幕間
「どこまで読めていたのかって?」
最近配属されたばかりのお茶汲みの女子、彼女の何か神秘的なものを見る眼に陸奥国は苦笑いした。
「読めていたというか筒抜けだったからね、向こうの動きは。”読み”と言っていいのは精々がシャック・ロックスクリームとギンジ・ギアーズがどう打ち込まれるのかってところくらいか、まぁそれも誘導込みで、ほぼ確定の打ち筋だから」
どこも、やれ難し、ややこし、な話はないのだが、いざ言語化するとなると案外その方が難儀する。
「こちらが手の内見通してることを読ませなかった、のが勝因かな。最適解ばかりだと流石に露骨だ。探り探りやってると、お互いに相手の手札は見えていないと思わせた、これが大きい、あとは手順くらい」
まず、会議場への転移を用いた襲撃により事態を急転させ心理的な時間を削る。
各ギルドの首領たちは自らの本陣への奇襲をも考慮しなければいけなくなり、非協力的になるのは必至となった。
その状況で本命はダンジョンだと意識させる、この線は”濃い目”でいい、あくまで濃厚どまりで。
他のギルドの首領たちは、これ幸いと手前の問題は手前でと、薄くなったとはいえまだ可能性を消しきれない本陣奇襲を考慮して帰路につく。
炎天の支柱側も探られると痛い腹を持っているため、平静を装う。
敵の探りであるという薄いながらも無くはない別の線を警戒する。
案の定、最大戦力であるシャック・ロックスクリームを宝物庫へ配備するというあからさまな行動をとることが出来ない。
外付けの戦力である海賊たちが本命の線が濃厚であるダンジョンへと割り当てられ、そこへ外部の最強戦力であるギンジ・ギアーズも差し向ける流れとなった。
「結果は変わらなかっただろうけどギンジ・ギアーズまで釣れたのは望外だったな。そのダメ押しを招いた向こうの敗因、ピンポイントで言うならグレイブ・リヒターの敗因は”これ”を自分たちが保管していることを打ち明けなかったこと」
陸奥国の手のなかで回る十二分儀にはすでに6つの結晶が埋め込まれている。
「会議であそこまで話しておきながら、内心では決断しきれていなかったんだろうね、当然の帰結だが」
そう立ち回ってきたのだから何年も。
ギルドの首領に成り済まし、くすぶる禍根を引き合いに出しては、この世界情勢は微妙なバランスの上に成り立った膠着であると刷り込み続けた。
「打ち明ければそれはそれで別の大きな火種となる。こちらの探りである可能性も加味するとなれば黙っているのが一番丸い。これの存在さえ秘匿し続ければ、時の流れの果てに忘れ去られる夢物語、という風化の線まで見ることが出来る。こうなるともう言えない」
とはいえ夢は夢だ、現実の言動の指標とするべきではない。
損切りをしながら算盤を弾けたところで見えない珠を数えていては意味がない。
だがそれ程に、グレイブは今の平穏が得難いものだと思っていたということ。
それこそ単純計算で、刷り込みに掛けた時間が違う。
「この生存競争が続くように置き土産もしたし、さてちょっと席を外すよ、皆の様子を見て回らないと特に2人?のね……冷たいおしぼり用意しておいてくれ」
「え? あっはい」
「この後殴られて帰ってくるかもだから、…今から強心剤やら何やらしこたま打ったのに元気一杯なガリガリで髭もじゃになっちゃったケイン君と、雑魚散らしだけで不完全燃焼になってイラついてるリリーをなだめに行くん……だけど……はぁ、次の"界嘯"っていつだったかなぁ、大きいのが来るのは確定してるんだからそれまでに機嫌なおしてくれるといいけど。よし、もう一杯お茶もらってからにしよう」
「ふふ、かしこまりました」
ともあれ”全て”手に入ったのだからもう少しくらいと陸奥国は浮きかけていた腰を再び落とした。
頬杖をつきながらカップへと落ちていく琥珀色の滝を覗き込む。
「……あ、なんか忘れてるなー、2人だったかなーと思ったら、なんだっけあのキレちゃってる彼、メカニックの誰だっけ……まずはそっちのフォローか」
どうにも腕のいいのに限って問題が多いなと陸奥国は笑う。
暖かいお茶は、それこそアイスティーになる程ゆっくりと飲み干された。
◆◆◆◆
傷口に塩を塗り込みたいわけでもなければ、分かりきっている責任者探しをしたいわけでもない。
しかしながら負け戦の感想戦というのは往々にして不愉快で髪を掻きむしりたくなるものだ。
その感想戦は密会に使われる客室にて行われていた。
「実際、どういう読みで、どのくらい外れてたんです?」
黙っていても埒が明かない。
ギンジ・ギアーズは向かい合う不機嫌な”へ”の字口に大きな溜め息で対抗しながら切り出した。
「どのくらい読みが外れてただァ??」
グレイブが張り上げた大声にピクリとも反応せず疲労と睡魔に目を軽くこするギンジ。
鈍い紫の眼光がグレイブを貫き続ける。
すぐ側に控えていたシャックはギンジ・ギアーズの人となりがようやく見えた気がした。
(怖がりで腰が低いと思ってたけど……それがニュートラルでそこから全く動かないんだな。普通に肝座ってるよ、この人……)
「テメェも裏掻かれておいて睨むんじゃねぇや」
対してグレイブは強気であった、本質は、とうの昔に看破しているから。手始めに「どこが外れてたって、そりゃもう全部でしょ」と爆笑するシャックの口に丸めた始末書を叩き込んだ。
これで数分は大人しくなるだろう。
「結論から言うと……そうだな、異海への扉を、海闢指す十二分儀を奪われた」
「ここにあったのか……会議場とダンジョンへの同時襲撃なんて非常事態にあまり焦っていなかったのは、相手の狙いが扉ではないと思ったからですか」
「そうだ、転移なんてことが出来るんなら3か所同時に仕掛けた方がいい。そうしなかったのはギンジ・ギアーズとこの馬鹿を高く見積もってのことだろうさ。両方を相手取ることになりかねない展開を避けたんだろう……か……?」
自分で言いながら引っ掛かりを覚えグレイブは頭を掻いた。
「まぁ、あの場にいる誰にも扉の存在が共有されないというのも、それはそれで魅力的ではありますね、火種になりかねる。そういった部分も見透かされていたんでしょう」
「それもあるだろうがな……何か妙な因果関係というか順序が変だ」
疑問符がつくリスクヘッジだった。
知らされていないことを知っていなければ作り出せない状況だ。
ギンジ・ギアーズに扉の存在を共有されていないこと知っている、これが成立していなければならない。
(敵が事前に取得していた、知り得た情報にあるか、それ……)
情報の開示の有無と展開の変化の有無、そして敵の対応速度。
「うわ、キショクわりぃ……マジでいやがるよ内通者、しかも秒で横流しできる状況にいやがる」
「……そうか、扉の存在を打ち明けていないことを知っているから成り立つわけで……打ち明けていたなら3か所同時に、打ち明けていないなら扉の存在までは知っていないかのように襲撃のタイミングをずらす、この非常時に動きがない場所、つまり保管場所の確証も取れる、あわよくば追加戦力として投入され得る僕を誘い出して更に守りを手薄に出来る。それもこれも伝達が即着ならでは、展開を見てから動き出せる強みだ」
「内通者というか協力者、ギルドの首領の誰かだな、クソが……」
「そこまで絞りますか」
「たりめぇだ……お前も”確証”と言っただろうが。お前とシャックが出張ってくるかどうかの情報だけでは速度がたりない。保管場所の特定という一手に手間取れば意味を失う、事前に保管場所が抑えられていた、かなり深くまで潜り込むよう、そういう指示を出せる位置にある奴だ。クソ……捕えた襲撃者からの聴取と装備の分析で特定まで漕ぎつけてやる」
「特定できたとして、どうします」
「……まぁ”手始めに”戦争か、話の規模が小さくて何よりだな」
「小さいですか、戦争が」
「たかが国と国の武力衝突だぜ、小さいだろうがよ……死ぬのは承知の上の兵隊達と波及で低下層の人間がいくらか泣きを見るだけだ。お前分かってんのか? 戦争はただの一過程、こっから先、果ては生存競争だってことをよ」
「生存…競争……?」
「最悪の果てに起きるのは世界と世界の統合だ。つまりだ、敵がやりたいのは”創世”だぜ? そんな一から世界を作り直したいって奴の目に俺たち『既存』がどう映るよ、朽ち行く腐敗だ。新しい世界の『新生』、生まれ築かれる我が子と我が家がどう映るよ、絢爛たる栄華だ。お前なら残すか? 生ゴミとそっから生え散らかした文明をよ。極論な、子々孫々の健やかなる昼寝のために根絶やしにするんだよ。……俺もそうしてやるさ」
ギンジは即座に口を開いたが舌が回らなかった。いや、回らないのは別の場所だ。
脳が麻痺するような感覚はその思考の先にあるモノへの忌避感だろう。
種の絶滅と文明の崩壊、それらが言葉に出来て想定の範囲に収まるところにある。
事態を甘く見てなどいないがグレイブの見解を前に口をつぐむしかなかった、何か言ってやりたい衝動だけが心中で渦を巻く。
ここで否定の言葉を吐けるほど寝惚けていないが、どうすれば良いか分からず黙りこんでしまうくらいにギンジ・ギアーズはまだ若い。
「フン……いきなり辛いの口ん中に詰めすぎたか? だが事態を飲み込む時間くらいはあるだろうよ。俺達も敵側もこの世界の変化への適応と試運転があるからな、戦争はそれからだ」
「変化って大気中では、すぐ散るはずのエアの性質の変化のことですよね、魔導が地上でも使えるようになった」
「これが業腹でな、それだけじゃないんだわ……」
「?」
陸上でエアの運用が可能になった。
未開の荒野にインフラ整備も無しにエネルギーが通ったようなものだ。
あまねく等しく受容できれば良いが、仮にこの事態を事前に知っていた者達がいるとすれば、広がる困惑は先んじる好機だろう。
知っているならば、惑う民衆を訳も分からず抵抗も出来ない者達だと、そう認識できる。
「首領!!」
扉を叩き割るように入ってきたギルドの女性職員、その血相だけでグレイブは眉間に皺を作った。何を言うか分かっているからこそ不快なのだ。
本当にそんな畜生共がいるなどと。
混乱に乗じなければ、虐殺、強奪、破壊もマトモに出来やしない世捨て人以下の愚鈍が。
「どうした」
手早く報告させるため落ち着かせたいが職員の女は髪を右手で髪を左手で首をかきむしり始めた。
急ぐと焦るを隔てる壁が壊れている。
「街中で、いや陸上なのに!! アビスフレームらしき装備をした勢力が暴動…!略奪行為に大量殺人……テロです! すでに職員にも何名か死傷者が出ています!!」
「あい分かった、避難先の指示だけして住民は各々で避難させろ、下手に誘導するなよ固まって動いたら、まとまって死ぬぞ。誘導に人員も割きすぎるな。足止めて案内してるそいつらも死体に加わるだけだ。想定される避難施設や医療施設やらに人員を配備しろ。キャパ越えないよう割り振れよ、いまにも死ぬ奴は弾け。間違っても同情を抱いても本部の敷地にはいれるな。クソが混じってると鬱陶しいからな。シャック」
「はい」
「征け、焼いてこい、灰も残すな」
「そいつらからも情報とか装備品の出処とか諸々聞き出せるかもしれませんよ、良いんですか?」
下らないことを聞かれた怒りをグレイブは深く大きく鼻息をついて吐き出した。
「聞いてなかったのか。言っただろうが”そうする”と。鏖殺だ。何かを残す意味のある死、そんな上等なモンくれてやるな」




