8話 アリーナ
『アビスフレーム』にはデュエルモードという対戦専用フォーマットが存在する。
エリアが限定された専用の海域での1on1、徐々に狭まる広い海域での乱戦モードも用意されている。
他にも『部屋』を用意するルームマッチは主催者が細かいルール調整を行えるよう設計されており、特に、事前に互いの装備やエアソリッドシステムを開示した上で対戦するエキスパートモードとプレイヤーから名付けられたオリジナルルールが人気を博していた。
このルール、手の内を全て明かす訳ではなく、エアソリッドシステムにおけるエアの消費設定は伏せ、試合開始直前に設定を行うというのが肝としてある。
相手は短期決戦型か、長期戦狙いか、事前に開示された装備とスキルを糸口に知識ある者が読みで試合展開を支配し、時に巧みな者がプレイヤースキルでその劣勢を覆す。
そんなゲーム内とは一味違う熱戦に魅せられるプレイヤーは少なくない。
深也もまたその内の1人、ストーリーを進めて装備もスキルも充実してからはデュエルの頻度が増えていた。
ただ最近またストーリーモードへ時間を割いていることに自覚はない。
今日は平日、さほど時間もないしと深也はデュエルの方へ舵をきっていたが、これが見事に裏目に出ていた。
(まーた、長期戦型かよ。いや俺も好きだけどさ……試合時間の20分まで引き伸ばしてエアの残量の判定で勝つってお前、気がなげぇよ)
目の前で粛々と進む害悪戦術に深也は内心で盛大に反吐を吐いていた。
対戦相手のアビスフレームは、高出力のために大型化した大気の魔導炉、その積載によって鈍重になった足回りをカバーして余りある迎撃特化の機雷&ジェルをメインとした武器構成。
事前の開示で予感どころか確信はあったが実際にやられてみると装備もスキルも揃っていなかった初心者時代のトラウマが蘇る。
この構成、中級者より下の者もしくは一切対策をしていない者は、まず完封されてしまう。
そして今日の深也の武器とスキル構成は後者。
(対戦環境っていう傾向と対策があるとはいえ、これゲームやめる奴出るだろ……)
ちなみに深也自身もやる側の時は腹が割れるほど笑うし、当然煽る。
突っ立ているだけでも減っていくエアの残量と迫る刻限に焦る相手、その目の前で鼻ほじゴロ寝ジェスチャーをして煽るのが最高である。
なお、これは自分がされる側に回る状況を考慮しないものとする。
『やめるかー? なぁ、やめんのか-??』
「……(さいこー)」
当然の嗜みとして対戦相手とのボイスチャットは切っていない。
こういう手合いに、ここから逆転して泣かすのが一番面白いから。
勝つ前から美酒に酔った奴に敗北の冷や水を浴びせてこそだ。
(とりあえず端から回って……いや流石にダメか?)
この戦法と相対した時、誰もがそう考える。
つまり敵もそれぐらい分かっている。
相手が事前の開示でセオリー通りに出の速い飛び道具を用意していることは分かっていた。
回り込んで顔を出したところを狙ってくるだろう。
と、深也もそれぐらい分かっている。
狙いは完全に読めている、撃ってくるタイミングもこちらで決めることが出来る、ならば回避も防御もたやすい。
回り込むヒマと避けてるヒマに機雷を再展開”されなければ”距離を詰めて接近戦に持ち込み、そのままゲームセット。
「……(ねぇな、シンプルにいこう)」
背中に装備している加速機構を内蔵した大曲刀を引き抜く。
構成からして相手はタイムアップ戦法”だけ”を想定している。
つまりエアの残量で勝つ算段なのだ。
「エアソリッド起動、【ランブルエッジ】【海駆け】」
使ったのは深也の十八番、近づいて斬るのコンボ。
剣と己を共に加速させ相手を一刀両断する。
深也が、その行動をとるであろう事に次の瞬間までは誰も異論なかっただろう。
「はぁ!?」
コイツは突っ込んでくる、この戦法における一番のカモだという予想を即座に裏切られた対戦相手が驚きの声を上げた。
深也は大曲刀から噴出されるエアと自身の膂力が掛け合わさった剣速を”一投”に乗せた。
まともに振るのも難しい質量を持った大曲刀は極限の加速を得、対戦相手めがけて飛ぶ。
水の抵抗を切り裂き、ジェルによる歯止めでも、機雷による爆発でも進路を決して変えない。
「クソッ!!」
唯一、1発でアビスフレームへ損傷を与える程度の攻撃力を持っていたライフルの一撃が大曲刀を弾いた。
そうして、その背後から深也が突如として顔を出す。
このための【海駆け】そして。
「【ブレイズエッジ】」
大曲刀は進路を作るための先駆けの一矢、本命は二の矢にあった。
双剣銃の刀身が灼熱を宿す。
近接戦闘では無抵抗に等しい装備の相手を双刃が十文字に切り裂く。
「硬った! そこは考えてんのかよ!」
分厚い装甲、二撃では倒せない。
深也は勢いそのまま馬乗りになり、組み技の要領で相手を無理やり抑え込んだ。
この時点で勝負あり。
双剣銃を逆手に持ち替えた後は、ただの蹂躙であった。
ブレイズエッジによる滅多刺しは、相手から罵倒がないことで既にコンシード済みと気づくまで続いた。
「はー、楽しかった」
対戦終了後、待機所に戻ると、今度は対戦相手の怒りの連投チャットが始まる。
深也は、場外乱闘上等の精神も持ち合わせているハイレベルプレイヤーなので当然ながら返信する。
『機雷もジェルもエア消費抑えてあったなァ! もう少し強力に設定しておけば止められたのによォ! なんだ?同型対策か? ケチる以外に能のねぇリソース勝負野郎ってバレバレなんだよ!』
古来、アーケードの時代より対戦ゲームでは勝った奴が偉いというのが絶対の不文律。
こうすれば勝てていたかもしれないのに、と講釈を垂れまくるマウントを楽しむのが作法。
「よし勝った」
というより、もう勝っている。
これ以上はオーバーキルだろうと、深也は次の部屋を探し始めた。
長期戦型との戦闘はもういい、各部屋の主催者が設定している対戦時間を目安にしてソートをかける。
(良さそうなのが……んー、そもそも今の対戦環境の主流が長期戦型なんだよなぁ)
しかし、中々これだと思う部屋が見つからない。
お目当ての条件を満たすものもあるが基本的に観戦アリの設定になっており盛況な部屋が多い。
ネームドプレイヤーないし配信者が主催しているのは目に見えている。
実際、見聞きしたことのあるアカウント名もチラホラとあった。
彼らの実力は置いておくとして、並んでまで対戦したいとは思わない。
仮に並んでまで対戦したとして、頭の悪い信者やアンチの的になるような試合内容と勝負の結果になれば、今後対戦モード自体に顔を出しにくくなる。
注目されること自体、深也は嫌いではない。
誰にでも大なり小なりの承認欲求はある。
しかし、どうせ注目されるなら、もっと有意義な別の選択肢がある。
一粒で二度おいしい選択肢が。
深也は、野良の対戦ページから”公式”へとタグを移した。
【アビスフレーム】にはチャレンジと呼ばれる運営が用意した褒賞金アリのNPCがいる、そいつと対戦する。
勝てば賞金500万、学生の深也からすれば非常に高額な金銭である。
それだけでも美味しいのに、今の長期戦環境を作っている”元凶”が倒されたとなれば環境が変動するかもしれない。
(今まで無視してだけど流石に飽きたよ、この環境)
映し出された灰色のアビスフレームを睨みつける。
「やろうぜ、”ヘンリック”」
登場以来、連勝記録を更新し続け、遂には環境まで動かした無敗のNPCが返答することはない。
ただ申請を受理し、部屋への招待状を深也に切るのみ。