6話 デスペラード
「そろそろ出発したいんだが……あいつは?」
フィオナが装備確認のために別室へ向かってから、すでに十分すぎる時間が経っている。
深也も、こと女性相手に準備の遅さをとがめる気はないが、いい加減しびれを切らし始めていた。
「えーと、あの……怒らないで聞いてね?」
普段から軽薄なシャックの声音だが吹けば飛ぶ程になるのは珍しい。
深紅の瞳が左右に踊っている。
「なんだその予防線、お前は俺をなんだと思ってるんだ」
何でもないはずの深也の問いにシャックが言いよどむ。
「先に行っちゃったみたい」
「は?」
「こんなのが置いてあってさ」
そう言ってシャックは深也に1枚のメモを差し出す。
『足を引っ張られると思いますので先に行きます。帰還ご自由にどうぞ。その際はお気をつけて』
言いたいことだけ詰め込んだフィオナの書き置きに深也の眉と口角が引きつる。
一瞬何を言われたのか分からず「達筆だな」などと思ってしまったのが心中の色々を火にかけた。
「ぶっとばすぞテメェ……」
「ぼく!?」
腹が立つタイプの素っ頓狂なシャックの声が着いた火にこれでもかと油を注いでいく。
「なんでドアの前で立っとくとかしねぇんだよ!」
「覗かれる心配をさせるわけにもいかないから離れて待つしかないのはシン君も分かってるじゃーん!」
「んなことでお前の株が下がるとか知らん! それでお前がクビになろうがクソどうでもいい!」
「そんなこと言わず助けてよー!!」
今日一番の青筋を額に浮かべる深也にシャックが泣きつく。
いつものパターンで最終的にはさっさと解決したほうが早いと面倒を嫌う深也が先に折れる。
深也も自覚していない心の習性を今回の件でシャックは完全に察していた。
「……お前さ、その杜撰さでなんで事務方についてるんだ?」
「それは僕にも疑問だけど、今は問題の解決に専念しない?」
手伝う流れになったのを敏感にキャッチしてシャックがさっそく調子に乗り出す。
「あとで覚えとけよ……とりあえず今からでも追いかけるしかないな。首根っこ掴んででも一緒に船まで戻る。お前は残って適宜フォロー出来るようにな」
「いいね!」
「念のため、何人か回してもらう手配もしとけよ」
「了解!さすがシン君分かってるぅ! 」
「お前はほんとに分かってんのかね……」
そこまで言って深也はフードを目深にかぶった。
フードに遮られて少し狭くなる視界。
「展開」
アビスフレームが地上で唯一使用可能なのがこの展開指令、入水前に密閉形態をとる。
深也からの指令に〈アビスフレーム〉が衣服から本来の姿へと移行していく。
地上にいるため硬質化は出来ていないが、内部では繊維が隙間のないよう結合率を高め、装備者を密閉していく。
「アンカー使うぞ」
返答を待たず、船に積んであった潜水のためのアンカーを掴んでそのまま海へと飛びこんだ。
重量により海に引きずられていく。
(この気分ごと沈んでいくような感じ……好きじゃない)
未知へと向かうことを実感させる景色の変遷、いつもなら心が躍るはずだが仕事となると途端につまらない。
つくづく自分は義務感で動きたくない人間なのだと改めて理解する。
相手の都合や希望要望など知ったことではないとゲームの中でくらいは言い張りたい。
そんな自分が何故この程度のイライラで済ませているのか、嫌みの1つも出てこないのか。
まだ深也には分からない。
「ほんとあの女……何が助けさせないでくださいね、だよ」
つまり、『いざとなれば私は貴方を助ける』ということ、自分だけで行くという判断も根源を辿れば、足手まといになりうる深也を巻き込まないための彼女なりの配慮である。
だが、そこまで考えをめぐらせることもまだ出来ない。
◆◆◆◆
(……ここだな)
周りの岩礁とは明らかに異質、気泡が弾けたような痕跡の残る部分に巣の入り口はあった。
覗いてすぐ自然に出来たものではないことが分かる。
用意周到、入ってすぐに作られた曲がり角が奥への視線を切っていた。
(崩落は……するわけないか、巣にならない)
入り口付近の壁を小突く深也。
アーマーアントは、その強靭な顎によって粉々に砕いた鉱物を粘性の強い酸で溶かし、そこからまた顎でそれを噛み締め、噛み締めることが出来てしまう不純物を廃して”鍛え上げる”。
そうやって水圧をものともしない無数の部屋と毛細血管のような迷宮を作るのだ。
(異様に広いな……アーマーアントの巣にしては、規格外だ)
入り口と思われる巣穴の大きさに深也は眉をひそめた。
これまで何度かアーマーアントの巣は見てきたが、その中でもダントツと言っていいだろう。
(アーマーアントみたいな雑魚が自分たちより体格のある奴が入ってこれるような巣穴つくるか?……そんなことより、ここにいないってことはアイツ巣の中入っていったのか……)
だとすると状況がさらに悪化した。
巣穴に入って駆除を行うダイバーは滅多にいない。
海凶のホームグラウンドである以前に、入り組んだ構造により帰還が遅れれば窒息死の危険が非常に高くなってしまう。
入り口で待ち伏せるか何かしらの方法で炙り出してから駆除していくのがセオリーとなる。
(窒息……死んだら終わりなんだよなぁ…まだ乙ったことないけど。NPCにもキャラロストあるみたいだし)
この様々な『取り返しのつかない要素』を天秤にかけて発生するリスクヘッジが思考を痺れさせる、まさにハードコアの醍醐味ではあるが。
「……」
いろいろな懸念が深也のなかでせめぎ合ったが結局「アーマーアントなんて雑魚だろ」という認識が勝った。
武装である剣銃【テンペスト】も構えず、巣穴に入った。
途端、その認識は少なからず改められることになる。
曲がり角を超えると視界が一気に広がる大広間のような空間に出た。
深也が入ってくるのを待っていたのか壁に擬態していたアーマーアントたちが一斉に蠢く。
大きさもあるが視界におさまりきらない数である。
(なんだこの不恰好なのは、亜種かよ。てかこの数、マジでアイツ駆除してたのか?)
入ってすぐのモンスターハウスは焦りどころか深也に冷たさを戻した。
(またえらく死に急ぐな)
まっすぐ向かってくる蟻たちにテンペストの銃口を向けるが、蟻たちは一気に散開して深也の視界の外へと消えていく。
情報の共有、アーマーアントたちのネットワークは、どうすれば敵がもっとも苦悩し、消耗するのか、フィオナとの戦いによって得たフィードバックを群れ全体へ既に行き渡らせていた。
(亜種の速さと移動法じゃない、ストライダー系の海凶とのキメラが生んでやがるのか)
蟻たちの状態と移動方法、そのスピードから女王がキメラであることに深也は即当たりをつける。
フィオナが単身で、この巣に入っていったのだとすると、こんな雑魚にかまっていられる時間はない。
が、追いかけられながらの探索と救出などもっとしていられない。
深也の思考が殲滅へと切り替わる。
海凶もいまや海の生態系の一部、今回は例外となったがライセンス試験だろうと駆除には上限数が設定されている。
だが、深也にとってそんなもの知ったことではない。
「エアソリッド起動 〈海駆け〉〈ラス・イグニス〉」
包囲するためとはいえ、旋回するということは直進していれば詰められたかもしれない距離を捨てたということ。
なら自分はその距離を拾いにいけばいい。
加速スキルである〈海駆け〉を使って深也は急速に”後退”する。
視野外へ消えていく蟻たちの姿が再び視界と射角の内側へとおさまった。
エアソリッドにより強化された2丁の剣銃が火を吹く。
マズルフラッシュにも似た閃光の如き熱線が蟻の外殻を溶かし貫いていく。
熱線の直径は大型の拳銃の口径ほどだが、着弾し体内を貫通する際に拡散していく余波がその何倍もの広さで敵を溶解させる。
握り拳大の風穴が開く、コンマ数秒遅れてきた痙攣の後、巨体は沈黙した。
倒れていく群れの仲間を他のアーマーアントは、ただ見つめるのみ。
(虫でも呆気にとられたりするのか?)
情報の伝達のための硬直であろうが一瞬とはいえ敵の前でやるのは間抜けすぎる。
動かぬ的にむけて引き金を引き続ける。
足の止まっていたアーマーアント10数匹が数秒で深也の攻撃により死体となった。
趨勢は決した、これが対人戦闘ならば戦意はとうに挫かれているだろう。
だが、個としての意識を持たず群れとして負けなければよいと刻み込まれた蟻たちはここからが強い。
臆することなく”蛇行”して接近してくる。
どうやら情報の共有と対策の検討は終わったらしい。
(真面目なバカだな)
深也が内心で抱いた表現は的を得ていた。
そんなことをしても焼石に水というか無駄に近い。
対抗策をとったところで身体能力が上がるわけではないのだ。
パフォーマンスの上限に何ら変化はない。
武器と防具という外部オプションを有しながら生来の知能と磨かれた技能のある人間相手に、身体機能の範疇で出来る事をやっているだけの野生動物が勝てる道理などない。
つまり負け戦だ、無駄死にだ、死ぬしかない。
それでも向かってくる、死ぬことが目的かのように。
(愚直すぎる……そうか、時間稼ぎか。女王が狩りと食事の最中だから邪魔をするな、と)
単なる推測でしかないが、おそらくは的中している推測だろう。
ただ、そこまで冷静に考えていた深也の思考が急激に沸騰しはじめた。
不愉快、思わず顔が歪むほどの不快感。
一体どういう訳で湧いてでた感情か。
ただ、あの場でシャックを蹴り倒して帰らなかったのが正解だったことは分かる。
フィオナを無事連れて帰れば、この不愉快さが解消されるであろうことも。
上下左右に蛇行して向かってくる蟻たちに深也の構えた2丁の剣銃が追尾するかのようにピタリと照準を合わせた。
「退け」
静かな声だった、深也は欠いてしまった冷静さを取り戻そうとしている。
しかし、テンペストの名に恥じぬ銃声は深也の内心を隠そうともせず、むしろ雄弁でさえあった。