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DIVE / DIVA  作者: 葉六
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26話 ブラックエルダー

 エアの光に満ちる海、だがそこだけは人型の穴でも空いているかのようであった。

 光を飲み込むのは全く艶のない闇を佩いたアビスフレーム、装備者は手にした白杖の先をダンジョンのある方角へ向けていた。その握りは指を添える程度に緩められ、杖は浮力に任せて漂っている。これで僅かな余波も感じ取れる。 

 杖越しに伝わってきていた先ほどからの連続していた大きなうねりがようやく収まった。

 返すエアの余波、ここで一度老紳士は白杖を下ろして状況を再度整理した。


(まさかケインと戦っていたのは……と思ったが、違ったか……)


 考えの纏まらぬまま再び白杖を振るう。

 今度はもっと強大な波の感触が帰ってきた。

 離脱したケインの進行ルート上、その横合いから何かが来る。

 いや、何かでははない。横槍の正体はすぐに看破できる程に懐かしいものだった。

 これにより既定路線どころか理想の展開になった。

 ダンジョン内でケインと相対したモノの詳細は気がかりだが釣り出せた大物に比べれば遥かに霞む。


「うぅん、いいね。少ーし下がろうか」


 退却のための合流ポイントにて老紳士オズワルドはヘルムで触れぬものの顎髭を掻く素振りをしながら部下の方へ振り向いて予定の変更を告げた。

 知られた気さくな人柄と発した柔らかい声はあまり思慮深さを感じさせず、思いつきでの指示ではないのかと部下を戸惑わせる。

 実際、あまりにも急なものであった。


「”釣り”の感触が良くなかったのですか?」

「やは、ダイジョーブだ、ケイン君はちゃんと回収する。より確実に、これはそのため。……誓って可愛い弟子2人の性能を見たいとかそんなじゃあないよ?」

「おお、ということは上手く誘い込めたのですね……なら、なおさら接触前に……そういや今、性能って……隊長?」

「ウソ! 正直めちゃ気になるね!」

「あー……少しとは……具体的にどれくらい……」

「私の射程距離の限界、もうね擦切りいっぱい、それでようやく”少ーし”だろうから。なに、心配ない。君が聞かされていないだけで、むしろこの事態は計画通りなんだ、軽く説明するとね……」


 死神の眼が”本命”から外れた時点で本作戦は完了も同然、後は見たいものを見て帰ればいい。

 オズワルド・ダークサイトは窪んだ両目の名残を彼方へと向けた。


「……となるとやはり”これからの”をご観覧されるおつもりですか……」

「いーやだって、君ね……君は気にならないのか? 私は気になるよギンジ・ギアーズ、雑種強勢ハイブリッドだよ??」


 雑種強勢、両親の優れた部分を受け継いだ雑種のことを差し、それは親達の間にある種の隔たりが大きいほど色濃く現れる。

 決して相容れない人と魔、故に生まれた最高傑作。これから披露されるのは似て非なるモノ同士が産み出した強さの極北だ。


 なんと哀れな見世物なのだろうか。


 ◆◆◆◆


 彼が手にした刀の鍔に指を掛けただけで、ケインの呼吸は止まりそうなほど細く小さくなった。

 たとえ無意味でも自覚なく息を潜める。


『最強』


 この使い古された強者への賛辞が、ギンジ・ギアーズへ向けられることはない。

 そんな誰もが知ることを声高に喧伝する必要がないからだ。

 彼の強さは、もはや暗黙の寓話であり努めて語り継がれることもない。

 ”次”を与えぬ死神について後進へ伝え聞かせる教訓も訓戒もないのだろう。

 こうべを垂れて祈るにしろ、泣いて許しを乞うにしろ、奇跡を信じる以外に手立てが無い。そういうたぐい存在じしょう。何をせずとも陽が傾き夜になるのと同列の事象そんざい

 これと比べれば寝物語に登場する怪奇魍魎のなんと優しいことか。


「【深淵の夜詩(ミッドナイト)】」


 展開された魔導により海が軋む。

 本当に軋むのだ、クシャリと紙細工でも握り潰すように。

 ギンジが”保有する”源詩の魔導(オリジン)、【深淵の夜詩(ミッドナイト)】は水圧を支配する。

 加えて魔導の発動形式、発現から発展した形成、遠隔から発展した転移、さらにはその複合形式を会得しているギンジにとって水圧の発生位置をすげ変えることなど容易い。

 任意の海抜から任意の座標へと極大の水圧を送り込む、物質ではなくエネルギーを持ってくる特殊な転位魔導。

 だが人間を塵に丸め上げる程の圧力でもアビスフレームからエアを取り込み水圧へほぼ完全な耐性を得たダイバー達には微々たる効果しかない。

 そこでギンジは転移魔導と同時に形成魔導を実行、圧力を収斂して斬撃へと変形させる。

 それは不可視かつ防御不能、遮蔽物をすり抜ける座標攻撃で太刀筋のない無双の刃。


「【夜鷹の幻爪(ガイエス・ハーケン)】」

「【耽求震ビートロケーション】……ッ!!」


 優に6桁を超えた圧力を積載した斬撃が指定の座標で発生、刹那の差で身をよじったケインがいた海が裁断され縮む。


「周囲に飛ばした振動波の反射による感知……眼が良くてそんなことまで出来るんだから厄介だよ……速いな」


 ついでに逃げ足もあるのかと疲れ目を更に薄めながらギンジは斬撃を展開し続ける。幾重にも幾重にも。

 刃が鉄条網のように張り巡らされケインの行く手を阻む。

 どれほどの足であろうと、その足を伸ばせる場所がなければ棒キレと大差ない。


「ッォオオ!!」


 自分で自分に”まだ生きている”と鼓舞するためケインは叫んだ。

 圧力により次々と歪む海は死出の門だ。もし潜り抜ければ肉も骨も切り刻まれ幽世へと流される。


(躱しきれ!!)


 ギンジが放つのは現在地を正確に狙った一撃、読みによる設置おき、そして無作為の刈り取り。これらが海を容易く斬り殺していく。

 留まれば死ぬ、けれど安易に躱せば死ぬ、深く読み込んだところで運が悪ければ死ぬ。


(……!! クソッが! 人力でやってんだ自然現象じゃねぇ。完全な無作為ランダムなんざあり得ない!!)


 結果として無駄になる攻撃と最初から無意味な攻撃の間には天と地ほどの差がある。

 ギンジの斬撃は無駄となったものはあっても全く見当違いの方向へ打たれている無意味なものは無かった。

 その刃の裏にあるのは読みの深度、浅いか深いか。


「適当が俺に届くかよ!!」


 強敵との連戦がケインの潜在能力に更なる覚醒を強いる。

 ピストル型のアイテムボックスを取り出し予備スペアのボードを取り出し装備するケイン。

 無比の鋭さを持つ斬撃であるならば”薄さ”がある。

 不可視の刃の濁流、その刃の反りを捉えて乗り切る(サーフする)


「……ひと工夫いるね」


 ここにきての技の冴えを見せてくる、死の間際で成長していく敵。

 敵、敵……なのかもしれない、ギンジにとって10年以来の敵のような何か。

 となると、ある程度は知る必要が出てくる


(わずかに挙動が不自然、どこを庇ってる……脇腹の辺りか、負傷しているんだな、動き出しの遅い射角から不可動域は読める。魔眼は前に会った時より数段鋭い…… 逃走中だったみたいだし、ここへ来るまでの間に誰かと戦って研ぎ澄まされたか、負傷もその誰かによるものかな)


 所見インプット終了、出力アウトプット開始。

 手負いで追い詰められている相手との速度比べ(おいかけっこ)は旨くない。

 そんな結果の見えている比較を仕掛けるのも安直すぎる。

 動きだしの遅れる死角は分かった、無理やり振り払うだけの力が弱まっているなら、ここはシンプルに。動きを封じる。


「【深淵の夜詩(ミッドナイト)】【宵の口(スリーピィ・ホロウ)】」


 ギンジは深淵の夜詩(ミッドナイト)により既存の海抜の圧力を転移、つまり取り去った。

 攻撃運用ではより深い海抜の高い圧力を既存へと付与するが、これは代替となる圧力を取り去った部分へ持ってこない。

 突如として海中に現れた水圧の空白エアポケット、それにより凄まじき埋め合わせが働き、海が海を供喰いする。


(吸い込まれる!!?)


 実際には吸い込まれるどころの事態ではなく床が抜けたことによる落下に近い、どれだけ踏みとどまろうとしても支えがないのだから力が空をきる。

 速度で振り切ろうにも負傷しており万全とは程遠いケインには最大出力と最高速までの敏捷性キレもない。

 咄嗟に自分自身と周囲を振動波で固め海ごと自分を固定し止まるケイン。

 一方で死神の刃は止まらない、どちらに転んでもいいように仕向けていた。


「これで足は止まった……それ正気?」


 何時いつなんどきであれケインの見切りは速い。

 己の四肢すら容易く測る。

 圧力の発生地、射程の外へ逃げきれない左腕、体の一部が触れていただけでも引き込まれる超圧力、ならば自分で肘から先を躊躇なく捨てて前へ、元凶を断つ。


「【月光と月影(ギャンビット)】」


 捨てた腕の分軽くなるという狂気の算段どおり更なる迅速を得るケインは自分のアバラが軋む音を聞いた。爆発したような痛みは明らかに加速によるものではない。

 数瞬後、痛覚が神経系を通じて“殴打された”という事象を数十回分、遅れて伝達してきた。


「今度は逃げないのか……まぁ長引かないなら、何でもいいよ」

(こいつッ急所を見透かして……それにまさか……あのクソ野郎より……)


 打ち終わりとは思えぬほどの自然体で潮に任せて揺らめくギンジ。

 またも腹部から響いた破砕音、痛みを自覚する前にケインの体がくの字に折れる。

 前屈姿勢もそのままに、ほぼ反射で打ち返そうとするが肘をたたむモーションのところで前に出た頭部を蹴り飛ばされた。

 攻撃を受けて吹き飛ぶ頭部の動きに首から下が追従するさまは、まるで巨木が引き抜ぬかれるようで。きりもみしながら50メートル以上を飛ぶ。


(マズッ……距離が離れると……またあの斬撃が来る!)


 歯を食いしばり未だ残る衝撃を跳ね返して首と上体を起こす、だがその眼前にギンジがいた。

 以前として鍔に指を掛けたままの鯉口を切っただけで抜かれない太刀、心労と呆れを宿す眠たげな紫眼はまるで”風景"を映しているだけのような。

 そのどれもがケインの逆鱗に触れる。


「ブッ殺す!!!」


 ケインの独壇場である近接戦闘、だが潜瞳者ベルウェザーの感覚ですらギンジの攻撃の軌跡かげを追うしかない。速すぎる、もはや異常おかしい

 空気の万倍という抵抗のある水中でこの動きはあり得ない。


「腕の血は振動で止めたのか……で? 近接ここは片腕だろうと君の距離なんだろ、付き合ってあげるんだから、さっさと来なよ」

「オオオ!!」


 何かタネがある。相手が速くなっただけでなく自分も遅く重くなっている……いや、軽く早くなった。


(!……??)


 脳が体からのフィードバックに混乱する。自分自身のスピードにも事態にもついていけない。

 動くたびに自分の体の軽重が目まぐるしく変化するせいで力のコントロールが効かない。

 速度が必要な牽制の一撃は鈍重になり、膂力が必要な本命の一撃は軽さに振り回され大振りになる。

 おそらく相手は何か特殊な仕様を一帯の海へ設けたのだ。そうでなければ有り得ない、こんな理不尽があってはならない。

 姿すら追えないほどの速さで体を利かせ、圧縮の力で強化した打撃を放つギンジ。

 打ち込まれれば貫くような衝撃ではなく着弾点を爆破するような破砕音が響く。そのたびにケインが変形していく。

 魔導により圧縮された衝撃波は体内に浸透していかない。ダメージを逃がすこともケインは出来なかった。


相手コイツには視えているってことは……!!)


 激痛で意識と冷静さを保つ頭がようやく天啓を下ろしてくる。

 一筋の手掛かりによる追跡術、正解のルートは相手が示していた。


「追い付いたぞ!!」

「……そうだね、未だに」


 未だに、というか”やはり”、あいてにもならない。

 捉えていないギンジの姿だが当たった打撃から次の位置を予測できる。

 予測を突き詰め確定と為す。

 遮二無二振るわれるケインの棍を躱しながら先程と同じように打撃を叩き込み続けるギンジ。


「ガアアアアアア!!」

(速くなってきてる……)


 予測できても攻撃が間に合っていない、ケインの攻撃は変わらず空を切り続けるが少しづつ速くなっている。


(……追い付く気でいるなら楽観的というより狂ってるな)


 血走った眼と猛る怒号に反してケインの動きが洗練されていく。

 これまで見破った者などいない自分の魔導に対応してきたのだから伸び代もまだまだ有るだろう。

 今は大まかな概要を掴んだだけだろうが完全に把握され更に速くなるのも時間の問題だろうか、やはり手加減は相手に模索と成長の機会を与えるだけだとギンジは嘆息する。


(間違いなく主戦力の1人だろうから捕らえたいけど……弱すぎて加減が難しいな、このままいくにしても殴り殺しかねない。弱らせる……これも出力を2割程度に絞って……80代手前くらいで止まるといいけど)


 ケインの腹部に掌打を叩き込み距離を作る。カチリ、とギンジの中で何かが切り替わった。

 比較することすら憚られる最強の所以、”【魔導士(ウィザード)】であり【潜瞳者ベルウェザー】でもある”ギンジ専用の特専ユニーク、文字通りの唯一品が顕現する。


「エアソリッド”流動”【大魔獄夜叉】」

「なんだそれは……!」


 理解が出来ない、エアを見切る魔眼を持つケインをしてそれは度を越え過ぎていた。

 海中のエアが……そんなことを【魔導士(ウィザード)】に許していいはずがない。

 許さないためにも世界は両者を別け隔てた、このうえに海胤リヴァイアサンを重ねるなど。


 僅かに膝を折り、居合の型をとるギンジ。

 放つは源詩の魔導(オリジン)の最秘奥、深淵の夜詩(ミッドナイト)のそれは圧力の対象範囲を”時間”へと拡大する。

 エアの際限がなくなった今のギンジにとって射程は無限と同義、海胤リヴァイアサンであるミズチの力を乗せることで防御も不能、それが範囲内全ての寿命《時間》を圧切する。


「【 深 言(ゴスペル)夜 ヲ 想 フ(ノクターン) 】」


 幾星霜を刻む夜の魔刃が万象を砂へ還していく。

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