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DIVE / DIVA  作者: 葉六
29/33

27話 キーピック

「シャック・ロックスクリームいないって、ま?」

「配置されていたとしても奪取優先になり戦闘は避けるという作戦パターンになります」

「うざ!!」


 開口一番のその前から身構えていたので部下は身を縮み込ませることなく耐えることが出来た。

 声は表情を写す、だからといって仕草からでも分かる程の不機嫌ならば関係ない。

 不機嫌の源泉である彼女を横目で確認していた部下は、その異様にようやく気づいた


(どうなってんだ……海中で足場なんかないぞ、この双眼鏡にしたってなんで遮蔽物無視できんだよ)


 足場はなければ波はある海中で直立しながら彼女は、その左腕に胸と右肘を預けながら空いた右手で持った双眼鏡を覗き込んでいた。

 その仕草だけで不機嫌が伝わってくるのだから周囲の者は息が詰まる。

 見つめる先は炎天の支柱(フレイムピラー)の保管庫、港もとい海から最も遠い死火山の麓。


おかの上だけどアビスフレームは着てるし、転移の情報は共有されてるっぽい……数は変わらず…まぁ増やしたらそれはそれでバレると思ってるのか、あからさまだもんねー、もう座標から何からバレてんのに……これは勝ち確かぁ、シケ萎えするわー」

「やる気がないというか……やる気出してきたのにー、みたいな感じですか」

「……あァ? 相槌いらねーから黙ってろよ、耳腐る」


 気安い部下ざこのおべっかにリリス・リリックロアの瞳孔は一層細くなった。


「はぁ……早いとこ始めよ、ヘンリックに言って”転写ありがと最終確認できた、転送よろ”って」

「かしこまりした」

「異海への門【海闢指す十二分儀(ゾディアック)】、さくっとるかー」


 ◆◆◆


 抜刀そして納刀、二度鳴くはずの鯉口が神速により重なり合う。

 かまえが解かれる、斬撃の軌跡はそこから少し遅れてやってきた。

 塵へと刻まれた海魔石が流星群のように過ぎ去り、魔海に来るはずのない夜が到来する。 


 物理的分解と時間圧縮、それが【 深言ゴスペル夜 ヲ 想 フ(ノクターン) 】の本領である。

 ギンジを中心に出力を絞ったことで半径200メートルを射程として発動、斬撃の対象は無差別、範囲内を物理的に微塵へ変えながら、生き延びようと抗うモノあらば寿命《時間》そのものを擂り潰していく。

 たとえ時間だろうと存在を許さぬ防御不能の斬撃の嵐、その切断面からは血が流れず刹那に干からびる。切り落とされた端から腐ることもなく風化して砂へと還る。


「聞きたいことはあるけど死んだら死んだで別に。いいよ、君とか特に、何もないから」


 ギンジは自分で撃っておきながら言い訳までして、おぞましいものを見てしまったように顔をしかめた。

 エアも魔力も特専ユニークである【大魔極夜叉】により最高効率で運用され底がない、

 今回こそ加減をして6秒フラットに設定したが本来ならば範囲内が真っ青になるまで永劫に効果は持続する。


「アアアアアアア!!」


 眼を見開き声を張り上げる、ケインは己が命を奮い立たせた。

 それでも発したそばから声が萎んで消える、絶叫が暴風の中にいるように散らばってしまう。

 眼球が縮み上がり視界にまで皺が寄り始めた。

 止まらぬ夜の進行、それに対してケインはただの勘で海胤リヴァイアサンシンゲンを突き出した。これが功を奏す。

 海胤リヴァイアサンは幾千の年月を経ても存在し続ける海の落胤おとしご、海そのものに近い、海という媒体が必要な魔導の効果対象として甘く設定される。

 そしてなによりもシンゲンの権能は相性が良かった。


(まてよ……確か……これが時間の圧切なら)


 消耗した今となっては発動できない振動の壁、出力の確保にはリソースが足りない。

『君の海胤リヴァイアサンは特効になる』

 ケインの脳裏に口だけ笑う化け物がフラッシュバックした。

 まさかこうなることまで予見していたのか……

 出てこないと言ったギンジ・ギアーズとの一戦を、まるで想定しているかのような前半と後半で噛み合わない物言いだった。

 どこまで見据えているのか分からぬ人の形をした化け物がいつだったかそう口にしていた。

 自分は戯言だ世迷い言だと笑った記憶が甦る。


(足りないなら、この環境を利用するなら……!)


 硬質な剣戟の音がケインを現世に引き戻した。

 魔導の効果を逆手にとって強化した振動の結界により可能な限り刃を弾く。

 ギンジのもつ海胤リヴァイアサンであるミズチの防御不能な刃でも同じ海胤リヴァイアサンのシンゲンならば


 (これなら……ッ拮抗する!!)


 巨大なおろし金同士を擦り合わせるかのようなカン高い掘削音が共鳴しながら展開し続ける振動の壁が瞬く間におろされていく。

 それでも、ギンジ本来の2割にも届かぬ手加減された出力とはいえども、ケインは死神の刃を薄皮一枚で凌ぎ続ける。

 微塵に変えられていく装甲を削られた端から幾重にも張り合わせ命を繋ぐ。

 その生き汚さは、ギンジのケインに対する認識が生きている木偶に昇格させるほど。


(……時間圧縮の効果を逆に利用されたのか? ミズチの権能にも拮抗してくる。けど……)


「けど、それこそ”時間”の問題でしかない」


 斬撃を凌ぐ"ために"時間圧縮を利用する、のではない。"代わりに"だ。やっていることはトレードオフにすぎない。

 黄昏がケインの結界内に染み込み、内部に夜の雫を落とした。

 途端に折れかけの枯れ枝のように衰弱するケイン。

 耐える素振りを見せることも出来ずに首が傾き膝が折れ腰が曲がる。


 斬られるか、枯らされるか

 どちらかを選んだだけ。

 ケインの抵抗は、たったそれだけのこと。


「……ッ!!!」

「老いる前に朽ちる?……まだ手加減が足りなかったよ」


 空腹に死を感じとるタイミングがとうに過ぎてしまっていたことをケインは気づいた。

 すでにオートファジーの段階すら通り越している。

 体内の水分が枯れ果て、糖も脂肪も尽きた肉体は筋肉というタンパク質へ躊躇なく手を付けていた。

 圧縮された時の中で餓死までのフローチャートは数秒と掛からない。


「24秒、耐えた方なんじゃないかな」


 6秒を残してギンジは深言ゴスペル特専ユニークを解除した。

 たった24秒間の暴威、それでも永劫にも等しい24秒である。

 もはやケインは声すら絞りだせないでいた。


「……」


 指先ひとつ動かさないそれは確かにケインだった。

 ケインたらしめていた全てが枯れ果てたことを贖罪のように、焼き付けるように眺めながらゆっくりと近づくギンジ。


「まったく、敵を前にして憐れむ悪癖は相変わらずですか……」

「その声は……」


 いやはや、と眼前を漂ってきた見えない程細い糸が震えて音の波をつくりだした。

 突如として声をかけられたことではなく、それが手にかけたはず者の声であること、なにより自身が察知できなかったことにギンジは目を見開く。


 なぜここまで接近を許したのか。

 ギンジの知覚は潜瞳者ベルウェザーとしてのものだけでなく魔導により周囲の水圧の変化をも常時捉えている。

 これによりエアの流れは当然ながら、掌握した範囲内を、それこそ握り込んだ圧力てのなかに紛れた異物のように外敵を察知し、輪郭や硬度、果ては材質まで見抜く。

 だからこそなのか、悪意のない弱者にギンジは鈍い。

 刃向かってきたところで知れている小石の情報を最強ギンジ・ギアーズは拾い上げない。


 まさしくそんなオズワルドが垂らしたか細い(・・・)釣り糸は9割が波の力に任せてごく自然に、だが残す1割で不自然にケインへと張り付いていた。


「よし、掛かった(ヒット)

深淵の夜詩(ミッドナイト)宵の口(スリーピィホロウ)】」

「ここで捕えにかかるのは温いよ、バカみたいに優しいねぇ」


 水圧を除去したことによる吸引が釣り竿の張力に初速で遅れをとった。

 こうなると次に叩くべきは引き寄せんとする釣り手か、それとも糸か。


「(糸の先は……!)そこか」

「おぞましほど眼がいいなぁ、だがー……特専ユニークは解除すべきじゃなかったね」


 補足したオズワルドの位置は射程内ではあるが、ピンポイントで狙えない。

 命中精度を度外視した広域制圧できる斬撃を……

 太刀ミズチの柄に手を掛けるギンジだが決断がもたらす最悪の予期に思わずたたらを踏む。


「……チッ」


 出来ない、先程の深言ゴスペルにしても範囲を絞って使用したのだ。

 全力を出せば全てを無に還す大魔導を本気で執り行うなど、二度とあってはならない。

 糸を狙う、刹那で標的を切り替えたが切断のチャンスはすでに一度きりとなっていた。


「【夜鷹の幻爪(ガイエスハーケン)】」

「また躊躇ったねー、おかげで糸をたわませるタイミングが分かり易いよ」


 張り詰めた糸が斬撃を受ける瞬間にたわんだ。

 糸へ伝わる海を割って迫る斬撃の予兆を読み糸をたわませ切れなくする。

 並みの手合いならともかく、ギンジ相手にこれをやるとなれば運も勘も必要となってくるが、躊躇いで迫ったタイムリミットが斬撃にとっての好機を限定し予測を可能にしてしまう。


「……たわみ(・・・)は溜めになる、じゃあね、次の戦場で」

「待て!!……ッ師匠せんせい!!」

「削ぎ落としてといてよ、それ。せっかく殺し合いになるんだから」

「なるわけないだろうがッ」

「その調子で頼むよ」


 宣言通り、溜めにより一気に釣り上げられたケインが水中でありながら残像を残して消えた。

 いや違う。

 まだ追える、視覚のキャパを超えたからどうだと言うのか。なんら問題にならない。


「【闇に吼える(ワイルドハント)】」


 精密操作が効く射程内の糸に全意識を集中、釣り手へと続くルートを縫うように放つ。

 上下左右均等にかかる水圧、その均等な力配分をバラバラに超強化した圧力により海を嚙み千切る。


「やっと殺す気になったのか、なるほど引き込みと噛み砕きの濁流だな。だがさっきと違って鋭くない。見切ってみせよう……さぁ【エビス】頑張ろうな」


 オズワルドが手首のスナップを効かせながら釣竿を軽やかに振る度に糸が通常では考えられない動きを始める。


「!?」


(当然ただの釣り竿じゃないか! この気配は海胤リヴァイアサンだな。 掠りもしない……引く力を分散して設置できるのか)


 真っ直ぐにしか引けないはずの釣り糸がそこに見えない柱でもあるかのようにくの字(・・・)を描く。

 釣り上げたケインを保持したまま、潮の流れすら狂わせる牙の檻をすり抜け手繰り寄せた。


「今度こそ、じゃあ、またね」

(ダメだ、今は追うな、切り替えろ……)


 ギンジは無意識に追撃へと傾く思考をなんとか引き戻す。

 オズワルドの位置はここから1キロほど、流石に一瞬では追い付けないだろう。

 必要最低限の手数で捌かれた、完全にこちらの戦力配置を読まれている、そんな情報面でのアドバンテージをひと一人逃がすためだけに活用して終わる? そんなわけがない。

 つまりだ。


「……こっちが本命じゃないな」


 おそらくもっと、ここの遺跡にあった海胤リヴァイアサンと逃がした戦力を合わせてすら足りないほどの本命、何か重要物を抑えられた。


(…本当に釣り出したかったのは僕か……)

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