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DIVE / DIVA  作者: 葉六
32/33

29話 ブロークンミラー

 太陽を厚く塞ぐ曇天と無遠慮に鼻腔を抜けていく熱の籠もった死臭にシャックの表情は自然と綻んでしまう。

 鳩尾を小突かれ続けているような反吐が出る2歩手前くらいの不快感、低俗な悪意の匂い。

 いまから目にする実情は、それこそ見るまでもない程の馬鹿馬鹿しさだと簡単に予想が出来る。きっと汚物にも劣るモノが得意気に披露されるのだろう。

 なので、これはもう苦笑するしかない。

 匂いの発端は海からすぐの商業区画、この街の活気の象徴とも言えるような場所だ。


「一瞬で変わるもんだね」


 そこには行き交う人々の発する熱気はすでに無く、肉を焦がし骨を溶かす焦熱があった。

 小山のような瓦礫が長蛇の列をなしてシャックを熱源へと手招きしている。

 惨状は酷く、商売人と客たちの行きかう活気の熱が大火災へと、本来ならば水揚げされ並べられている海産物の代わりとばかりに人の肉片が散らばって、シャックが歩を進めるたびそれが黒く細かく変わっていく。


「おぉ? やっぱり来たか。なんだ……手ぶらかよ、金にならねぇなァ」


 辿り着いた熱源、モノ言わぬ肉と瓦礫の中で発せられた海賊の声は、酒とタバコに喉を焼かれて掠れていたがとても良く響いた。

 声が紛れるほどの人混みは、もう無い。

 後に続いた下賎な笑い声の渦は爆風のように波及していく。

 遮る家々も店舗も、もう無い。

 響く声を聞き付けて、モゾモゾと虫のように瓦礫の山から海賊達が沸いてくる。

 血と熱で燻された金品を鷲掴みしたモノ。

 動く様子のない女と繋がったままのモノ。

 削いだ耳に髪を通した花輪を抱えたモノ。


 この場に相応しく、およそ人と呼べる者はいない。


(……全部で40匹……それで、この有り様)


 この惨劇の中にいては悠々と声をかけてくるのだから自白というより、もはや開き直りか。

 シャックが意図せず視界にいれてしまった群れの一匹の頭部、そこには好き放題やった直後で満足しているのか手に入れた力の余韻を噛み締める冷静な表情があった。


「(虫の分際で人殺しの酔いに浸るとはね……試作ってことなのかな。大した性能には見えないけど)陸戦仕様のアビスフレームってそうなるんだ……強化外骨格的な感じか」


 これはただの独り言。

 ヒトの形をしているだけの害虫と会話が成り立つなど地位が揺らぐような真似はせず、シャックは海賊達の装備をしげしげと眺めた。

 装甲が排されたアビスフレームは、骨格フレームの名の通り、骨のようなフレームパーツが海賊達の体を覆っている。


(コアは背中……既存のアビスフレームと同じく肩甲骨の中間の辺りかな。単純に装甲だけ排したんじゃなくてエアの循環効率をあげるような構造を目指してるっぽいね)


 背骨型のフレームパーツを根幹として四肢へフレームが伸びている。腕とふくらはぎ(・・・・・)は肋骨のような補助フレームが覆っていた。

 これが装備者の筋繊維と間接部の強化とそれを行うエネルギーであるエアの伝達をしているのだろう。

 既存のアビスフレームの防御甲冑のような外観からのこの変わり様、報告に来た職員がアビスフレームかどうかの判別すら出来ていなかったのも分からなくない。

 装甲板の排除は至極当然ながら”水”を考慮しなくてもよいという極大の恩恵によるものだろう。

 地上においては呼吸の確保や体温調整を考慮する必要性が無くなったため。

 そしてなによりも、ある一点におけるアドバンテージを最大限に確保するため。


「いつまでそっちを見ている? シャック・ロックスクリーム」


 背後から虫の鳴き声。

 これが装甲を削ってまで得たモノ。

 海の中で高速戦闘を行うアビスフレーム、空気抵抗の800倍以上を誇る水の抵抗が無くなったことにより得た極限の速度スピード


(もう見るものがないよ)


 これが実際に見れたのだから、もうこれといって不明点はなく、もう用はない。

 しかし、最後までシャックにも分からなかったことがある。

 見る前から性能が予想できるような代物で、背後を取れたなどと、シャック・ロックスクリームに太刀打ち出来るなどと、どうしてそんな思い上がる、という点だ。


(まぁいいか……)


 単純に愚かなのだろうとシャックは虫の生態を理解しようとしている脳のリソースを切る。

 能無しの頭の中を考慮するなど無意味、なにせコイツらのオツムは水中ではないというアドバンテージを自分たちだけが享受していると考えているほど御目出度い出来なのだから。

 誰が最もその枷に縛られてきたのか、封じられてきたのか、そんなことも考えられないのだから。


 羽音のような音がした。


 シャックの背後に立った海賊が掻き消える。

 炎を上げることもなく、陽炎が作り出していた幻のように最初から存在していなかったように、揺らめいて消えた。

 それは肉も骨も炭化することすら許さない文字通りの滅却であった。

 アビスフレームだけが綺麗に残り、装備者の消滅に合わせて地面へ落ちようとするところをシャックが掴み取る。


(……外部補助で速く動けるようになっても身体ん中はエアの供給無しで加速度にどう抵抗するんだと思ったけど。戦闘時は、このマスクみたいな供給口が展開するのか。わざわざ収納形態を作ったのは省エネのためかな……じゃあ、サイズを合わせるか、古着とか趣味じゃないけど)


 シャックはアビスフレームを握った手から発した熱の伝導により内部機構に硬度や加工における複合素材までを全て解析した。


「さて……こう(・・)か」

「!????」


 液状になるまで溶かされたアビスフレームがシャックの体を這い登り纏わりつき、再構築されていく、より強力に、より洗練された技術で。

 事ここに至ってようやく海賊達は自分たちが向かい合っている者の正体と、あまりにも頼りなく呆気ないモノを武器として挑んでしまった事実に気づいた。

 そしてなによりも、眼前の天才にとって自分達が何の価値も無くなったことを悟る。

 腰の獲物に手を掛けることすらせず一目散に、背を向ける恐怖に抗いながら逃げようとした。逃げようとはしたのだ。


(瓦礫はむしろ残ってない方が良かったりするんだよね。だから”ああ”言ったんだろうけど……けっこう好きな街並みだったな)


炎天の血詩(ヒートブラッド)換装錬金術コンヴァート・アルケミー】【型式()玖拾玖( 9 9 )】」


 シャックの足元の地中から一本の槍が錬成されるのと同時に、この商業区域を取り囲むように巨大な石柱オベリスクが4本立ち上った。

 海賊達は逃げようとしていた足を止めて思わず見上げてしまう、確認しなければ正気でいられないほどの恐怖に抗えなかったのだ。

 見えない、のけぞって見上げる、まだ先端《切っ先》が見えない。


 もう限界だ、逃げなければ


 だが、その強大さと、まるで外と隔てる結界のような石柱の配置が逃げようとする思考を無為という言葉で根元から塗りつぶしていく。

 空中へと浮かび上がったオベリスクが回転を始める。

 残像を残すほどの回転速度が厚い雲を千切り飛ばして陽光を引きずりだした。

 海賊達は未だ見誤っていたと気づく、”これ”は天才などではないと。

 そんな人間に与えられる天賦で測る範疇にいない存在の所業。

 そう、最初から、生まれからして違う。彼らが虫ケラなのではなくシャックがヒトではないのだ。


「【 深 言(ゴスペル)燐トシテ舞フ( ロ ン ド ) 】」


 掲げられた緋色の槍が循環する(まわる)、生温い風が起きた。

 影も形も灰塵すら残さぬ煉獄は、すでに通り過ぎた後で、風がその余韻であることを知る術はない。

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