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神の園  作者: 冬見鳥
5/10

第五話

5


俺たちは、あずさが見つけたという扉の前へとやってきていた。

「こ、これは…南京錠…?」

扉の前には、大きな鎖と南京錠が落ちている。


「この扉は鍵がかかっていたのか?」

「しかし…外れてるみたいだが…。」

「まあ、取り敢えず入ってみましょう。」

そういって大石は、扉へ手を掛けた。

「それじゃあ、開けます。」


グイと、押し開いた。

そこには。

「……真っ暗すぎて何も見えない。」

明かり一つもない、ただただ黒い空間が広がっていた。


「どうしよう、誰か明かりを持ってる人は…。」

「その必要はないと思いますよ。だって、ほら。」

そういって、あずさが指さした先には一つ、ランタンが壁にかかっていた。

「…用意周到なこった。」

「使えるかな…?」

あずさがカチカチとランタンをいじり始めた。

ボッ。

「!」

「つきましたよ!燃料が残ってたようです。」

「ともかく、これで進めます。」

「じゃあ、行くか。」




誰もやりたがらない、この未知の探検の切り込み隊長という役割を引き受ける。

一同も、次いで暗闇の中へ入る。

明かりに照らされ浮かび上がってきたのは、恐らくここにいる全員が予想していなかったものだった。

「これは…石畳…?」

「いや、床だけじゃない。壁も、天井もすべて石造りになってる。」

そこは、全面石でできた通路だった。


「ともかく、進むしかないか。」

取り敢えず、進まねばここまで来た意味はない。

そう思い、ランタンを手に持ち、ずんずん進む。

そうしてみんなぞろぞろと後を続いて、最後尾を大石が続いた。

しばらく石で出来た廊下を歩くと、左右に木格子のようなものが見える。

「こ、こ、これ…は…。」

「あ、ああ、見るからに。」


牢屋、であった。

ここに来てから立て続けに起きていた不気味な出来事が、収束していく感覚があった。

「なんでこんなところに牢屋なんかあるんだ?この屋敷が、益々わかんなくなっちまったよ。」


「だが、この先に出口がある、ってことだけはありえんだろうね。」

いつの間にか、隣を歩いていた佐藤が俺の独り言に返事をした。

「國島さん、少し…この屋敷、おかしくないか?」

そう言って、継いで会話を始める。

「いや、そんなの初めから分かっていただろう。」


「それは、そうなんだがね。」

「なんだか、静かすぎるんだよ。」

妙な事を言い始めた。


「どういうことだ?」

佐藤は、次いで少し興奮したような口調で説明を始める。

「いや、俺達が自殺を決行しようとしていた場所は、誰にも見つからない場所、という事で結構な田舎まで走ってきたんだよ。」

確かに、俺たちは長い間バンに揺られていた記憶があった。

「だからね、私達が丸一日眠らされていた訳では無いとすれば、ここは都会の中心にある、という事はない……と思う。」

一向に何を伝えたいのか分からなかった。

「何が言いたい?」


「つまり、静かすぎると言ったのは、虫の声が一切聞こえないってことだよ。」

「虫ぃ?」

「ああ、今の季節は秋、外からの明るさが一切ない、つまり夜だとする。

なら、この屋敷の周りに少しでも緑がある場合、うるさいくらいに虫の声がする筈…だと思う。」


佐藤は自信を欠いているのか、語尾がモヤモヤとしている。


「ならここは、都会のど真ん中にでもあるんじゃないのか。」

「だとしても、車の音などの物音が一切外から、聞こえてこないんだよ。」

「どれだけ耳を澄ましても、何も聞こえない。これは少し、不思議に感じざる負えない。」


「じゃあ…なんだ、ここは宇宙のど真ん中にあるとでも言うのか。」

「いやいや、もっと近くだよ。」

近く?



「地下ですよ。地下。それなら、こんな大きい牢屋がある理由もわかります。」

「おそらくは地下牢でしょうね。地上に作るには目立ちますから。」

口早にまくし立てる佐藤を見て思った。

「アンタ何モンだよ。」

「しかし、そうなると、出口は…。」

「すまない、國島さん。」

そこまで言葉が出かかった所で、大石が呼ぶ声に思考は遮られた。


「どうしたんだ?」

「これを見て欲しいんだが。」

いつの間にか先頭より前にいた大石が指さした先は、一つの牢屋の木格子があった。


「これが、どうかしたのか?」

「いえ、この格子、少し開いているような……。」

大石はそう言いながら扉状になっている部分へと、手を掛けた。

すると、メキリという音がして扉が少し開いた。

「やはり、この牢屋だけ扉が緩くなっている。」

「すいません、少し持ってくれますか。」

そういって、佐藤へとカンテラを渡して、扉をガタガタと揺らし始めた。


しかし、なかなかに一向に開ききる気配がない。

「手伝おう。」

そういって少し開いた扉に、手を掛け外そうと力を入れる。

しかし、どれだけ力を入れようとそれ以上隙間が広がることはなかった。

鍵がかかっている訳ではないのだが、蝶番が錆びているのか、それ以上扉の可動は見込めそうに無かった。

「少し開いたんだけど。これじゃあ中には入れなさそうだね。」

「仕方ない、諦めろ。牢屋の中に、外への出口があるわけじゃない。」

大石をそう諭す。


「兎に角、前進してみよう。」

「いや、その必要はあまりないかもだね。」

大石はそういって明かりを持ったまま、2、3歩前進した。

すると先に、薄っすらと石の壁が見えた。


「行き止まりか…。」

大石はわざとらしく肩をすぼめた。

「戻ります、か。」

「ああ、ここも、収穫は無しだな。」


そう言って振り返ろうとすると同時に。

バキッ!

という、木が折れ曲がるような、いや、叩き折られるような音が聞こえた。

「? どうした。」


見ると。

自分の胸丈程もある木の格子扉に伸し掛かられている、あずさの姿があった。

「……。何やってんの?」

「み、み、見たら分かるでしょ!」

いや、分からない。

「扉に、襲われてるんです!!!助けて!!」

そんなけったいな。


「う、うぉー!」

「フンッ!」

そして、自分で木格子をふっ飛ばした。

見るからに、大人3人分の重さはあるだろう襲撃者は勢いそのまま数メートル先の壁に叩きつけられる。

「何がしたかったの?」

「ハァ…ハァ…いや、まさか木の扉に求愛される日が来るとは思いませんでした。」


「………。」


「いえ、さっき國島さんたちがこの扉に悪戦苦闘していたので。」

「そんなに、硬いのかな〜ってちょっと引っ張ったら外れて伸し掛かって来たんですよ。」

乙女の恥じらい、と言った表情を見せる。

お前のやったことはそんな可愛いものじゃないんだが。


それにしても、あれを外したのか…?素手で?

今扉を投げ飛ばした事といい、もしかしたらこの子は恐ろしく怪力な娘なのかも知れない。

あまり怒らせないようにしよう。

「いえいえ、お陰で中に入れます。やっぱりあずささんはすごいですね。」

「何で敬語!?」


「ま、まあ取り敢えず中を確認しよう。せっかく開いたんだしさ。」

一連の流れを終始苦笑いで見守っていた大石がそう提案した。

「自分で開けといてなんですけど、開い…ちゃいましたね…。」

あずさが、今度は不安げに呟く。


「やっぱり、やめておいほうがいいんじゃ。」

いつもより彼女の声はひときわ頼りなかった。

「大丈夫だよ。少し中に、入ってみるだけだから。」

大石は変わらず、好奇心に取り憑かれているようだ。

「おいおい、目的忘れてるんじゃないだろうな。」

「中を照らすだけだから。」

そう言って、牢屋の中へ入った。


「ウワッ!」

そして、驚きの声を上げた。

「どうした!!」

「い、いや、あそこに…。」

そうして彼が指さした先を、カンテラの明かりを頼りに辿る。


「これは…ガイ…コツか?」

「のようだね…。」

それは、牢屋の隅に腰を掛けたまま物言わぬ白骨と化した人間の骸だった。

「おいおい、いよいよきな臭いな、ここは。」


「ひ……あ…ぅ……ぁ…。」

瞬間、怖気が背筋を走り抜けた。

声が聞こえる。すすり泣くような、女の声が。

「お、おい…。今、声が…。」

心底見たくはないが、声のする方へと顔を静かに向ける。

そこには。



「…おい、脅かすなよ、あずさ。」

口元を覆って格子の向こうにある、骸を凝視するあずさがいた。

「あずさ、怖いんなら別に見なくていい。」

そう諭そうと声を掛けても、返答は無かった。

代わりに、悲鳴のような、戦慄しているような、苦しんでいるような声を漏らすだけだ。


「あれ…は…。わ…たし…わたし…が…。わた…しの…。」

彼女の様子は、どんどんと変容していく。

その声色は、何かを恐れている。

顔色は血の気を失い、既に蒼白と言って差し支えなかった。


「お、おい。どうした、気分が悪いならもう見るな!しっかりしろ!」

しかし俺の声は全く耳に入っていないようだ。

「仕方ない!大石!ここにはもう何も無い!一旦出よう!」

彼女が動けないのなら、無理矢理にでも、連れ出すしかない。

そうして、彼女の手を引こうとした



瞬間。

隣で爆発するような悲鳴が聞こえた。

「ああああアアアァァァァ!!!」

発生源は佐藤。


「あ、あ、あ、あれあれあれ!!」

逃げるように後ずさりながら何かを凝視している。

通路の奥、行き止まりの壁方だ。

カンテラの明かり程度の光では、不鮮明で何があるのかはわからなかった。

「お、女だ!着物の、女!こいつが殺した!ヒィッ!!」

子鹿のように震えるのは足だけではなかった。

全身を恐怖に強張らせている。

「ヒッ!ヒイィィィ!!!」

そうして、限界まで後ずさって。

刹那、彼は扉の方へ駆け出した。


「ま、まて!!」

止める暇も無く彼は、勢いよく走っていく。





そうして、走って、走って。

逃げて、逃げて。

ようやく出れると思ったら。

そこで、ようやく気づいた。

逃げているんじゃなくて、踊ってたんだな。


噴水の付いた、不細工な踊りを踊る人形。

頭の付いていない、回るだけの人形。

たくさん水が出ている。

くるり、くるり、くるくるり。


糸が切れて踊りが終わって。

人形は、倒れて動かなくなってしまった。


ぽーん。

ボテ。

コロコロコロ。

足元に転がってくる()()()と目が合った。


違う。これは、ボールなんかじゃない。

()()は、彼だ。


俺を見るその表情は、恐怖、絶望、悲痛、その全てであった。

ああ、またか。

そこには、母の顔があった。



「う、うあああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」







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