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この王国の人間は、十八歳になると神殿で神から聖印を受ける。
聖印を受けた人間には、ときどき不思議な力が芽生えた。
たとえばエドワード殿下が持つ自分を中心にした結界を張って魔獣の侵入を防ぐ力、たとえば公爵である父が持つ剣から炎を放って魔獣の大群を屠る力、たとえば父の盟友である辺境伯が持つ体を岩のように固くする力、そして私と亡き母が持っていた夫の力を高める力などだ。
魔獣蔓延る大森林に囲まれたこの国で魔獣の大氾濫に対抗するため、王侯貴族は力の芽生えた人間を積極的に取り込んできた。
そのせいか、王侯貴族の血族は力が芽生える可能性が高い。平民は百人にひとり力が芽生えれば良いほうだが、王侯貴族の血を引いていると嫡子なら三人にふたり、庶子でも五人にひとりは力が芽生えている。
その場合、男子なら父、女子なら母と同じ力になることが多いと言われていた。
私が生まれたときからエドワード殿下の婚約者だったのは、母と同じ力が芽生えることを期待されていたからだ。
彼の力を私が高められれば、国王自らが危険な場所へ行かなくても玉座にいるだけで国全体に結界を張れるのではないかと期待されたわけだ。
実は、母は平民だった。魔獣から自分を助けてくれた父に恋したことで力が芽生えたのだと思われている。神に結ばれた婚姻の絆によって、母は父と離れていても力を発動させることができた。……近くにいなければ力が発動されないというのなら、ミセリアが生まれることもなかっただろうに。
十八歳で母と同じ力を芽生えさせていた私は、離れていても婚約者であるエドワード殿下の力を高めていたので、私達の婚約破棄に賛同するものは少なかった。
しかし、数少ない賛同者の中に公爵である父がいたのと、ミセリアの母も同じような力を持っていたらしいという話が出たことで、結局婚約破棄は認められた。
十八歳になったミセリアが聖印を受けて、私や亡き母と同じ力を芽生えさせることが期待されたのだ。
結論から言うと、ミセリアは聖印を受けても力が芽生えなかった。
そもそもミセリアの母も力を持っていなかった。すべて偽りだったのだ。
ミセリアの母は自分を抱くと力が高まると嘘をついて、追い詰められた状況だった父を騙した。盟友である辺境伯の援軍が間に合わなければ、自分の力に頼った無謀な戦闘計画で父は亡くなっていただろう。
父がそれを教えてくれたのは婚約破棄の後だ。
ミセリアが来たときに言わなかったのは、彼女を憐れんだからだろう。
けれど私の婚約破棄後の父はもう、ミセリアに対するわずかな愛情も失っていた。
父は、彼女が母の死に関与しているのではないかと疑いを抱いている。
私は……わからない。
母を殺してもミセリアにはなんの得もないだろうと思う反面、エドワード殿下に寄り添う彼女が見せた邪悪な笑みを思い出すと、そんなことをしても不思議ではないと感じてしまう。損得ではなく、ただただ他人の不幸が楽しい、そんな人間もいるのだと教えてくれたのは黒髪に青い目の──
力を持たない平民と国王陛下の結婚など許されない。
二年前、大規模な大氾濫で先代陛下も大公殿下もお亡くなりになった。
私は当時進んでいた縁談を断って、王宮へ嫁いだ。国のため、民のためだと泣いて頼んできた父を責める気はない。……大公家のご嫡男が十八歳を過ぎて聖印を受け、力が芽生えた後だったのなら話は変わっていたのだろうけれど。
私はエドワード陛下に嫁ぎ、神に結ばれた婚姻の絆で彼を助ける。
私の侍女として登城したミセリアは陛下の寵愛を受ける。
この偽りはミセリアが不義の子を産んだ後も続く。エドワード陛下の持つ結界を張る力がなければ、彼の力を高める私の力がなければ、この国は守れないのだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミセリアが不義の子を産んだ後、私は王宮の敷地の隅にある塔へ軟禁されることになった。彼女に男をけしかけたという、偽りの罪を償うためだ。
塔に来て、そろそろ一年が経つ。
もうすぐ……もうすぐだ。もうすぐ時が来る。指折り数えて待ち望んでいたとき──
突然扉を開いて現れたのは、血塗れのエドワード陛下だった。