3話 ストームブリンガー
深也にもこのゲーム『アビスフレーム』の世界に不満が無いわけではない。
不満その1は、ギルドと呼ばれる組織の存在である。
ギルドは管轄海域の統治を行う大組織、政府組織と言っていい。
この世界には6つの海域に6つのギルドが存在している。
主には海賊の取り締まり、商業取引の監視と関税徴収とインフラへの還元、漁獲量のコントロールなどの環境保全、そして所属するダイバーたちへの依頼と任務の管理を行っている。
ダイバーライセンスもギルドが発行をしているのだが、各海域ごとにそこを管轄するギルドがある以上は、当然各海域での別途のライセンスが必要となる。
つまり、ダイバーたちが新しい街に到着してまず行うのがギルドへのお目通りである。
深也からすれば雰囲気出しのために付き合わされる世界の設定は煩わしいだけ。
不満その2である組織間の諍いとなれば、もっとだ。
◆◆◆◆
火山都市ボルケーノを拠点とするギルド『フレイムピラー』、外装が灰色一色で造形された本部の一室に深也はいた。
色だけでなく内装も監獄と見分けがつかないほど遊び心に欠けている。
(この景気のいい街のギルドとは思えないよなぁ……)
何故そんなつまらなさそうな場所へ深也は足を運んだのか。
先刻、深也が装備屋めぐりのウインドウショッピングとしゃれこんでいたところ、近くを通りかかったギルドの職員から呼び出しを受けたのだ。
曰く、特別に依頼したい任務があるとのこと。
名指しでの依頼は報酬内容が破格も破格であり、深也は抵抗なくこれに応じた。
「ライセンス試験の同伴任務か、他を当たれ」
「シン君? 結論、は、早くないかな?」
そうして、のこのこやって来た深也の足に縋り付いて、こびりついて自室へと呼び込んだタスク管理部門のギルド職員であるシャック。
必死に頼み込んだ任務内容へのあまりにも早く断固とした拒絶に声を裏返した。
「だいたい同伴って、これ護衛だろうが、ダイバーなんてただの個人事業主で、今もどっかで野垂れ死んでるような仕事だろ。それに進んで就こうって奴を護衛?もうちょい上手く隠せよ、臭すぎるだろ」
「そんな何発も殴らないでよ……」
すでにグロッキーとなっているのにシャックは深也の足首から手を離さない。
このシュールな状況も隠す気がないようだ。
「(ほんと残念な二枚目だな)」
「シン君、聞こえてるからね?」
シャックの年は17か18くらいだろうか、輝く金髪に鮮血を思わせる真紅の瞳、整った顔立ち、180はあろうかという長身と四拍子を揃えている。
だが、表情がコロコロ変わる幼さとあふれ出る頼りなさで付き合いの長い人間ほど彼に二枚目という評価を与えていなかった。
今も深也に任務を断られたことで整った眉は激しくハの字を描き、台無しになっている。
このままいけば間違いなく号泣するだろう。
「足離せよ、帰る」
「離したら帰るからじゃん!!」
泣かれでもしたらズボンが汚れると深也はまんまと大人しくなった。
俗に言う泣き落としだということをシャックは覚らせない。
シャック自身の業務では、依頼を引き受けないダイバーの懐柔が占める割合は大きい。
今も泣き落としが効いたのを見て、みるみるメンタルを持ち直していく。
奮起するシャックの眉、やる気に満ち満ちていくシャックの赤い瞳、イラつく深也。
「聞くだけ聞いてやるから、足に巻き付くのやめろ」
「うん、やめるね!」
「元気いいのもやめろ」
人心地ついて椅子に掛けなおすシャック、文字通り腰を据える。
なにせ目の前の深也、ギルドに登録するだけ登録して依頼も、ある程度の強制力のある任務も片手で足りるほどしかこなしていない。
稼げるだけの能力があるのに街の装備屋から頼まれた代金替わりの採取依頼のみをこなしているという稀にみる金銭感覚の持ち主だ。
人生を趣味でやっているとしか思えない、境遇を鑑みるに実際そうなのかもしれないが。
本当に興味深い、街中で急に姿を消したという報告が特に。
シャックは自身の屈折した好奇が満たされつつ上層部の要望に応えられるよう業務を遂行する。
自分に使える手練手管は全て使う、まずは金銭。
「報酬金いっぱい出るよ!」
「金に困ったことないな」
これはまぁ下調べの通り、ならば女。
「女の人とか!!」
「遊ぶ女くらい自分で見繕うだろ普通」
「ええ、大半これで落ちるのに」
「流石だな、この街のダイバーは」
金と女で揺るがない噂に違わぬ変人ぶりにシャックの手札は早くも尽きかける。
シャックの手札は、ギルドが長年かけて編み出した“ダイバー懐柔マニュアル”そのものだった。
だが、深也には効かない、マニュアルの外にふんぞり返っている。
残すはもう1枚しかないが一番の望み薄である。
「名誉とか……どう? 勲章的な!」
「ライセンスのグレードを上げるって?いらねぇよ。 名誉なんてもので釣るなら、それこそ防波の盾に頼めよ」
深也の口からでたその組織名にシャックがうへぇと舌をだす。
「海神の三叉槍の1つに? だったら他当たるよ」
「それでやり返したのつもりか、ぶっ飛ばすぞ、テメェ。つかなんで頼めないんだよ。仲悪いのは知ってるけど、同伴というより護衛なんだろ?」
「仲悪いって……テロ組織まがいの連中と商談なんてしないよ、向こうもだろうけど」
「……シャック、お前ちょっとそれ見せろ」
先ほどからシャックが口頭だけで見せようとしない依頼書を、深也は無理やりひったくった。
「あっシン君ひどい!」
「黙って渡すんだよ!」
深也はゲームでは、わりとヤクザプレイする方なのである。
ひったくった依頼書、そこにあった主な記載内容は3つ。
桁のおかしい報酬金と具体的な依頼内容、そして依頼者の素性。
「魔導士かよ。協力出来ないわけだな」
「あははー……自称神の尖兵さんたちに魔女は預けられないでしょ?」
魔導士、滅びた古代文明の残響をその血に宿す者たち。
ギルドと海神の三叉槍の間に横たわる深い溝を作っている存在の1つ。
という設定。
「高ランクのダイバーが仕事を受けたとなると察知されると思ったわけだ」
「そ、腕は立つけどランクが低いっていうのが理想でさ。でもまぁ中々いないわけ、ランクで報酬の基本給金が決まるから低いランクを維持する意味って皆無でしょ?」
「けどちょうどそんな意味ないことをやってるのがいたな、と」
深也に対して「うんうん」と嬉しそうに首を振るシャック。
さながら金の体毛を持つ人懐っこい大型犬を思わせた。
面倒事への水先案内人には見えない。
「お前らのいざこざには関わりたくねぇけど興味は出てきた」
「え、ほんと? ……関わらないと興味は満たせないよ!」
「急に扱いを心得た感だしてくるな、うっとおしい……まぁ受けるけどな」
魔導士に関するクエストを深也は、まだ見たことも聞いたこともない。
ネタバレを食らう前の一番乗り、それだけで十分すぎる報酬だった。