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「ミセリア!」
エドワード陛下は、寝台に横たわるミセリアに呼びかけた。
私が王妃として国王に嫁いできたとき、私の侍女として登城してきた異母妹こそが陛下の本当の妻だということは公然の秘密だ。
どんなにあからさまな嘘であっても、私はこの偽りを守り続ける。いつか来る終わりのときまで。
「私にもそなたにも似ていない、この子どもはどういうことだ!」
私の腕の中の赤ん坊を指差して、エドワード陛下が叫ぶ。
寝台の中で体を起こし、ミセリアはふるふると震えて見せた。
美しい顔が苦し気に歪む。殿方の庇護欲を煽る表情だ。……彼女はいつもそう。
「申し訳ありません、エドワード様。お姉様に口止めされていたのです」
ミセリアの唇が、新しい偽りを紡ぎ出す。
「エドワード様を奪われて嫉妬したお姉様が、お金で雇った男に私を襲わせたことを」
「……本当なのか、妃よ」
「エドワード陛下がそうお思いならば、それが真実です」
この茶番を何度繰り返したことだろう。
さすがに陛下は気まずそうな顔だ。
それでも彼はミセリアの発言が真実だったことにする。彼女を失いたくないから、真実から目を逸らして偽りを守り続ける。
偽りを続けるための犠牲者は、今度も私になるだろう。
私はそれを受け入れる。
この偽りはまだ終わるべきときではない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私のベッドの中で絡み合う裸のふたりを見つけたのは、母が亡くなって三ヶ月ほど経ったころだったろうか。
突然の母の死で、予定されていた私とエドワード殿下の結婚は延期されていた。
私は相変わらず辺境での大氾濫討伐に明け暮れる父に代わって、王都の公爵邸を切り盛りしていた。多忙な日々が続いていたため、母の葬儀の後でエドワード殿下と会うのは、これが初めてだった。
「……なにをなさっているのです?」
怒りを押し殺した私の低い声に体を起こし、エドワード殿下が青ざめる。
殿下の腕の中で震えているのは異母妹のミセリアだ。
美しい薄紅の髪は汗ばんだ白い体に張り付き、大きな紫の瞳は涙で潤んでいる。母の死後、私の侍女をしたいと言い出したのは彼女のほうだった。私が不在のときの殿下の接待は任せていたけれど、こんなことは頼んでいない。
「ユーフェミア、これは……これは……」
殿下は怯えたような表情で、ミセリアに視線を送る。
ふたりの関係はどれだけ続いているのだろうか。
これまでも私のベッドで睦み合っていた? 私はそれに気づかずにいたの? ふたりが絡み合ったベッドで、なにも知らずに眠っていた?
「っ!」
私は吐き気を感じ、口を押えてしゃがみ込んだ。
もともと激務で体調を崩しがちだったのだ。しかし吐しゃ物は上がってこない。時間がなくて、食事もロクに取っていなかったから胃液しかない。
それを見て、ミセリアが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「申し訳ありません、エドワード様。お姉様に口止めされていたのです」
彼女の唇が偽りを紡ぎ出す。
「お姉様が浮気をしていて、不義の子を身籠っていることを」
「……本当なのか、ユーフェミアよ」
緑色の瞳に、ミセリアの言葉を疑う色はない。
これまでもずっと彼女の紡ぐ偽りを信じ込んでいたのだろう。
先日、私がミセリアを苛めていると思い込んだ注意の手紙を送ってきたのも、彼女にそう聞いていたからに違いない。あのときは意味がわからず困惑してしまったものだ。
私は上がって来た胃液を飲み込んで立ち上がった。
真っすぐに見つめると、エドワード殿下の顔にわずかな疑念が浮かび上がってきた。
もしかしたら自分のほうが間違っているのではないか、そう思い始めた顔だ。
けれど、その表情はミセリアの裸体を押し付けられることで消えた。
殿下の体も汗ばんでいる。
薄汚さを感じて、私は再び胃液を飲み込む。ふたりがいなくなったら、この部屋のものはみんな捨ててしまおう。淫らに湿った匂いが染みついている気がする。
「エドワード殿下がそうお思いならば、それが真実です」
「そ、そなたのようにふしだらな女との婚約は破棄する!」
顔を真っ赤に染めて叫ぶエドワード殿下は、すぐ隣で歓喜に満ちた邪悪な表情を浮かべるミセリアには気が付いていなかった。
お似合いのふたりだ、と思う。
美しくて淫らで醜くて──このとき、殿下に対する私の恋情は砕け散った。