つ。

これは、定石でありけして場を決するものではない。

しかし、ここには武具の違いと言う決定的な差異がある。

本来、斧とは鋼鉄の刃特に峰の部分、その重量を以て、降り下ろすことに長けている。

詰まる所、振り上げるのは全くの専門外なのだ。

それを下段に構えるなど、まさに愚の骨頂。

恐らく彼の刀こそ、男の斧より、一歩早く振り下ろされるだろう。

たかが、一歩。されど一歩。

この太刀打ちにおいて、その一歩を越えられる奇跡は存在しないだろう。


そう、奇跡は。


男が剣の間合いに囚われ。

ダンッ!

老人が踏み込む。

「ナオヒサァァ!!」

「父上ェ!!!!!」

二匹のの獣が、吠えた。



瞬間。

勝負が始まって、同時に終わった。


しかし、永久に2つの闘志がぶつかり合うことはなかった。

この果たし合いは始まる前から決していた。


ピタリ。

老人が、男の寸尺前でピタリと動けなくなる。

疑問に思わざる負えない。

自分の意志で停止したのではない。

何かに、行動を邪魔されている。

彼は自身の踏み込みを阻害した原因を探ろうと自らの体を観察する。

すると。


スパリ。


自身の腹の辺りの着物が横に一線、恐ろしい程綺麗に切断されていた。

「……ムっ……!」


遅れてさらされた肌に、スゥーと赤い一筋の線が現れる。

その線は腹に留まらず空中を伝って線を作った。

そうして、ようやく不可視の刃が血化粧をして現れる。


「こ…れは……!」

「ワイヤー、です。」

男はこの結末を予知していた、というように淡々した声を放つ。

「カッ…ハッ…!」


老人の体から、血と臓物が流れ出していく。

男は老人の前まで来ると、斧の刃先で鉄の紐を切断した。

「なるほどの、悪手と思うた下段の構えは…わしの脇を開けるため…上段構えを誘っていた…という訳…か。」

血を咳き込みながら、老人は少しほくそ笑む。

「ふ、ふはっ、ゲボッ…最後に見る…貴様の謀が…こんな玩具遊びとはな……。」

「だがな、忘れるでないぞ…怨讐に囚われ、己が往時も向後さえ捨て去るというなら、貴様には展望も報いも有りはせぬ。訪れるのは……ただ…。」

男は、仇の首をめがけて斧を振り下ろす。

ゴトリと落ちた首が未だ、彼への呪いを口から漏らす。


斉しく…復讐による死だけよ…。




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