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DIVE / DIVA  作者: 葉六
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18話 リ・スケイル②

 圧倒的強者が弱者と語らうことは無い。命を奪う時ですら例外はない。

 彼らからすれば相手は虫ケラ同然の存在なのだから。

 虫を潰す際に勿体ぶって殺し文句を並べる必要性は皆無。

 殺す動機など論ずるに値しない。


 何かの漫画かアニメにて、この能書きを知った深也は『なるほど』と感心させられた。

 なるほど、つまり相手を”虫と認識した上で”ヒトのように殺せる強者こそ真に常軌を逸した存在なのだろうと。


 その者が纏うアビスフレーム【ガーランド】は深也の記憶では銀を基調としたアビスフレームだった。

 しかし対峙するそれはよろずの戦歴の証によって銀の輝きが燻され、手甲ガントレットは赤黒く染め抜かれていた。

 血潮の痕が影の歪みを”より”濃くしている。すでに歪んでいるのだ。

 打撃痕によって、裂傷によって。

 だが歪められてなお厳然としている。かつてコレと対峙してきたもの達の、せめてもの抵抗は何一つ報われなかったのだろう。


(なんだあの、両腕……血錆びなのか……)


 両の手から立ち上った紅の怨嗟は、幾重にも幾重にも塗り重ねられることで装備者の首元にまで這い上がろうとしている。 


 逃げろ、構えろ、逃げろ、構えろ


 構える? 何のために? 戦う気なのか自分は、コレと。

 いや分かっている。あんなものは染みにすぎない。

 それでも恐怖に深也の思考は混濁していた。そもそも、これはゲームであるという最後のセーフティネットにしがみつく。なおも額から血の気が引いていく。

 汚れた装具のその者は、やはり汚れた棒切れで床を叩いた。子気味のよい音、それに続く言葉はひどく事務的だった。


「……あと1人か」


 数を確認する声、ただそれだけ。

 だが目の前の赤い影が何かの人数合わせで自分を殺しにかかってくると深也には理解できた。

 前後の脈絡など無く、ひたすらに粗雑な”殺し”が投げつけられる。

 殺意ではない、そこに意志など内包されていない。これから行わんとする手段のみが伝わってくる。


 逃げろ、構えろ、逃げろ、構えろ、


 逃げられない


 轟音、ケインによって踏み砕かれた床の悲鳴で深也はようやく背負ったランブルエッジのうち一本を引き抜いた。せめてもの障壁と体をその刀身の後ろに隠すように構えたランブルエッジから伝わる万力によって斬り結んだという事実へ認識が追い付く。


 そして今から始まるのは鍔迫り合いなどではないということも瞬時に理解した。叩き付けられた棍は乗せられたエネルギーにより棒切れどころか巨大な鉄柱にすら感じる。

 そんな代物による攻撃を自分は愚かにも受けた。なまじ踏ん張った深也の下半身は力の伝達速度についていけず重点となった。上体だけが、万力の前に何の淀みなもなく仰け反っていく。

 支点である脊椎が鳴り響く。このままでは人体の設計に反する、"逆に"折れると。遊戯ゲームでは済まされない。


「エアソリッド起動!【ランブルエッジ】!!」


 力づくという程度を優に超えた理不尽には怒りすら湧いてこない。深也の嗚咽にも近いシステム起動指令に従いランブルエッジの峰からエアが噴出される。


「おいおいマジかよ、今日これで二度目だぞ」

「な!!~ッ!!」


 跳ね除けようとする深也へケインは呆れた声を漏らす。疲れさせるなよ、と。

 更に重みを増す棍、シンの膂力とエアソリッドシステムによるサポート、その迎撃で以て尚も圧し込まれる。

 絶望する前に”足”がでた。ランブルエッジの刀身を蹴り上げる深也。脚力も加算することで力の向きを僅かに反らす。

 勢いそのままの棍の"余波"を叩き込まれたダンジョンの壁が消し飛んだ。深也は遥か後方に遠ざかっていく破壊の足音の恐ろしさに思わず振り返り本当に行ってくれたのかと確認することを堪える。

 人間業ではない。エアソリッドシステムを使わずしてこの有様を産みだせるとは。

 だがそれと交戦するしかない。深也はケインとのスピード差を体感してしまっている。背中に装備したもう一振りのランブルエッジを抜き放つ。動き出すしかない、引き返せぬところまで行かなければ、この恐怖を塗りつぶせない。


「ドギツイ装備してるじゃねぇか……オラ、どうした?」

「エアソリッド起動【ランブルエッジ】【海駆け】!!」


 小技が通じる相手ではない。しかし、一撃当たれば沈む破壊力を深也は持っている。

 一撃でいい、一太刀で十分。先鋭化する思考へ合わせるように加速が深也の視界を削ぐ。

 そしてそんな深也の情景はケインが食傷になるほど見てきた無様きぼうだった。

 エアの流れを読み取り、手の内を見透かす。


「なんだ……そういう……」

「!!(どこから出した!?)」


 深也は瞬きすらしていない。虚空から取り出したとしか思えない黒の板切れは左右対称シンメトリーかつ両端は僅かに孤を描いていた。


(サーフ……スノーボード!?)


 ガチンという金属音ともにケインはこれを両足に装着し膝による予備動作なしで飛び上がってランブルエッジを躱す。


(まだだ!……いくぞ!!)


 ガラ空きとなった背は突かせない。脚部のスラスターが間髪いれずエアを吹かせ内臓が遅れるほど鋭角なターンを切る深也。

 スペランカーにも搭載されていたシステムの時間差起動。

 予め起動スパンを設定することで両足のスラスターと二振りのランブルエッジ、合わせて四回の変速と軌道変更をシステムへの指令を飛ばして行える。

 これにより短縮できる時間はゼロコンマ数秒程度である。

 つまり、命に届きうるはずだった。

 迎撃の初動に差し込めるほどの速さを生み出す、そのための技術どりょくの結晶を天賦が嘲笑う。ボードのエッジ部分で迫る大曲刀を受け止め力の激流に乗るケイン。

 鉄柱ポールの上でも滑るかのように刃を渡る。


「エアソリッド起動【逆波】」


 海中に漂う微量なエアを波として捕えるシステムにより加速したボードは一気に2メートル越えの大鉈と化した。大鉈が深也の首へと進路を定める。

 これをランブルエッジで受けた深也は今度こそ踏ん張らなかった。ボードから受けた威力を殺さず後方へ回転、そのまま3回目の加速、ケインの下をくぐり抜け背後を取る。海中というシチュエーションを存分に活かした三次元的な軌道。

 【ランブルエッジ】発動、これが四回目、最後の加速となる。そして時間差起動はシステムによっては単なる予約設定とはならない。溜めに溜め、圧縮に圧縮を重ねたエアが解き放たれる。


「おお、そこそこ動けるじゃねぇか」


 食い下がるどころか反撃に出て見せた深也をケインが獰猛に笑い称えた。

 速度の乗り切ったランブルエッジをただ置かれただけの棍が迎え撃つ。

 断ち切れたはずだった、だがどれだけ速く重い斬撃だろうと刃が立たなければ意味がない。背後を取った深也へ振り返ることなく背中に回された棍は刃の僅かな反りに触れつつ円柱という自身の形状を利用して軌道を捻じ曲げる。

 ランブルエッジは確かに敵に触れながらも切り傷一つすらつけることはなかった。

 初撃とは全く逆の立場となったからこそ深也の背筋が凍るのは一瞬とかからない。自分がやったエネルギー量による相殺とは違う、力の流れが支配され操られた。背を向けたまま刃の速度と進入角度を把握しなければ不可能な、いや、視認していたとて絶技と呼んでいい。


「振りかぶっての殴り合いが出来るのは分かった。……なぁ搦め手はどうなんだ? さァ構えろォ!!」


 ただの手段でしかなかったケインの殺しに殺意が満ちていく。

 殺しにいったのに殺せない相手なのだから”殺そう”となる、意志を固めることでより確実に殺せるように。狂乱索餌、ケインは殺すために狂える。


(可変式の武器か!)


 その手に持つ棍が三つに割れた。深也は思わず息を呑む、ここからは呼吸すら惜しい。

 姿を表したのは三節棍、あのパワーとスピードに変則軌道と手数を加えて圧し殺しにくる。

 スピードに乗られたが最後追いつけないだろう。初速のさらにその手前で抑えるしかない。

 そうして深也の繰り出した大曲刀の一閃、その間髪に鈍い金属音が混ざる。

 長物とは根本的から違う速さと間合いと振りのリズムでアバラに何かが叩き込まれた。

 ケインは三度みたびの形態変化をすでに完了させていた。旋棍トンファーがその回転速度で水の抵抗を破り抜け、もはや円形の盾を持っているようにすら見える。


(回転の速度で殴られただけで、そこまで重くない……これならまだ、まだ打ちあえる!)


 深也はランブルエッジを起動、瞬間的な加速ではない。絶え間なく、息継ぎなく限界速を維持しつつケインとの応酬を選んだ。

 ケインの旋棍が速度で上回ってくるが斬り結びさえすれば深也はシステムも合わせたパワーで押し返せる。


「トロトロすんなよぉ! ついてこれねェなら……死ね!!」


 笑、嗤、哂、嘲笑、壁のような連撃で迫るケイン。

 その中から回転と膂力が乗った本命の打撃と回転のみのスピードを重視した打撃を見極め、深也は前者を甘んじて受け、後者へと自身の本命を合わせた。

 質量とパワーでまさった大曲刀が旋棍を腕ごと弾き飛ばす。タイミングを嚙み合わせたことで本体であるケインも大きく体勢を崩した。しかし身を翻すように側転しながら”迎撃”を繰り出してくる。

 伸びてくる深也の追撃をまたもボードが遮った、その”視界”さえも。

 そうして狭窄された視野外からの衝撃により反転攻勢の流れはかき消された。


「っ!!(なにもらった?!)」


 旋棍では届くわけもない攻撃が深也の側頭部を削った。視界が遮られた瞬間に無理やり踏み込んでいれば獲られていただろう。

 あの一瞬で棍への形態変化が終了していたのだ。引っ掛かりを覚えていたからこそ深也は踏み留まることが出来た。

 そして引っ掛かりは確信へと変わった。ケインが発した搦め手というあの言葉。

 あれは完全な不意打ちで終わることのないよう配慮したネタばらし、自分は間断なく連撃に武装の形態変化を組み込めるという情報の開示。

 初見では不可避の鬼札を自らドブに捨てて自分へ晒してきた。

 しかし楽しんでいるわけではない、絶対に殺せるなどと思っていないからそうしてきた。武器を見せてこちらの攻め手を縛ってきた。


(クッソ! 手数は落ちた……さっきより重くて迅い!!)


 側転するように身を翻したケインの体は逆さの状態を維持したまま何より深也へ背を向けたままで的確に突きを繰り出す。

 嗅ぎ分けるように揺らめく棍の先端が防御と意識の隙間へ抉りこんでくる。

 あるいは隙が無ければ作ればよいと防御ごと薙ぎ払われる。

 だがまだ追える、単純に手数が減ったのもあるが長物は突くか回すかの二択しかない。角度は脇の開きと手元の動きから割り出せる。


「(これを防げば!)エアソリッド起動!【ランブルエッジ】!!」


 弾くのではなく二刀による挟撃で抑え込む。突きと比べれば粗雑な薙ぎ払いを挟み込み"返し"が遅れたところへ一撃を。

 必ず想像を超えてくる激打に備えてエアソリッドシステムを起動、ギロチンが棍へと落ち、抑え込むどころか刎ね飛ばした。


「そう見えたのか?」


 ちょうど二枚刃の交錯点で棍が”振り向いた”。三節棍が防御を躱し深也の頭を弾き飛ばす。走る激痛が深也の意識を逆に繋ぎとめた。痛い、なぜ痛い。

 意識を繋げとめてしまう激痛でも引き戻せない何かが抜けた頭に声が響く。


 つまらないことを考えるな、これはゲームだ。

 いますぐ修正しろ、無駄があるぞ。

 排除、排除、排除、身を削げ骨研げとシンが笑う。


 繋いだ思考が回る、何故ここいるのかそんな理由すら切り捨てて回る。

 まず誤解があった。ケインから開示された情報を把握しきれていなかったのが致命的。これすらも意図してなのだろう。

 強烈な一部分を見せられたために全体を見通す視点を失っていた。

 形態変化速度により攻撃のバリエーションが増えた、にとどまらない。解釈をもうひと回り広げる必要がある。

 攻撃にせよ防御にせよ構えや大振りを見せた時点でケインは形態変化を間に合わせてくる「後出ジャンケン」だ。

 その時点でディスアドバンテージを背負うことになる。


 (速さが足りない)


 ケインの間合いの外へ逃れる深也、勝てない勝負から降りることを躊躇わない。

 このままでは後から出しても間に合う形態変化という強力な手札を延々と切られ続けることになる、パワーでもスピードでも負けている相手にだ。

 いまこの状況で済んでいるのはむしろ運がいい。

 まだ試していないモノがある、速度と技巧、その両方の枷を外す。

 深也は二振りのランブルエッジをその背に”装備した”


「あ? この感じ……まさかお前」


 深也の纏うアビスフレームを巡るエアから淀みが消える。

 ケインはこの予兆に見覚えがあった。忘れようがない。

 それほどに強者たちとの戦いの記憶は濃厚だ。かの最強に辛酸を舐めさせられたとなればもう。


「エアソリッド”変形駆動”【蒼燕】」

「それで亜型のつもりか? 似ても似つかねぇよ模倣品が…… エアソリッド”蠢動”【千景】」


 もう腹いせにも殺す。発動した特専ユニーク氷河の社(ヒムロ)の【アガタ】と夜烏ナイトクロウの【ダスクジェミニ】。

 刃が分かれ広がる剣翼を笑いながらケインはその姿を消し、新たに二人のケインが現れた。

 深也とケイン、互いにギアを上げ第二周回セカンドラップ




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