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神の園  作者: 冬見鳥
7/10

第七話

7




「う、う、うああああああああ!!!!!!!」

そこには、母の顔があった。

駄目…だ。駄目なんだ!この表情だけは…!耐えられない…!

思考は真っ白になって、今にも駆け出したかった。


しかし突然、ギュッと袖を掴まれる力で現実へと引き戻される。

あずさだ。

さっきと変わらず呻くような声を漏らしているが、俺の服の袖を助けを求めるように握りしめていた。

そこで、ようやっと落ち着きを取り戻す。


状況を把握しろ。冷静に対処しろ。

じゃないと、誰も助けられないだろ…!

先程、佐藤は、何かに怯えるように、この地下牢から逃げるため走って出口を目指した。

そこで、彼は首が飛んで死んだ。

何が起こった…?

導かれる答えは一つ!

出口の近くに、何か罠がある…!

「全員、その場から動くなッッ!」

できる限りの大声を張り上げる。「みんな!ゆっくりと、このランタンそばに集まれ!!!」

大石が牢を離れて、こちらに来る。

「さ、佐藤さん…!これは!」

「この通路に、罠がある。恐らく、鋭利な何かが、張り巡らされている!」

「なっ!?」

足元に落ちていた、扉を外したときにできた、木の棒を手に持つ。

「いいか、今から俺が罠の場所を探しながら進む。」

「その俺の跡を、ゆっくりと、離れすぎないように歩け。」

頷いたのは大石だけだった。

彼女は、まだ呆然としている。

仕方無く、手を取り腕を引っ張って進む。

自分の一寸先にあるからも知れない死の罠の存在を、棒を縦に振りながら確かめて進む。

無い。

無い。

無い。

セーフ。

数歩進む度、心臓はうるさいくらいに主張している。

しかし、ここで焦って確認を怠れば、俺とともに後ろのあずさの首まで飛んでいってしまうかもしれないのだ。

慎重、冷静を心がけて進み続けること、数分。

行きの倍以上の時間を掛けて、出口の側までたどり着く。

そうして、ピン、と棒越しに張った紐に触れたような感触を得た。

ランタンで照らしてよく見ると、赤き一閃、それはピアノ線だった。

これは、佐藤さんの血でコーティングされていなければ、目にも入らなかっただろう。

「ここに、ピアノ線がある。しゃがんで潜れ!」

そうして、ようやく俺たちは死の危険から脱出する事ができた。


「ッハァ!ハァ!ようやく、出られ、た!」

「ッ!また…また、人死が…!佐藤さん…!」

大石が、悔しげに地面を殴りつけた。

「一体、一体何が僕たちを殺そうとしているんだ!何が…一体…!」

彼の憤慨は、俺と同じものだった。

見えない殺意にさらされる恐怖。

怖いのだ。解らないから。

この屋敷の中に居る、謎の殺意の正体が。

「おい、あずさ!しっかりしろ!出られたんだ!もう、牢屋はもうない!」

頬軽く叩きながら、彼女の正気を呼び覚まそうとする。

「う、う、ううああ!!」

「……ハッ!こ、ここは!?」

寝坊をしたような反応で、虚ろだった目は俺の顔を写すようになった。

「おはようさん。」

何だかその顔を見ると、今迄溜まっていた疲れが、どっと溢れ出した。


「クソっ!こんなところ、早く、早く逃げ出さなきゃ!殺られる…!一人ずつやられてしまう!」

大石は、言いしれぬ恐怖に身を震わせている。

「ああ、それは大丈夫だ、と思う。なんとなく見当が付いてる。」

「…………へ?」

さっきまで、顔を真っ白に染めていた大石は、心底呆けた顔でこちらを見た。

「いや、だから、出口の見当は既についてるって言ったんだ。」





「あった!」

一行は俺の指が指した方を間抜け面で眺めている。

いや、見上げている。

ここは、初めに全員集められていた居間のような部屋の横にある、通路の天井だ。

そこに、四角く淵、のような線が走っている。

「………。なんだか。凄く、呆気なかったですね…。」

「その…君は知っていたのか…?出口の場所を。」

「いや、佐藤さんに言われて気付いたんだよ。」

「ここは地下なんじゃないかって。それで幾ら探しても出口が見つからないのなら、上を探せば地上に出られるんじゃないかってな。」

皆、未だにポカンとした顔をしている。

「ま、善は急げだ。さっさとこんなところからは、おさらばしよう。」

そう言って、先程の地下牢から拝借してきた木の棒で取手のような部分へと引っ掛けようとする。

しかし、なかなか難しく苦戦していると「埒が明きません!横着ですね、貸してください!」と言ってあずさがこの棒を俺の手から奪い取った。

そして、ヒュン!と、投げた。

横着はどっちだと言いたかったが、少し怖いので、やめた。

ともかく見事取っ手部分へと棒は命中し、ガタン、という音と共に開き折りたたみ式の梯子が落ちてきた。


「ようやく…ようやく出られるのか。」

「まだ、数時間しか経ってないのに随分と、長いことここにいた気がします。」

「ああ。」

中村さん、佐藤さん。こんなところで眠るのは、きっと嫌だろうが、絶対に戻ってきて、ちゃんとした形で弔う、そう心の中で誓った。

そう、二人でしみじみとするり

ん?二人?

「あれ?大石はどこいった?」

「え?なんか忘れ物があるって取りに行きましたよ。」

「雪隠じゃないですか?雪隠。」

「セッチン…?って何?」

「え、知らないんですか?雪隠ですよ!雪隠!!」

「いや、知らんもんは知らん。」

でも、何だか彼女が一生懸命セッチンセッチンと連呼するのは少し可愛かった。

「厠のことです!あー、おばあちゃんがよく言ってたから移っちゃったのかな〜。」

両手を両頬に当てて恥ずかしい恥ずかしいと繰り返している。

というか。

「ちょっと待て、厠に行ったのか?」

「え?はい。人間そういうときもあります。別にイタズラとかされて無くても行きたくなるもんなんです。」

「今、こんな時にか?いつ、何に襲われるか分からないとか、ブルブル震えてたのは、他ならないあいつじゃないか…!」

そこで、一つの違和感が過ぎった。

これまでの、今までの殺人は、本当にこの屋敷の超常現象によるものなのか?

佐藤の言っていた、着物の女による犯行なのか?

思い出せ。

生き残っている、俺たち3人の中で中村が殺されたときに、アリバイが全く存在しないのは、誰だ?

これは言うまでもない。

あの時、地下牢を探索したとき、俺たちが入り口を通った後、最後にそこを通って、ピアノ線を仕掛けられた奴は誰だ?

これも、やはり言うまでもないだろう。

冷や汗が止まらない。

違和感が疑念へ。

疑念が確信へと変わっていく。

「…ッ!おい、あずさ…」

「國島さんッ!危ないッ!!」

あずさにこの確信を伝えようとした瞬間、物凄い勢いで突き飛ばされた。

全身に感じた浮遊感も一瞬、地面に転がされる。

「うっ!あぁっ!な、なにを!」

そうして、あずさを見ると、俺を蹴り飛ばした体勢のまま、しゃがみこんでいた。

その頭上の柱には、斧が突き刺さっている。

俺がさっきまで立っていた横にあった柱だ。

高さは、ちょうど俺の頭の位置。

その事実を、頭の中で数度反芻して、ようやく数秒前の危機を理解した。

遅れて、激しい動悸が俺を襲う。

「ちょっとぉ、ちょっとちょっと!い、いまの避けちゃうのぉ!?避けられちゃうのぉ!?あずさちゃんナニモンだよぉ!?」

そこに、その緊張感とは正反対の軽々とした声が飛び込んでくる。

「あー、國島さァん、危なかったねぇ。まさか斧が突然飛んでくるなんて!あずさちゃんが反射神経よくて助かったね…!」

驚きだ。

先程まで、几帳面、しっかりとしたカリスマ性の持ち主、謹厳実直を地でいくような印象の面持ちだった青年が、まるでおもちゃを貰ってはしゃぐかの様な無邪気な笑みに顔を歪めている。

いや、こいつの場合、無邪気、とは程遠いだろう。

顔、仕草、発言、全てに反吐が出るような邪悪が籠もっている。

人はこんなに豹変するものなのか。

できるものなのか。

いや、違うのだろう。

きっと、コッチが本性だ。

まず危機察知が先行して、未だ状況の把握ができていないようだ。

あずさは、戸惑いを隠しきれないというように大石に問う。

「大石…さん?これは…どういうつもりですか?」

「す、すみません。さっき薪割りの練習していたら、手から斧がすっぽ抜けちゃって。怪我はなかった?」

「なんちゃって!」

大石は、喋り終わるか終わらないかであずさのいる方向へと弾け飛んだ。

「…っ!」

あずさはこちら側へと転がって大振りの蹴りを回避する。

「ありゃ〜。こんな狭い通路で二人共固まっちゃ駄目だってー。」

「そんなの一網打尽にするしか無いじゃん〜。そんなのつまんない、ッて!」

そういって、柱に刺さった斧を引っこ抜いた。

そんな大石から目を離さず、あずさが俺の前に立つ。

「あれ、あれれ。女の子の影に隠れちゃうのぉ?みっともなくない?國島サァン!」

「國島さんに、手を出さないで下さい!!さもないと…!」

そういって、あずさは足幅を少しとって両の手を胸の前に構えた。

彼女の足の震えは、きっと恐怖だ。

演技なんかで出せる、緊迫感じゃない。その怯えはどう考えたって本物。

だっていうのに、此処は絶対に通さないとばかりに、俺を守るように大石との間に立っている。

完全に、大石を迎え撃つ気だ…!

「あずさ、駄目だ!」

フゥと息を吐く、呼応して、鈴の音がなる。

「ふぅん。手、出したらどうなっちゃうのぉ?」

彼女は息を、今度はゆっくりと吸って、答えた。

「ボコします!!!!」

「ッハ!」

と、同時に大石があずさに躍りかかる。

構えることなく、走り込む勢いだけで放たれる袈裟斬り。

ああ、駄目だ。

幾ら、彼女の力が強いと言ってもそもそも、獲物を持った相手に徒手空拳で叶うわけが無いのだ。

凶悪な刃を持つ鋭利な斧に、胴体を撫でられる。

そんな幻視をする。


今から彼女の腕を掴んで引き寄せれば、斧を躱しきれるかもしれない。

そんな期待を込めて、伸ばした手は無情にも空を切った。

それもそのはず、彼女の体は既にその空間に無い。

斧を振り下ろさんとする大石の真下、地面スレスレにその影はあった。

まるで躰道。

重心を限りなく前へと移した縮地法。

その体は床を滑るような足さばきで、懐に潜り込む。

重心移動の勢いで回転、またその勢いを殺さずに全て足へとまわす。

「はぁッ!」

そして、バネのように弾けた彼女の脚撃が、大石の斧をを持つ腕へと、突き刺さった!

「グアッ!」

腕に一撃を貰った大石は堪らず斧を放り出す。

しかし、それではヤツを吹き飛ばすには不十分だった。

大石は彼女が体勢を次に移す前に、ここぞとばかりに反撃を仕掛けた。

ちょうど足元にいるあずさの腹を思い切り蹴飛ばす。

メリっ!

柔らかい肉に食い込んだ足を、そのまま振り抜いた。

彼女の軽い体は、それだけで俺のわずか後方にまで吹っ飛んでいく。

その一瞬の攻防に、呆けていた意識に無理やり鞭を入れて後ろに倒れるあずさに駆け寄る。

「ッ!おいあずさ!大丈夫か!」

「ゲホッ、ゲホッ!う、うう。めちゃ腹痛いです。」

幸い重症ではないようだった。


「ッグぅぅ!イッッテェなぁ!おい!」

恐らく奴の方も無傷ではない。

肩を抑えて絶叫している。

あの鋭い脚撃を食らったのだ。

肩の脱臼ではすまないだろう。

しかし、やつはまだ立っている。

ならば、来るだろう。

「…!へぇ、やる気?國島サァン。」

両手を前に伸ばし、いつでも駆け出せるように腰を低くする。

「ちょっとちょっと、大人気ないって!オッサン!怪我してるし斧ないんだから、ハンデくれてもいいでしょ!」

こいつを、今後ろに通すわけに行かない!

「バカ野郎!!俺はまだ十八だッ!!!!」

「えッ!嘘っ!年下!?」

言い切ると同時に駆ける。

狙いは腰。

組み付いて、そのまま押し倒す!

ガシッ!

その勢いのまま、大石を床に叩きつけた。

「グッ!いってぇっ!」

このまま拘束する!

「なぁ〜んつって。」

ザクリ。

その時、肩に鋭い痛みが走った。

「う、ぐぅあああああ!!!!」

刺すような痛みは焼けるような苦しみを呼ぶ。

右肩を見ると、大石が手に持つ一本のナイフが、俺の肩に深く深く突き刺さっていた。

その激痛に耐えかねて、大石の拘束を外してしまう。

「ん〜。ダメダメ、油断しすぎ。」

「さっきのあずさちゃんみたいにこう、鋭くなきゃ!さっきのやつ、めっちゃくちゃ痺れたよ!

やっぱり女の子ってあれくらい気が強くなきゃいけないよねぇ?

中村さんなんてさ、何でも言うことを聞くから見逃してくれ、何て言うもんだから、ムカついてすぐ殺しちゃったよ。」

「あ、そうそう佐藤さん、あれはスゴかったよね〜。流石だよ。

悪戯程度に仕掛けたワイヤーにあんなきれいに引っかかってくれるんだもん。ポーンてさ、頭吹っ飛ぶ何て予想もしてなかったよ!あんときは、笑い堪えるのに必死で、必死で!」

手でナイフ回を弄びながら、心底楽しそうに、残虐な彼らの殺害方法を俺へ、まるで自慢するような口振りで話す。

「もう、黙れよ。」

「あれ、怒ってる?怒ってんの?何で?なんで怒ってんの??」

「ここにいる人間、全員ここ死にたくてきたんだよね。それをちょっと手伝って上げただけじゃないか!」

「國島さん、貴方だってそうじゃないのか?」

確かに、そうだ。

俺はここへ終わりを求めてやって来た。

きっともう居ない彼らもそうだったんだろう。

それは、きっと他の人間から見れば足掻くことをやめた、逃げる事しかできない弱い人間だと思われる事かも知れない。

たが。

「だがな。」

俺たちはみんな、きっと耐えられない、堪えられない傷をおってここにいるんだ。

最後の選択をどう言われようと、俺はなんとも思わない。

「だがな、それを、俺たちがその傷で苦しんだ記憶を、テメェみたいな他人の痛みもわかんねぇような奴にッ!!!」

「嗤われる事だけはッ!!我慢ならねえんだあぁぁ!!!!」

そう叫んで、再び足を弾いて大石の懐に飛び込もうとする。

「いや、いやいや闘牛じゃないんだからさ。」

ヒョイと、当然のようにそれを悠然と回避する。

「さっきは気が強くなきゃ面白くないとか言ったけどさぁ、学習のできないバカの相手をするのは、それはそれで嫌なんだよねぇ。」

「へぇ、バカって誰のことだ。」

そういって目的のブツを拾い上げる。

そう、元々これは奴が突進を避けることを算段に入れた行動だ。

攻撃ではなく、回収。

そうして、手にした木の棒を握りしめていて中段に構える。

「自己紹介かよ?」

先程まで、心底楽しそうだった笑みは一転、忌々しくて仕方がないといった表情に変わる。

「は!棒切れ一本手に入れて、何イキってちゃってんの?」

相手は、そう強がるがその表情はこの獲物のリーチの差の利点をありありと物語ってくれている。

「ッ!クッ!」

後は、気をつけなけれればいけないのは、相手が捨て身覚悟でナイフを投擲してくることだろうか。

ジリジリと間合いを詰めていく。

相手も、徐々に足を後退させていく。


すると。

「へっ!バカはテメェだ!!」

以前の名残が全く存在しない口調でそう言い放つと、後ろへ少し走った。

そして、未だ呻き苦しんでいるあずさを片手に羽交い締めにして、首筋にナイフを当てる。

「まっ!定番だけど、これで動けないよな?」

クソっ!

完全に失念していた。

唇を噛む歯に加わる力が強くなる。

俺が武器を取った時点で、奴との立ち位置は逆転していた。

ならば必然、俺の後ろにいたあずさも同じことだった。

どうやら、人生で初めて体験する命のやり取りは、思った以上に俺の神経と集中力を削いでいたらしい。

「クソっ!」

「おっと、動くなよ?この女の肌に傷つけたくねえならな。」

「これ、自分言う事になるとは思わなかった。」

あずさはまだ朦朧としているようだ。

呻きながら苦しそうにしている。

状況が完全に、やつの有利に働いてしまっている。

人質も、出口も、何方も今はやつの手にある。

武器をとって地の利を捨ててしまっていたらしい。

万事休すか。

そう思ったとき。

いきなり、こちらを見ていた大石の目が喜色を廃して一変、恐怖に染まっていった。

「あ、あ、あ、ああぁぁぁぁ!」

「う、うああ!!」

いや、見ているのは俺じゃない。

その後ろ、奥にある、何かだ。

腰が抜けたようで、あずさともども崩れて、尻もちをついた。

そのまま、後ずさって、必死に逃げてしまおうとする。

「う、うわぁぁ!!!来るな!来るな!いたのか、本当に、いた!佐藤は嘘をついていなかった!!!」

これは、チャンスだ。

今を逃せば、大石が正気を取り戻してしまえば、人質の奪還はもう叶わないかもしれない。

振り返って、後ろの恐怖の正体を自分の目で確かめたい。

そんな思いを振り払って走る。

奴はまだ腰を抜かしてズルズルと後ずさっている。

「着物の女ァ!!!」

走り寄ってあずさを抱え、迅速に大石から距離をとる。

そうして、ようやく真に奴を追い詰めることに成功した。

「お前の負けだ、大石。」


そこでようやく、正体不明の恐怖から少し開放されたようだ。

自身の眼前に立つ俺を見て、憎々しげに笑う。

「おいおい、だから何、殺す?殺しちゃう?出来ないよね?正義の味方さんには。」

「いや、暫くここで眠ってもらう。」

そう俺が言い放つと顔を歪めて懇願の姿勢に変わる。

「お、おいちょっと待て、待ってくれ。それは、嫌だ、駄目だ。」

木の棒くれを大上段に振りかぶる。

「おい、駄目だ駄目だ!見ただろ!?お前もアレを!?こんなとこにいたら殺されちまう!」

「いいや、ダメだお前はここに残していく。」

「い、嫌だ!ごめん、ごめんなさい!謝る!罪は償う!だから、やめっ……。」

そしてブン、と思い切り振り下す。

殺しはしない。だが、警察を呼ぶまでは大人しくしてもらう。

ゴンッと鈍い音がして彼は糸が切れた様に動かなくなった。


そうして大石を逃げられないように縛ってあずさに駆け寄った。

「あずさ、あずさ!しっかりしろ!」

あずさは、受け答えはするのだが、どこか何かに囚われているような、そんなぼんやりとした表情で俺を見ている。

「………はい、國島さん。」

「行こう、出よう。こんなところから。」

「…………はい…。」

そして、二人で梯子を登るとそこには地下とは違った、豪勢な和風の屋敷の中、と言った感じの間取りが広がっていた。

「さっきまでは、この屋敷の地下室にいたってことか…。」

出口を探して、広い通路を行ったり来たりし彷徨っているうちにようやく広間のような開けた場所に出た。

「これは、出口が近いな…!ようやく出られるぞ、あずさ!」

「………………………。」

暫く手を繋いで、連れ回していると、虚ろだった顔を伏せて、段々と返事さえ返さなくなっていた。

「…どうした…?あずさ、まだ腹が痛むのか?」

「………………。」

死んだように、何も反応がなくなった。

ただ、手を引くと大人しく後をついて歩くだけだった。

「!見えた、玄関だ!出口があったぞ!!」

「……ッ!……………ぅッ!」


「ほら、みろ!あずさ!あずさ……?」


ずっと繋いていた手を払われて、振り返る。

そこには、赤く、赤く、真紅の色をした紅葉柄の着物の女が立っていた。

しかし、顔だけは見慣れた、彼女のもの。

「……あず、さ…?」

問いかけようとも、やはり返事は無く。ただ、静かに、静かにその場で佇んでいるだけだった。

その佇まいは静謐を絵に描いたよう。

自分の胸の根底の部分を奪い去ってしまいそうなほどの、美しさに呼吸ができなくなる。

「あずさ……おまえ、いつの間に着替えて……。」


瞬間、どこからから、低い低い、何か、巨大な怪物の唸り声のような音が聞こえてくる。

ゴォォォォォ…………。

そうして、数秒遅れて細かい揺れのようなものを足に感じるようになった。

それは、次第に大きくなって、カタカタという家具を揺らす音が聞こえる。

地震か…?

「あずさ……!早く、出るぞ!」

そういって掴もうとした手は何故か空を切る。



地震は、既にこの家の地面、壁天井全てをガタガタと音を立てて揺らす程になっている。

足音さえなく、彼女は再び俺の側に歩み寄っていた。


そして。

その、白く細い指を。

俺の首筋に当てて。

そのままギュッと、その手を握り込んだ。

「ウッ!ぐ、がああっあっがっ!………ッ!」

いきなりの出来事だった。

しかし、避けようと思えば避けられた。

それを許さなかったのは、きっとその指の動きが悲しげだったから。

そして許されなかったのは、俺の罪。

彼女は、俺の首を締めたまま、顔を唇が触れてしまいそうなほど、近くに寄せる。

そこでようやく、彼女の表情が目に写った。

「……なきゃ……助け……なきゃ……。」

怒り、憎しみ、苦しみ。

「イカナキャ…!タスケナキャ……!」

既に向日葵のような笑みを返してくれた彼女の表情は一欠片も残らず失われてしまっていた。

「ダ…カラ………エセ……!」

「アノコ!!カエセェェェェ!!!」

醜く叫び散らす女。

先程までの、妖艶なまでの美しさはどこに行ったか。

俺を押し倒して、首を締めて、泣き叫ぶ女は、かつての面影も無い。

皮膚はどんどんとしわがれていき、顔から生気は失せていく。

しかし、指はどんどんと、ありえないほどの力で俺の喉へ食い込んでいく。

爪は、自身の力に耐えかねて、バキバキと悲痛な音を立てて砕け散っていった。

そんな、彼女を見ながら、自分の今までの過去全ての選択を顧みる。

何も、何も間違った事なんて無かった。

それは本当に?

何故、こんな事になったのだろうか?

答えは、やはりあの時、あの場所での選択だろうか。

永劫にも思える刹那、とりとめのない思考が円環を辿る。


既に屋敷は崩壊を開始して、床も柱も亀裂が入り、悲鳴を上げるように軋んでいる。


彼女の顔は、憎悪も悲しみも絶望も、全て兼ねているようで、そのどれとも違う、何かを必死に切望するような表情。

崩れていく意識の中、最後に見たものは、激しい破壊に耐えきれず、同じく崩れ去っていくこの屋敷の天井だった。

ああ、君が俺の罪を裁くなら。俺はただ目を閉じてそれを享受しよう。

これで、許してくれるだろうか。

母さん…。





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