表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Dive with me】  作者: 葉六
6/33

5話 プレデター

 陽光の届かぬ深海それも海凶の巣穴――だが、この世界の海に夜は来ない。

 海魔石がその原因となっている。

 海魔石は何らかの条件が重ならないかぎり自然環境の中で大きな結晶となることは滅多にない。

 基本的には粒子ままであり、その視認できないほどの粒子は外的衝撃などで簡単に細かく砕ける。

 その際、わすがに光るのだ。

 砕けた粒子は結合率を高め、大きくなる、そしてまた砕けるという終わりなき循環を繰り返す。


 その循環によって淡く輝く幻想的な巣穴を〈ナイトヴォルグ〉を装着したフィオナが静かに進んでいた。

 〈ナイトヴォルグ〉は数々の狭隘な岩礁地帯での戦闘を前提にしたアビスフレームを設計開発してきたギルド、夜鳥(ナイトクロウ)が手掛けた傑作機である。

 彼らの管轄している海域は岩礁によりとても狭くなっている地形が多い。

 その狭さゆえに海凶相手に数で攻めることも出来ず、回避行動にも悩まされる。

 そんな劣悪な環境下で開発調整されてきたアビスフレームは、どれも優秀で装甲、運動性、隠密性を高い次元でまとめ上げていた。

 特に隠密性で言えば他のギルドの追随を許さない。

 それでも今の状況にフィオナは違和感を覚えずにはいられなかった。


(これだけ倒しても感知されていない……)


 ヒトを超えんとする海凶はみな特殊な感知能力、伝達能力を持っている。

 海凶たちは仲間内の情報共有の重要性を理解していた。

 アーマーアントの感知能力は伝言ゲームのようなもので一匹がやられた場合すぐさま近くの個体がそれを感知、と同時に別の仲間へと伝え、瞬く間に情報が群れに伝播していく。

 仮に連続してその信号が発生するようなことがあれば群れへの被害を抑えるために戦闘に優れた個体が出てくる。


 ここまで巣穴を進んできたフィオナは群れの規模を概ね把握できていた。

 かなり大きい、成体ばかりなところを見るに群れが出来てから時間も経っているだろう。

 群れの中で役職や、それに伴うヒエラルキーは、すでに出来上がっているはず――なのに、統制がない。


(見つけた、けど……)


 懸念を抱きながらも最奥部へ進むフィオナは30メートルほど先で群れているアーマーアント8匹を発見したが、その形態の異常性に体を強張らせた。

 外殻は左右非対称であり、脚は折れたり切断された訳でもないのに長さも形も不揃いになっている。

 そして全長サイズだ。

 5メートル、大きくても6メートルそこそこであるはずのアーマーアント。

 ここからだと遠目だが、8匹全てが7メートル近くある。


(女王となっている個体の側近? エサのおこぼれに預かっているなら食生活でサイズに関しては多少の説明がつく……けどこれは余りにも…)


 外見だけで分かる、『何に』とまでは分からないが適応しかけている。

 強力な亜種へと移行する兆候。

 とっくに目標であった20体の駆除は完了しているが、こんな危険な個体は見逃せない。


 フィオナがタクトを構えようとするより先に、彼女の存在に気づいた群れが動いた。

 触覚がダウジングのように動き回り、馴らすかのように顎を開閉した後アーマーアントたちが”水の中で”踏ん張った。

 通常であればバタ足の理屈で足を動かして推力とするのがアーマーアントの”泳法”だ。

 力強いが、イカやタコのような軟体生物と違って柔軟性に欠けた多脚によるデメリットは大きい。

 多脚が仇となり力の方向性の分散する。

 無駄が多いため初速は遅く、加速もなく、最高速もお話にならない。


 だが、異形の蟻たちは海中を”滑った”。

 水を掴んで足場とするような爆発的な初速、そしてガタついた長さの多脚が生み出す変則的な推力は、脳の軌道予測に従って動くフィオナの眼球から蟻たちの姿を簡単にかき消した。


(囲まれてる!?)


 四方八方、立体的に展開することのできる海中での戦術ドクトリンにおける死地の定義は、それを創案しているギルドの戦術思想がどれだけ違えど不変であり極めて単純だ。


 ”全包囲”である。


「…ハァ……」


 フィオナの口から自虐の溜息がもれる。

 もちろん、海凶達はそれに続くであろう遺言など待たない。

 最高速の突進と共に開いたアギトでフィオナの体を8つに裂くだけだ。


深海の蒼詩(ディープ・ブルー)、【ブレイドシャード】」


 刀剣の檻が展開される。

 水を圧縮し、回転させ、刃と化す。 鉄格子のように張り巡らされた水の刃が、突進してきた蟻たちを細切れにしていく。

 衝撃を受け止め斬撃を受け流す堅固なアーマーアントの外殻は刃詰まりの音すら鳴らすことはなかった。

 装備の機構に左右されるエアソリッドシステムでは、ここまで細やかな水流の操作は出来ない。

 魔導の力が可能にする全方位への防御兼迎撃である。

 彼女フィオナの前に速さだけの一芸者など立つことすら許されない。

 もっとも、彼女自身も対価として多大な魔力を消耗するが。


「っフー」


 今日初めて、というより人生初めての本物の窮地からの脱却と急激な消耗。

 フィオナは知らず一呼吸ついていた。

 そして、その消耗した瞬間こそが異形の蟻たちの異形の女王が見たかったもの。


 女王はに入り込まれたことを感知していた。ただ観察に回っていただけ。

 統制を外し、群れを“乱雑に”見せることで、敵の反応と戦術を見極めていたのだ。

 自分さえ生きていれば立て直しなどいくらでも利くと女王は知っている。

 最終的に”自分が”勝てばよい。

 そしていま、敵の奥の手と消耗を見た。

 もう十分だ。

 後はこの者を食って、失った配下をまた生むための糧とするだけである。


(女王個体!)


 フィオナが巣穴の岩壁だと思い込んでいたものが突如として大きく歪む、水による偏光ではない。

 周囲にとけこんでいた輪郭が、姿を現した。

 脈の浮き出た青みがかった4枚羽、10数メートルはあろうかという巨体だが、流線型を描くシャープなフォルムと特徴的な足の長さにより鈍重さはまるで感じられない。

 通常の個体であれば大きなノコギリのようなアギトはぴったりと閉じられ両刃剣の切っ先のように研ぎ澄まされている。


(ミラージュストライダーと女王個体のキメラ……マズイ!!)


 ミラージュストライダー、光をねじ曲げる特殊な外殻を使って、敵から一瞬姿をくらませ、その隙に逃げることを得意とする海凶。

 戦闘においては雑魚の部類、脆い外殻に弱い顎と戦うのではなく逃げて生き延びていく生態だ。

 このキメラは、その弱点をアーマーアントの因子で完全に補っている。


 親たちの弱さを受け継ぐこともあるため異種交配で生まれるキメラだろうと一概には強力な存在と言えない。

 ましてや補完するような交配かけあわせと、それぞれの強みだけを受け継ぐようなケースなど数えるほどの報告例もない。

 だが、そんな悪夢のような存在に出会ってしまった。


 女王が咆哮する。


 水の抵抗に音響は捻じれ、歪み、弾ける。

 水中とは思えぬほど鮮明に響く女王の咆哮と共に、その口から何かがフィオナに向けて吐き出された。

 見えない、不可視だ。


深海の蒼詩(ディープ・ブルー)! (ッ間に合わない!!)」


 フィオナがとっさに放ったのは粘性の液体を無数の泡として展開、触れれば泡が弾けて周りのものすら巻き込んで絡めとる捕獲用の魔導。

 防御のためのものではないが彼女の直感が無数の選択肢からその魔導を選び取った。

 フィオナと女王の間に形成された泡の壁に何かが着弾する。


 弾け飛んでいく泡と引きちぎられていく粘液が不可視であった飛来物の弾道を浮かび上がらせた。

 だが、勢いを殺せない。

 これでは躱し切るには至らない。


「ッくうぅ……!」


 アビスフレームの装甲に頼った緊急時にとる苦肉の受け流しを行う。

 技能として知ってはいたし出来もするが、まさか使う日が来るとはフィオナ自身思いもしなかった。

 数万にも及ぶ層が構築する装甲が浸水を防ぐためのギリギリの最低値まで消し飛んだ。

 被弾部を確認したフィオナの目に抉られて露出した装甲の断層が飛び込んでくる。


 この瞬間、フィオナのなかでグラリと何かが傾いた。

 何かとは自尊心であり、それは平穏を保つためのもの。

 ついて回る死の存在を思考にチラつかせないため無意識のうちに心が用意した緩衝材である。

 それが装甲と共に消え去った。


 何をもって死なないなどと高を括っていたのか、そんな疑問を先駆けにフィオナの思考が停止する。

 妄信していた根拠がひび割れ、死への恐れが入り込む。

 そして生来の捕食者である女王の本能が、己に対する獲物の恐怖を見逃すはずがなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ