17話 リ・スケイル①
歩みが、目が、息が止まる、これは見え透いた罠だ。
誘蛾灯のような。
最上に聳え円陣を組むように陸番窟の門を取り囲んでいるのだから訪れた者の目に止まることは分かりきっていたはず、それでいて作った製作者の露悪趣味は極まっている。
先程まで髪を引っ付かんだ海賊たちの生首でクラッカーに興じていたケインにすら”石像たち”はそう思わせた。
本来であれば「見ていて不快」など難癖もいいところだが流石にここまでいくと見過ごす方が難しい。
それほどに瞳を捉える石像たちの意匠は、ケインの視線を否が応でも上から下へと誘導させた。
完全なる死を連想させる頭蓋骨が剥き出しの頭部。
腐り落ちきっていない肉片が骨に縋り付くような生を現す胸部。
孕んでいるのであろう未来への継承が伺える腹部は膨れ上がって終いには縦に割れてしまっている。
死と老い、そして誕生を内包しながら高らかに笛を掲げ吹く巨大な石像が4つ。
おどろおどろしくも式典や謁見のような華やかさの伴う配置形式が取られていた。
だがエアの流れを感じ取れるケインは像が誕生や歓迎の祝賀である笛など吹いていないことを読み解いている。
そもそも慶事を祝してなどいない。笛を掲げ吹いている姿を模したものですらない。
あれは笛などではなく”ロート”か何かだろう。
弱々しく片膝をついて立つ石像たちは、顎をあげながらロートを深く深く口腔へ差し込んでいた。
頬の肉が落ちて骨となり頬張ることが出来ない彼女らは深く差し込むことで咀嚼をとばして気道そして胃へと流し込みやすくしている。
危篤者が無理やりにでも摂食している。なみなみと注ぎ込まれていくものを必死に嚥下している。そういう造型だ。
ケインの中で僅かながらも食欲が減退していく。2日間は酒の肴に腸詰めが選ばれることはないだろう。
(流動食かよ、気色わりぃな。どういう仕掛けだ? エアが濃くなるよう”ふるい”にかけながら食ってやがる)
半生半死でなおも哀れなる海の落胤へと寵愛を。
4体の巨人像のロートへと海が落ちていく、様相は渦潮に近い。とめどなく落ち窪む。
陸番窟のその特殊な門構えにより、落ちた水流が内蔵で編み込まれ、割れた腹部から垂れ流され巨大な扉に絡み付いていた。
それは中へ入る者を清める禊の滝か、あるいは愛しい忌み子を封じ込める厳戒の格子か。
(扉の意匠は……格子、鎖?……いや蛇皮だな)
蛇鱗を象る扉を割り、陸番窟の入り口を抜けるケイン。ここから数十に及ぶ階層を下っていくのかと思うと溢れかえった鬱陶しさが溜息となり出ていくのを止められない。
もう少しあの海賊どもを細かく千切って気晴らししておくべきだったという後悔、しかしそれはすぐさま拍子抜けへと様変わりする。
知らず脳内で思い描いていた息詰まる閉塞感も、入り組んだ内部構造も、そこには無かったのだから。何も無かったのだから。
ケインの体は入り口を抜けたのではなく、入り口から放り出される形となった。踏み出しの残滓に身を任せて緩やかに漂う。
各階層を仕切る”床”すらない。吹き抜けだ。
飛び込んだ先の吹き抜け、青の伽藍洞がケインを丸吞みにする。危機感すら覚える魔性に顎先を引き寄せられたケインは思わず底に目を向けた。
異様に長大な吹き抜けを上から見下ろす感覚は虚無というより腰が抜けるほどの絶頂に近い。
どうしようもなく絆される、否応なしに引きずり込まれる。ここに相応しいモノなど想像がつかない。だが、実際にあるのだろう。
ダンジョンの奥底に眠る、このような場に座して然るべきと判断された位階にあるモノが。
(ああぁ……こりゃヤベェ、分かる。分からせてきやがる。これは頭トんでるのがあるなぁ…とりあえずは下、下層まで行くか)
遥か下にエアの気配、それも複数ある。
内部で攻略にあたっている海神の三又槍の兵士達であろう。
事前に人数と役職者に目は通してある。世辞でもなく優秀な面子が揃っていたはず、それこそ攻略は時間の問題。もうすぐ目前の秘宝は依頼者である海神の三叉槍のモノになる。
なってしまう。
これほどの逸品を回収ないしは装備されてしまうのは惜しい。手中に収めて報酬を吊り上げるか、でなければ持ち逃げも視野に入れておきたい。
思うがいなやケインは体を縦に反転、軽く踏みしめる。発生した力の大きさに水ですら張りつめて壁となった。壁を蹴るケイン。
それは通常駆動の出力に脚力を合わせただけの蹴伸びもどき。そんな動作きっかり2回でケインは500メートルを超える距離を潰した。遥か奥底で揺らめく糸くずが一気に人へと変わる。
◆◆◆◆
最終層まで後2つ。工兵たちはいよいよ煮詰まっていた、精神衛生的に悪い意味で。
「ああ、ここは広いな」と誰かが言ったのがよくなかった。
ダイヤル式の錠前にルービックキューブの要素を付け加えたものがあるとする。最後に残った異なる2色の謎が解けない状況はこれまでの全てを一度見直す必要性を頭にチラつかせることだろう。
現状が正にそれであった。辿り着きかけている『イチからやり直し』という解法を認めたくないがために無いモノ探しをしてしまっている。
工兵たちの中でそんな最悪の可能性に向き合おうかと苦悩しているのは1人のみ。
(マズイ、ここから元に戻す工程まで組み込むのは……論外、それで正答に近づくとしても、論外。そう論外、口に出すのも……)
楽になりたいがため思わず動き出そうとする舌を兵長は嚙み締めた。
いま現場を監督する自分がへし折りにかかってしまえば収拾がつかなくなってしまうだろう。
兵長自身も一緒に作業してきたからこそ部下たちの心情は想像に難くない。
諦めなければ解へと至ると信じているから飲み下してきた作業量、維持してきたモチベーションと集中力である。
ここでもし”最初からやり直す”などと口にしてしまえば部下全員がストレスの激流をせき止めている心の中のダムを決壊させてしまう。
つまり感情論だが、感情にも理屈は御多分にあるということ。
それでも、精神のシーソーゲームが少しずつだが理性へと傾き始めている兵長は今一度、陸番窟の立体マップを開いた。
ダスクジェミニの開発過程で生まれたエアソリッドシステムはエアが発する光を屈折させながら漂う海魔石の粒子をスクリーンとして海中に陸番窟のミニチュアを投影した。
陸番窟は外観こそ塔だが内部構造を知れば造形は誰もが鍵穴と表した。
挑戦者に課せられるルールは単純、決まったルートを決まった手順で踏破すること。さすれば”鍵穴が通る”。
階層が取り払われ次へ進むことが出来る。今は一時的に占拠している状況で使えない手段だが中途で切り上げて日をまたぐなど時間を掛けて解いていくことも可能だろう。
そういった建設の意図も読み解いた気になり当初は容易とすら思えていた。げに珍しい解かせる気のある出題者だと。
この34層目の分かりやすさでようやく気付いた。ここには何もない。
解くべき謎の暗号も機構も倒すべき障害もない、だだっ広い大広間。
やぁお疲れ様、人ごごちついて冷静になったら少し横になって無駄骨に泣くといいよと用意された憩いの場だ
兵長の体は知らずグラついていた。震えが止まらない。吐き気がする、見通しの甘い、分かった気になっていた自分を許容しきれない。荒い呼吸に力の抜けた首では頭の揺れを止めきれず世界の焦点がずれる、ずれる、ずれる。
「んん?」
急にズレが止む、自ら制御したわけではない。首を押さえつける水圧がそうさせた。
ひときわ大きな圧迫感の後に死が柔らかく何より気安く肩に腕を回す。息を呑む猶予程度はあった。猶予がこの事態に感覚を間に合わせてしまう。
上からここにくるまでとうに水が流しきったはず、しかしこびり付いた血の匂いが名を告げる。兵長の中で焦りが恐怖へと変わった。
「集合させろ。現状報告、手短にな」
興味のない相手とは会話すら避けたいのかケインは言葉短く催促する。
聞かずとも見れば分かるだろう、と言えたなら、しかして兵長は6人の部下へ作業を止め集合するよう指令を出した。
ただでさえ疲弊している部下達だったがケインの姿を確認したことにより動作の速度だけは戻った。
「現状、36階層のうち33層目までを攻略済みです」
下手な嘘など通用する手合いではない。
ありもしない情報を使った虚飾ではなく”欠落”でこの場を乗り切る。
今から始まる皺寄せと辻褄合わせを思うだけで兵長の喉は急速に干上がっていった。
「……強行突破が出来るタイプの海底遺跡じゃないのか? 最終層の横から入るのは?」
ケインの第一投だったが、それが出来るなら最初からやっているどころか今日までここが海底遺跡として残っていない。
ダンジョンの攻略はルールとコンセプトを掴むところから始まる。それらを理解しようとしない無粋など寄せ付けもしない。
「それを許すなら内部をこんな造りにする意味がありません。海胤のタイプも判明していない現状では正攻法での攻略が最適です」
「本当に横から、壁を壊して侵入するのは無理なのか、試したか?」
「? えっと……攻略済みの階層の壁は壊せると思います」
「なんだよそれは」
兵長の答えを確かめるように手に持った棒切れで床を触診をするケイン。
ノックで発生した波が床を広がり壁を駆け上っていく。
「……頑丈と言うより”存在している”保障が優先されてるわけか、修復どころか巻き戻りやがった」
「大穴を開けても数秒で元通りかと」
「未攻略の下層は論外だな。これじゃ何もないのと変わらん」
棒から体験したことのない反響帰ってきていた。未体験だからこそケインは起きた事象を素早く理解した。
今度は強めの波を送ってみるが壁の内部に発生したヒビが元に戻っていく。下の層にいたっては波が抜けてしまう。まるで空を切ったように。
「攻略が済むと最低限の保持を残して階層を機能させていたエアが未攻略の下の階層へとコンバートされます」
「最終的には全て海胤の腹の中に納まる寸法なわけだ」
(つまりここは最後の最後、消化されきる一歩手前だな……これは贄がいるのか?)
顎に親指を当てながら首を傾げる猛獣に兵長の肝が凍り付いていく。彼はその目で見て知っていた。
組織の中でも裏方であったがそれでも長くいれば鉄火場にも身を晒すことはある。
暴力とそれに付随する死に前触れなど無いことを知るには十分な経験だった。
「……もう少し、時間を頂ければ必ず」
「お前、ここが謎解き迷路か何かだと思ってるのか。どうりで」
真に求められているのはコンセプトとルールを理解するというより『場』を読む力。
あるのはコンセプトではなく欲求、ルールではなく嗜好だ。
この海底遺跡も報酬に見合った優秀な者を選別する”ふるい”などではない。
ここはあくまで海胤のために用意された産屋である。
入り口の石像たちの意匠や消化を現すかのような階層機能にしてもそうだ。
ケインは兵長である男の肩に回していた腕をほどいた。
剥がれていく腕に比例して分かりやすく体を弛緩させるエサの能天気さはケインに思わず笑みをこぼさせるほどの御目出度さ。
「お前らちょっと後ろ行け、お前もだ」
自覚はなくとも攻略に血道をあげるというなら本望だろう。ケインは彼らの死に水を取ることにした。そのことに拒否感はない。
ケインの職業柄、遭遇するのは殺せば解決する場面ばかりだ。しかし殺人にのみ快楽を見いだすわけではない。強敵を踏みにじるのは楽しいが殺しという手段を数多の手練から嬉々として選り好みなどしない。
ただ厭わないだけ。血と死を忌避しないというだけ。
ケインには『ためらい』という感情が欠落していた。
今回のように手間暇が省けるとなると淀みはない。
「ケインさん、これは何かぁえ」
ケインの指示の意図するところを聞こうとした兵長と部下たちの体を破砕音と共に何かが通り抜けた。
不運にも光が残された兵長の目に昇っていく自分たちを何故か見下ろすケインがうつる。
ことさら適当に、離別の名残などないのにヒラヒラと義務的に振られるケインの手のひら。
その味気無さが自分のこれまでの歩みに向けられているものだと、これが未練なのだと気づき足掻く時間も、彼らには残ってはいなかった。
不細工な胸像たちは頭から倒れた。
◆◆◆◆
ふと、こんな時ではあるが深也は2年ほど前のことを思い出していた。友人に行きたくもない野外ロックフェスへと連れ出されたことを。
やりたくなかったが同調圧力で頭部を激しく上下させていたことを。いや、こんな時、こんな状況だからこそ思い出したのかもしれない。
弾けるような水の音、波で歪んだ水中の景色から視線が上がって視界が一気に開ける。飛び込んできたのは焦点がズレそうなほど続く空と海の水平線。特に感動は無かった。
気体と流体を交互に切り裂きながら跳ぶ。気持ちの悪い浮遊感から間髪いれず重みを取り戻す深也の体は上半身から水面へと幾度も叩きつけられる。
「……!……!!」
声ならぬ声、喋ろうものなら舌が飛ぶ。
深也の身に降りかかっているこれは水責め、とでも言うべきだろうか。
半ば深也が自主的に行っているので責め苦と形容するのは少し違うかもしれない。
ただ浮上と着水の高速メトロノームに合わせて行われる”ヘッドバンキング”は呼吸出来るだけで十分に人が死ねる。
結論、トビウオの真似を人間如きがすべきではなかったのだ。
(これで進路確認しながら進め!? 無茶苦茶だろうが!!)
それでも深也は鍛え上げた感覚を総動員して脚部にある”外装”の舵輪を僅かに回した。
水の抵抗を切り開く鏃のような頭部の外装が僅かに反り、ズレた進路を修正しようとするが、空気を捕える左右対称4枚の滑空翼が余計な傍流を生み出して深也の操作を阻害する。
(曲がれ!曲がれ!!クソったれが!!……!!)
外装型アビスフレーム、スペランカーを運用するため深也のアビスフレーム、蒼炎の大気の魔導炉には専用の加速のエアソリッドスキルと”時限式の”潜航のエアソリッドシステムが組み込まれた。
このスペランカーというソフトウェアの構成は至極単純なもので海中で加速し、抵抗が少ない空中へ飛び出て滑空、エネルギーとなるエアのロスを抑えつつ、さらに距離も稼ぐ。
そして指定時間に到達すると自動で潜航、そのまま目的地に突貫。
外装の意図は突貫の際に頭部の増加装甲が装備者を守りながら目的地へと突き刺さるように、というもの。
これがスペランカーのカタログスペックの概要である。酒の席で考えたどころではない。酒の席だろうと、もう少しマシな案が出てくるとしか思えない産業廃棄物。何とかフォローいれるとすれば”早くて安い”という点だろうか。
スペランカーそのものにコアを使わないというのが時間的にも金銭的にも、とかく安上がりとなる。
それ以外の山積みの問題をギリギリ無視できる程度には。
横にどけられた山積みな問題の1つはアビスフレーム用の小型外装機構での航行は困難を極めるということ。
加速減速、右折左折、上昇下降、そもそもこれらが任意かつ流動的に行えない。所詮エアソリッドシステムであるためだ。深也がランブルエッジの推進機構で一時的に加速するのとやっていることは変わらない。
起動して遂行する、システムは匙加減をしない。
ところが正確に言うと加減は出来なくもない。自転車の変速ギアを変えるように、スピードを段階的に、それはもう事細かく速度設定を刻む。
”たったコレ1つのため”にそうしてやればいい。……つまり話にならないというわけだ。
通常駆動や戦闘用スキル、探索スキルへ大気の魔導炉のほとんどのリソースが回されている。
使い捨てる追加装甲のためにそれらを蔑ろにするのは本末転倒としか言いようがない。
それほど複雑な指令文を書き込むにはコアの余白がまったく足りないということだ。スペランカーそのものに大気の魔導炉を仕込むなら、それこそ船舶を使えばいい。
変速や蛇行操作を組み込むとなるとコアの大型化はさけられず個人の装備としてコストが見合わないためである。
故に操作は”完全な”手動、装備者が頭部の鏃の角度とと翼部の開閉を脚部にある2つの舵輪で操作する。定められた時限で自動潜航に強制移行するのでこの操作を誤り航路から逸れることは許されない。
(いや出来る…けど!! ここまでキツイか!? これゲームのハズだよな!?)
出発の前に聞いたケイネスの愚痴をもう少し深く受け止めていればと深也は悔やむ。せめて心の持ち様は違っていたかもしれない。
『使い捨てても問題ないコスト、かつ運用レベルにしろ、こうなるともう何がというか誰がシワ寄せを受けるのかは分かりきってる……あ? 事故? 人的コストのリスク? 畑から人が取れないことは分かってるよ。人材は替えが利かないし上位互換ほど数が少なくなっていく。まぁ貴重な資源だな。だから装備者には”例外”を選んでる。お前? アガタ使うならこれくらい使いこなしてみせろよ』
人的資源を失うリスクは無い。
失敗しない人材を選ぶのだから失敗のリスクはない、とケイネスは宣ってみせた。そこに込めた諦めを幾ばくでも汲んでいれば。
だからこそ、ケイネスは間違っていなかったとも言える。
どんな簡易な処理であれ人が行うとなるとエラーは避けられない。
逆もまた然り、むしろこの逆を司るモノ達と釣り合わせるために神がそう設計したのかもしれない。
どんな無理難題であれ突破する、【理外】【例外】【人外】どもが存在することを許したのかもしれない。
スペランカーはそんな者達が纏って初めて御せる代物で奇しくもシンは例外に属していた。
装備を駆け巡るエアを察知し瞬時に現状を把握、混乱必至の最中でも瞬きすらせぬ忘我の集中に至った深也は動きを最適化させていく。
この離れ業において特殊な感覚が果たす役割も大きいが何より深也の中でこれは所詮ゲームというのに尽きる。テレビの外から中のキャラクターを操作しているだけという心理がブレーキを壊す。
ゲームはやり直せる、ミスに対するリスクヘッジなど極論考えなくてもよい、自分の事でありながらどこまでいっても他人事だ。
(そろそろ……今か…で、ここに突っ込むわけか)
時限式の潜航スキルが発動する。前方にある盃のような石柱は目的地である陸番窟、シャックから事前に聞いていた特徴と合致する。その他の情報どおり守備戦力のような存在も確認できない。
いたとしても突貫することに変わりないが。
鎧越しだろうと深也の肌へ急激な速度の上昇が伝播する。
段階を踏まない加速に胸がつまる。突き破れないほど分厚いゴム製の壁に無理くり頭をねじ込まれていくような、とにかく無理がある。これは制御できない。
深也は握っているはずの手綱が紐切れだとようやく気付いた。何でもいい、何かにぶつかってでも勢いを殺さなくては。
果たして遺跡の壁をぶち破った先には解れた赤い毛糸の束があった。
編み込まれた繊維が深也の体を捕えた。
張力に耐え切れず千切れ飛んでいくも絡みつく毛糸たちの奮闘により床に突き刺さるだけで済んだ。
「次ぎ会ったら殴ろう、絶対殴る、あン畜生が……」
床に突き刺さった頭部の増加装甲をパージしながら心中を吐露する深也。
こんなクエストを寄越したシャックでもこの装備っぽい拷問器具を渡してきたケイネスでも、どちらでもいいから殴ると心に決めないと到底やっていられない。
深也の思考が物騒な決意に染まりかけた時だった。
「……あと1人か」
数を確認する声。無機質でもなく無関心でもなく、視界に入ってきた虫を見るような声音でもない。
揺らめく赤い影は「まぁ、これでいいか」と深也へのおざなりな値踏みを済ませた。




