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【Dive with me】  作者: 葉六
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4話 ウィッチハート

 -30M


 ”彼女”は狙いを定めようと握るタクトの先端をストライダーアントへと向ける。

 その腕の動きに無駄はない、タクトが最短最速の軌跡を描く。


(ッまた!)


 本当に自分と同じ水中にいるのかと疑うほどのスピードでストライダーアントが視界の外へと消えた。

 木霊する甲高い鳴き声を頼りに背後へ振り向くがブレる黒い影しか目に映らない。


 速すぎる。


 先ほどまで心地よいとすら思っていた水の抵抗、今はそのまとわりついてくる柔らかな重さが掻きむしりたくなる程の焦燥を煽る。


 死ぬ。間違いなく。――死ぬ。


 残り魔力からすると打てる魔導は後2発程度になる。

 高威力のものとなると2発すら怪しいだろう。


 どう使うにせよ外せば死ぬ、いや、当ててもおそらく殺しきれず死ぬ。

 この速度差では逃げてもすぐ追いつかれ、食い殺される。


 迫る死の気配にもっと早くと鞭を打っているはずの体が強張る。

 目に浮かぶ涙が視界を揺らし狭くする。

 音すらも遠い。


 ◆◆◆◆


 -2H


「それでは改めて試験内容の説明をば……」


 今回のライセンス試験のためにギルドが用意した船舶は広く、ブリーフィング用のスペースの他に受験者用の個室まで完備されていた。

 目標の海域に到着後、全員がブリーフィングスペースに集まり、シャックが試験官として今回の試験内容を再度確認していく。


 その内容は海凶と呼ばれる生物の駆除である。

 海魔石を取り込んだ海洋生物を祖とする魔物――それが海凶である。

 魔物といっても一概に危険なわけではなく、すでに海の生態系の一部と言える存在になっている。

 だが魔石を取り込んだという適応性の高さが危険を孕む。

 有史以来、いまだ海凶は進化途上の生物である。

 海凶から見て人間が猿になる日がくると言っても誰も笑い飛ばすことすら出来ない。


「知っての通り海凶は海魔石を心臓とした生きたアビスフレーム、そりゃ当然強いよね、生物として。フィジカル馬鹿の畜生風情なら良かったんだけど適応力が半端じゃないから亜種が発生しやすい。ま、レアケースなんだけど自然の中でも他種交配が行われて強力なキメラが生まれたりだとか……さ」


 海凶の生殖に種族の壁はない、比喩でなく皆兄弟。種、属、科、目、網、門の壁を姦通して子を成す。

 海凶は適応力と多様性の暴力において人間を遥かに凌駕している。

 だからこそ定期的に間引き、人間社会を揺るがすような革命的な進化の発生確率を下げる必要があった。

 今はちょうどその間引きの時期でありライセンス試験は渡りに船として活用されている。


「目標はアーマーアント20体の駆除、それ以上の駆除は今回特別に加点対象とします。……雑魚だし、いざという時でもシン君が同伴しているから緊張せずにね」

「下駄はかせて保険までかけてやるんだから落ちるんじゃねーぞ、だとさ。甘やかしてもらえてるな」

「私は頼んでません。それと、あまり魔導を侮らないでください」


 あまあまな体制だな、と笑いながらも顔を向けず、シャックの言葉を意訳して茶化してくる深也にフィオナも負けじとそっぽを向いた。


「え、えーと、で、もう開始となるんだけど2人とも装備はそれでいいのかな?」


 さっさと2人を送り出して人心地つきたいシャックが装備の確認を進める。

 深也とフィオナ、互いにそっぽを向いたままだが眼だけはしっかりと相手の装備を確認していた。


 フィオナの装備は非常にシンプルであった。

 アビスフレームは高機動と高い装甲値を両立させた傑作モデルの〈ナイトヴォルグ〉。

 そして武装は手首のスナップが効くよう緩くカーブを描いたタクトが1つ、これだけである。

 エアソリッドシステムにより駆動する装備が見当たらないが、それは当然と言えた。


 魔導士ウィザードは自身の魔力によりエアソリッドシステムの動力源となる大気の魔導炉(エーテルコア)に直接アクセスできる、意図せず出来てしまう。

 『意図せず』つまり、まったくコントロールが出来ないため仮にインプットされていたシステムがあった場合は誤作動、誤爆につながる。

 このなんとも軽い、問題ともいえない問題に深也は嫉妬を隠せない。


「魔導しか使えない代わりに、エアのやりくりからは解放されてる。……ズルいよな、ほんと。」


 この問題に提示された解答は単純明快、攻撃方法は魔力を消費する魔導に絞り、大気の魔導炉(エーテルコア)からの出力をすべてアビスフレームに回すというものだった。

 この魔導を前提とした運用法がダイバーたちの駆使するエアソリッドシステムとは一線を画す。


 エアソリッドシステムにおけるスキルの仕様は出力もレパートリーもコアにあらかじめインプットしたものの中から選ぶというもの。

 このレパートリーというのも名ばかりで、基本的には装備の機構に左右されている。

 極端な例だが、銃口が開いていない銃から弾丸を打ち出せないのと同じである。


 そして最大の問題点は、海中での生存に欠かせないエアを消費して発動すること。

 この避けられぬ問題にダイバーは常にエアの”やりくり”を強いられていた。

 エアの消費量を押させるため少しでも積載量を減らそうと、遠近こなせる銃剣や加速機構にも使えるエンジンソードなど1つで二役買える装備が主流となった。


 だが、魔導士ウィザード達にそんな懸念はない。

 提示された魔力とエア2つの動力源の独立運用という回答は、魔導というレパートリーも出力も適宜選べる汎用性の高い攻撃と高出力でありながら長い稼働時間のアビスフレームという1つの理想形を実現していた。


「シン君はそれでいいの?〈ランブルエッジ〉はどしたの?」

「かなりくたびれてたみたいで修理に出したけど、まだ返ってきてないんだよ。今回はこれでいい」


 腰に備え付けた2丁の剣銃〈テンペスト〉を深也は軽く指で叩く。

 それは、海賊たちの好むカトラスが持つ特徴的な切っ先をした肉厚な片刃、峰は銃身となっていた。

 普通の銃ではなく弾丸など打ち出しはしない。

 極少量のエアを消費して一瞬だけ熱線を発生させ射線上の敵を焼き貫く。

 あるいは、熱エネルギーを刀身へと移して敵を溶かし切る。

 遠近両用の優秀な武器であるが、フィオナからすれば駄作もいいところ。


「そんな武器で……私に助けさせないでくださいよ」

「ならねぇよ、そんな状況」


 ダイバーたちの”やりくり”の苦悩を体現するような武装、当然ながら魔女からの評価は悪かった。


 ◆◆◆◆


 -5H


 早朝も早朝、太陽が海面に輝く道を作り出していく時間。

 漁師も一般的なダイバーも基本的に日の出前には出発するため、辺りはすでに閑散としていた。

 そんな集合場所である船着き場、用意された専用の船舶の前に深也とシャックの姿があった。


「ものすっごくキレイな子だけど口説いちゃダメだよ?」


 シャックからの再三の念押しに「分かった分かった」とゲーム内のリアルな日の出に体内時計を引っ張られた深也は欠伸を噛み殺しながら答えた。

 朝っぱらからする会話の内容ではないが深也のゲーム内での性事情は、それなりに奔放であった。


 深也はゲーム内のアダルト設定をONにしており気の向くままに性風俗のコンテンツを楽しんでいた。

 そして『飲む、打つ、買う』を楽しむことは、現実と変わらずトラブルとの遭遇率を飛躍的に引き上げることになる。


「海賊が入れ込んでる娘って分かってるのに手をつけて殺し合いになったりとかさ……」

「そんなのあったな」


 まだ対人戦に慣れていない頃の話だ。

 いま考えると、よくあんな馬鹿なことをしたな、と懐かしんでいる丁度その時だった。


「不埒ですね」

「あ?」


 澄み切った、そして氷のように冷たい声音が背後から割って入る。

 まったく言い返せないのでオラつきながら深也が振り向くと、声の主である少女がその形のよい眉をひそめた。


「こっち、見ないでください」


 蒼い瞳が精一杯の軽蔑を宿す。

 蔑みの眼差しを向けられているはずなのに、深也は思わず見惚れてしまっていた。

 非常に整った顔立ち、街ですれ違えば確実に振り返ってしまうだろう。


 濡れているかのような長い黒髪とのコントラストが美しい白い肌には染み1つない。

 立ち姿がいいのだろう、スラリとした印象を受けるがよく見るとスタイルも抜群だ。

 服装は白いフロントボタンのトップスにデニムのロングスカートという飾り気のなさだが、それが逆に装飾など必要ない証明となって少女の美しい容姿を引き立てている。


「まさかとは思いますけど……貴方が同伴するという」

「ってことは何か、アンタが」

「フィオナ・ルーンテラー、ご存じの通り魔導士ウィザードです。よろしく……ハァ…頼みます」

「なんのため息だよ」


 ジト目のままフィオナは深也から距離を取りつつ、さっさと用意されている船へ。


「なんなんだ……」


 たかだか風俗店で他の客とひと悶着あったくらいの話だろうと、かなりこの街に毒された思考で憤る深也。

 フィオナの愛想の無さに開いた口が塞がらなかった。


「なぁおい、誰が誰を口説くって?」

「いや、シン君の下半身がだらしなくなければ口説けてたよ?」


 口の減らない案内役に加えて愛想のかけらもない護衛対象の魔女。

 深也は無言でシャックにヘッドロックをかけると重くなった両足を引きずって船へと乗り込んだ。

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