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DIVE / DIVA  作者: 葉六
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31話 オーバーチュア

 先ほどまで蒼のキャンパスを背に立ち昇っていた入道雲は灰を纏って倒れ伏していた。

倒れた際に飛び散った雲が崩れに崩れて、仄暗い血溜まりで蒼を塗りつぶしていく。


屋内なかでも蒸しますね……」


 そこから滴り落ちる空気はフレイムピラー本部の分厚い壁すら易々と乗り越えていた。

そんな雨天の真昼間、過剰な湿気と熱気に誰しものが指を自然と首元へ伸ばす、もちろん彼女も。

声の主、フィオナ・ルーンテラーはノースリーブの黒のブラウスを纏いながらダメ押しにと襟を緩めた。


 露になるのは体温を感じさせない涼しげな白磁の首筋。そこに青みがかった黒髪が映える。

絶世の美貌に備えられた極低温の蒼の瞳は、周囲の者へそこに写ってしまうことすら罪悪感を覚えさせる程の透明度で、もはや彼女に残された愛嬌は不遜というには子供っぽい所作のみだろうか。


(違った、ここも違う)


 一定間隔で並ぶ各部署の扉をノックもなく開け放つ。そうして集まる視線をむしろ利用し、首も動かさず眼だけで中にいる人間の人相を確認しては一言も発さずに閉じていくフィオナ。

扉が締まりヒールの高い足音が小さくなっていったところで中の職員たちは動きを取り戻した。

特に扉から離れた席なると口から動きが戻ってくる。ようやく入ってきた話のネタだと男性職員2人がさっそく与太話に花を咲かせ始めた。


「なんだぁ、あれ、怖いんだけど……誰か呼んだ方がいいんじゃないのか」

「いや関わるなって、こえーし、ボスがな。ほら、例の賭博試合潰しの、アイツに任せてんだろ。ここんとこ警務課の連中とも顔合わせてないし出ずっぱりなんだろ」

「アイツ? ああ、例のダイバーの彼か……隠れてサボってるんじゃないかな。どこか空き部屋で疲れて寝てるんじゃ」

「すやすや夢の中ってか?」

「もう帰れない故郷の夢を見てるかもよ? 少し寝かせといてあげたいなぁ」

「いや寝かせられないだろー。内通者に繋がる情報、試合で使われてる新型のサンプルとそれの流通元の情報、諸々揃ってるヤマだぞ」

「分からないことだらけだね。てことは、やっぱりあの襲撃事件の捕虜、口割らなかったんだ……それか全容は知らされていない末端だったのかな。後者ならウチの刑吏を相手に可哀想に」


 暫くして2回目の訪問があった際に彼らは知っている職員は知っている穴場の空き部屋をフィオナへと通報した。


 ◆◆◆◆


y2XXX-4


 息がつまる、自然と細く小さくなっていた息、呼吸の仕方まで忘れてしまう前に大きく吸ってみる。

胸のつかえまでは取れなかった。

無気力を大きく飛び越えた無為を感じる。

動画サイト、SNS、と効率的かつ恣意的に世情を摂取する手段に溢れているのが良くない。

なまじ世の中を知ったせいか、何をするにも億劫なほどに世界には低すぎる上限が満ちていることを痛感させられてしまう。

別に現代いまに限った話でもなく、学生というのは身の丈を甘受していくことが求められているのだろうけど。


「おい、そろそろ次の模擬戦始めるぞ! 106番、お前は体ほぐすなら前もってやっとけよ!」 


「(うぜぇよ、屋内でデカイ声だすな、訓練場ただでさえ響くんだからよ) はぁ、やるか」


 先に勝手をすればそれはそれで問い詰めてきたであろうタイプなのが見てとれる今日赴任したばかりの新人教官。

彼の口から垂れ流される構文テンプレートをBGMにしながら双真そうま あらたは姿勢を動きやすいよう自然体にした。


 双真の体躯は年齢に見合わない高すぎる背丈と、その骨格に見合った筋肉量を備えている。

だが、ダボついた運動着と本人のやる気のなさだけで小さく見えた。

適当に伸ばされたクセのある黒髪の向こうで黄色の瞳が焦点を合わせるのも面倒くさいと切れ長な白目の中を揺蕩う。

これといって何がではなく、立ち姿そのものが見る者の神経を絶妙に逆撫でする。


(このガキ……!!)


 教官の男にとっても、それは例外ではなかった。

それだけ双真新という少年には愛嬌がなすぎた。

双真の纏う雰囲気を言い表すならば蛇と猫の合の子だろうか。

狡猾と怠惰の狭間にあるような。

とかく風貌が余りにもスレきっており、子供らしさという免罪符を持ち合わせていなかった。

何よりタチが悪いのは、本人にその自覚がないこと。


(……なーんで睨んでんのかね)


 今も事を構えたくないから努めて気怠げにしているというのに、と嘆息する有様。

だがその姿勢、授業に協力的でない態度を取りながら叶う願いでもないのも事実。

こんな授業に意味がないのも事実ではあるが。


 双真は畳とマットの中間くらいに沈み混む訓練場の床に根を張るように意識と重心を落としながら息を深く吐いていく。

両膝を軽く曲げ、爪先を少し内側へ

両腕も軽く曲げる、ついでに手をポケットに仕舞いこんだ。

中で指先にまで意識を張り巡らせる。

全身の血液の循環と抹消神経に意識を集中、ただ決して張り詰めない。脱力から緊張へと至る速度と起こる波の幅を確かめる。


(よし……動けるな。ほんと運動神経はいいよなぁ俺……けど、それにも何の意味があるんだかな)


 学校という同世代アベレージが蔓延る環境で子供が自身に宿った才覚アドバンテージを自覚するのは容易い。

そんな才ある自分の思い通りにならないことが蔓延る現実を知ることも、やはり容易い。

そして双真 新の中には、その無気力なえが解消されることなく降り積もっていた。


(眠た……)


 この教練にしてもそうだが、何かを積み重ねる学生としての日々にとかく意味の無さを双真は感じていた。食傷気味ですらある。

嫌気が眠気まで連れてきたのか終には立ったままウトウトとし始める双真。

教官にその態度がどういった心象を与えたのかは、もはや明記するまでもないだろう。


「よーし、計画性のない奴がどうなるか今に分かるぞ~、251番分かってるな? 始めぇ!!」


(晩飯どうしようか……そういや…模擬戦……)


 始まっていたな、と双真が閉じかけていた瞼を少しだけ開けると既に拳が眼前に迫っていた。

投げ技も極め技もアリなルールよろしくオープンフィンガーグローブを纏った対戦相手の少年の拳。

双真と比べると一回り小さいそれは、眼前に迫って尚あまりに迫力に欠けていた。

危機感を呼び起こすには再び瞼が閉じてしまいそうなほど


「遅いなこれ」


 とても自分より先に動き出していたとは思えず、双真の迎撃には自然と手心が入っていた。

構えもせず踏み込みと腰の回転で脱力しきった腕をポケットから振り抜く。

しなる鞭のような裏拳は相手の腕の軌道が作り出した死角かげに隠れ、ピンポイントで顎先を掠めた。

脳と体をつなぐ糸を断ち切るだけなら重さは必要ない。

 打った双真にもほとんど手応えはないが、打たれた相手の認識はそれ以上に不明瞭である。

突如として意識が体から切り離される、それは自分ではなく世界に何かが起こったのかという錯覚を"落ちる"最後に抱かせていた。


「教官……次、あります?」


 粘り気のある液体のように倒れた対戦相手を介抱しながら双真から出てきた言葉がこれ。

言葉の選び方はともかく、声はいたって平坦で淀みない。

むしろその平坦さが教える側の人間を神経を逆撫でしそうなところだが、新人教官の男は怒りではなく恐怖を覚えた。


 これは彼が曲がりにも教職に就くことの出来た人間だという実績が大きい

人に何かを教えるとは、多くを伝えるということ。

すなわち多くの他者と関わるということ。

彼は嫌みな人間ではあったが、他者と関わり対応する教師としての能力を培ってきた。

会話や状況から背景を汲む力と、そこから得た情報を活かす力は、並外れている。

物事の前後を、自分以前の範疇まで読み解くことが出来る人間だ。


「いやもう、さがっていいぞ(何だ……こいつの目、この、妙に)」


 自分が何人目かは知らないが、何人かいたであろう前任の教官たち、彼らはこれを見たのだろうと理解した。

馬鹿にしているわけではなく無意味さを説いてるきている、15歳程度の子供が。

 魚のように口を開閉させている間に運良くチャイムがなった。

訓練終了も告げずに、そそくさと消える教官の背には少年少女特有の剥き出しの言葉がいくつも突き刺さっていく。

 それを特段哀れむことなく双真も足早に訓練場を後にした。

彼にとって格闘教練は数あるカリキュラムの中でも一番不快指数が高い、無駄だからである。

"界嘯"により今日か明日にでも自分を含めていつ何時に誰が死んでもおかしくない。

そんな世界で学びを深め、肉体を鍛えることに辟易する双真のような考えの学生は珍しくもなかった。

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