激おこプンプン
長い!!
エメは部屋に戻る廊下を引き返しながら、実は未練タラタラであった。
(あああああ〜もう暫くカトラの耳を触っていない!癒しのモフモフ・・・でも、でも〜!!!)
エメはここに来てから自分の行動を振り返り、あまりに無用心で軽率な自分を悔いていた。
そもそもエメは自分が女だという事を隠しているのだ。
それならば人と接する機会を極力避けるべきである。
だというのにエメは自らカトラに耳を触らせて欲しいと強請り、この前は抱っこされてしまっている。その時、男性にしては軽いエメの体にカトラは疑問を抱いていた。
そしてマッシュに至っては、押し倒されて襲われそうになってしまっている。
しかも寝ぼけてはいたが、彼はエメの身体を撫でている。
抱っこしただけのカトラと違い、気が付いた可能性がある。
現に彼はエメに「女性じゃないのか?」と聞いてきた。
(もし、みんなを騙してたってバレたら私はどうなるんだろう?魔王様は妃は要らないって言っていたし、他の人も騙されたって怒るかな・・・)
「エ、エメ様待ってぇ〜」
「え?あ、シロップごめん!ん?」
カーンカーンケーン・・・・
考え事に夢中だったエメが我に返りその足を止めた時、聞き覚えのある鐘の音がした。
確かこの音はエメが此方の国へ入国した日聞いた記憶がある。エメは今朝の話を思い出し何故か気が重くなった。
(私の代わり・・・)
エメは窓に映った自分の姿をジッと見る。
彼女は子供の頃からよく男の子と間違われた。
二人の兄も妹も母親似で、どちらかと言えば平凡な顔付きである。よく言えば親しみやすい顔立ちだ。
しかし、長女のエメだけは絶世の美男子と呼ばれていた父親の血を強く継いでしまい、それはエメのコンプレックスになった。
彼女は、この歳になるまで恋人が出来た事がない。
親しい男性は皆エメを恋愛対象として見なかった。
そして彼等は皆自分の妹達と恋をして結婚した。
二十歳を過ぎた頃、彼女は余りに女性として意識されない為途中から開き直った。
(別に女に生まれたからって絶対に結婚しなければいけないって事もないし、もしそれで勘当されたら、この顔面を生かした仕事でもしよう。男にはモテなくても女にはモテるんだから!)
エメの主成分はポジティブで出来ている。
そこで「なんで私ばかりがこんな目に!しくしく・・・」とか弱い女性を演じられたのであれば、きっと一人ぐらい相手を捕まえられたかも知れないが、彼女にそんなしおらしさは皆無だった。
そんなタイムリミットが迫る中、今回隣国デリタへの嫁入りが決まったのである。
エメは国王直々に懇願され、すんなりと承諾した。
その時は問題の暴動が起こる前だった為エメの髪はまだ長く、その姿も女性の姿であった。
しかし、彼女はデリタに旅立つ前日、突如暴徒と化した女性達に襲われ長い髪を切られてしまった。
その場に用意されていたドレスもズタズタにされ、結局翌日の出立に間に合わず、エメは父が若い頃使っていたタキシードを着てデリタにやって来た。
馬車に揺られながらエメが思ったのはきっと此方でも自分は受け入れられないだろうという事だった。
迎え入れた花嫁がこんな姿で現れたら侮られたと怒るに違いない。国を出る時、王様はちゃんと事情を伝えると言っていたが人間国の手紙は此方の国に届くのに時間がかかる。
まともに届けられない事も度々あるのだ。
エメが男と間違われて数ヶ月、アルカダも他の臣下達もエメが男だと信じ込んでいる。恐らく、国王の書信は届いていない。それなのにエメの代わりが送られて来たという事は、アルカダが抗議の文を人間国に送ったのだろう。
「・・・新しい花嫁が来たら、シロップ達ともこうやって一緒に過ごせなくなるね」
「え!?」
エメはそこまで考えて初めて"寂しい"と感じた。
国を出る時はそんな事、微塵も感じなかった。
ただ、鬱々とした気分ではあった。それもアルカダと対面し男と誤解されてからは自分大好きなアルカダや周りの魔人達に振り回されて、そんな事を考える余裕などなかった。
「新しいお妃様が来ても私はエメ様付きですよ?魔王様がそう仰りましたぁ〜。エメ様はずっとここにいるから、お前達はずっとエメ様の側にいるのが仕事だって」
アルカダの命令を素直に受け取っているシロップにエメは微笑んだ。シロップの垂れ下がった耳がピクピクと動き、その瞳は心配そうに潤んでいる。
エメは思った。
(シロップなら私、女の子でもイケるかも知れない。新しい扉を開いてみる手もあるかな?)
違う方向に前向きなエメである。
エメが新たな可能性を考えた時、聴きなれた足音がエメの前方から聞こえて来た。しかし、それは人間の国で暮らしていた頃よく耳にしていた音である。
本来その音がここで聴こえて来るはずはない。
「・・・・・・・・・ゼーラ嬢?」
「エメ様ぁあ!やっと再会できましたわぁあ!」
エメは、彼女の姿を目に入れた瞬間、心の中で絶叫した。
そして不測の事態に内心転げ回った。
(きゃあああああああああ!!出たぁあ!!諸悪の根源んんんん!!)
エメと同じく公爵位を持つゼーラは国王の妹の娘でありエメと同じ歳だが、彼女もまた結婚していない。
そして、彼女は幼い頃からエメを執拗に追い回すストーカーで現在のエメ親衛隊隊長であり、エメの髪を切った張本人である。
「エメ様こちらの方はお知り合いですかぁ?あれぇ?でも、入国の鐘はなったばかりなのに?」
エメはシロップの言葉に思わず辺りを見回した。
今、エメ達の周りには誰もいない。
もし、目の前のゼーラが入国と同時に、ここに現れたとしたら不法に城に侵入した事になる。
咄嗟にそんな事を考えたのは、彼女がまともでない事をエメは知っていたからである。
子供の頃、何度かゼーラの屋敷に招かれた事があったエメは、ある日途中でゼーラとはぐれある部屋の扉を開けた。
その時エメが目にしたのは、部屋中に埋め尽くされた人形達それも、どれもエメと同じく銀髪で青い瞳の美しい人形であった。エメは呆然とその部屋の前で立ちすくみ、いつの間にか背後にいたゼーラ嬢(10歳)にこう言われた。
「エメ様が私のものになってくれるまでの代わりですのよ?大きくなるまでの辛抱ですわ、早く私を迎えに来て下さいませね?」
何言ってんだコイツ?
エメは本気で彼女の頭を心配した。
しかし、心配を他所に彼女は立派な変人へと逞しく成長を遂げエメが成人を迎えた春、エメに関係を迫って来た事をキッカケにやっと周りが事の重大さに気が付き、近接禁止令がゼーラに告げられた。
そしてその年の冬、エメの親衛隊が彼女の手により発足!
全てはエメに恋人を作らせない為の強硬手段であった。
彼女は、エメを手に入れる為ならば手段を選ばない。
「私、本当はエメ様以外の方と結婚するなんて考えられませんでしたわ。でも、でも!エメ様と一緒にいられるのであればこの際手段は選びません!!エメ様とご一緒なら私怖くありませんわ!!」
(いや、こっちが怖いわ!)
あと何をご一緒するつもりなのかエメは知りたくなかった。この女ならあり得そうで、とても聞けなかった。
エメはシロップの手を握るとジリジリと後退した。
すると、今まで笑顔だったゼーラが突然真顔になった。
「・・・ところで、そこにいる小汚い獣はなんです?エメ様の美しい指が獣臭くなってしまいますわ。今すぐその手を離して下さいまし」
「な!?し、失礼な!!私ぃ臭くないもん!!」
失礼な物言いにシロップが叫んだ瞬間二人が繋いでいた手に焼けるような痛みが走り二人は慌てて手を離した。
エメの手は少し赤くなった程度ですんだが、シロップの手は赤黒く変色し彼女はその痛みで蹲った。
「あぅうう!?」
「シロップ!!」
「動かないで下さいませ!!」
ゼーラは気付かぬうちに、その手に魔導書を持っていた。
エメは初めて見たゼーラの魔法に眉を顰めた。
ゼーラの言う通り動きを止めたエメにゼーラは満足そうに微笑むと左手に持っていた何かをエメに差し出した。
「やはり、エメ様は此方に来て変わってしまわれたのですね?でも大丈夫、私が直ぐに前のエメ様に戻して差し上げますわ。さぁ、コレを食べて下さいませ」
その手には掌サイズの小さなリンゴが乗せられていた。
どう考えても怪しいブツである。
食べたら、ただでは済まないのは間違いない。
「ゼーラ様一体何をなさるおつもりですか?」
「食べれば分かりますわ。本当は無理矢理食べて頂く予定ではなかったのですが・・・時間がありませんので仕方ありませんわね?」
バチバチとゼーラの手元の魔導書が次の一撃を放とうとしている。エメは、痛そうに涙を流すシロップをチラリと見て逆らうのを諦め時間を稼ぐ事にした。
(きっと、誰か気付いて此方に来てくれる。シロップだけでも無事に逃さないと)
エメはゆっくりと立ち上がりゼーラに歩いて行く。
そして、彼女の手の上のリンゴを手に取った。
「一つだけ聞いてもいい?」
「あら?エメ様から質問されるなんて、いつぶりでしょう?どうぞ、なんなりと」
「私の何が、そんなに好きなの?」
エメの質問に、シロップが痛みを堪えながら顔を上げた。
シロップは、その言葉使いに聞き間違いかと首を傾げた。
ゼーラに質問するエメの声色はまるで女性のようだったからだ。
「なんだそんな事?それは勿論貴方のそのお姿!!初めて見た時から貴女は本当に美しかった!!まるで童話に出てくる理想の王子様そのものでしたわ!それなのに、現実はなんて残酷なんでしょう。やっと見つけた理想の方なのに、貴方はいつも私の思い通りの王子様になってはくれないんですもの!」
エメはゼーラの言葉を聞きながら駄目だコイツと思った。
そして、彼女はやはりエメの事など本当は好きではないのだと悟った。彼女が愛したのはエメではなく、お伽話に出てくる理想の王子様。自分の頭の中にしか存在しない架空の男性。しかし、どう足掻いてもエメは女である。
彼女は女性のエメを好きではないのだ。
「理想を手にしたいのであれば、先ずご自分がそれに足る努力をされる事です」
「はい?」
エメはリンゴを見つめると苦笑いを浮かべた。
それは、耳が痛くなる程何度も聞いたアルカダの言葉である。
エメはそのまま、そのリンゴを一口齧り意識を手放した。
筈だったの、だが。
「エメ様ぁー!?」
「エメ様、エメ様!?なっ!どうして・・・何故意識を失ってしまうのです?お前達何をしているの!なんとかしなさい!!」
「ゼーラ様、そう言われましても・・・治癒魔法を使える者などここにはおりません。それよりも早急にここから立ち去らねば・・・勝手に王宮に侵入し、エメ様に危害を加えたとなれば我々は無事でいられません」
エメは、青い顔で倒れている自分を鏡越しから見ていた。
エメの記憶が正しければアレは毒リンゴだ。
人間界の樹海になる果実で、そこに住う沼の住人達が育てていた果物である。エメはその実を何度も自分の母親から見せられていた為、手に持った瞬間に確信した。だからゼーラは自分を殺すつもりなのだと思ったのだが。どうも、様子がおかしかった。
『え?どう言う事?それに、ここってシャルラーニの鏡の中、だよね?なんで私この中にいるの?』
エメが混乱していると倒れているエメの側に突然シャルラーニが降って来た。
「きゃあああああああああ!?なっ!?」
「あ〜あ。こりゃ死んじゃってるね?即死だわ。こんなリンゴで簡単に死ぬんだもんなぁ〜?人間て本当に脆弱ぅー!」
死人を前に軽いな?
いや、多分奴はエメがここにいる事を知っているだろう。
エメは苛つく心を抑えようと必死に胸元で十字をきった。
「魔王様のお気に入りにこんな事して、お前生きてここから出られないね?可哀想にぃ〜簡単に操られちゃうんだもんなぁ?でもいいタイミングだったよ?俺もいい加減あの鏡から解放されたくてさぁ?エメ、中々俺にちゃんとキスしてくれないんだもんなぁ〜」
おい。コイツ今なんて言いやがった?
エメは、もしやコレは全てシャルラーニの企みだったのではないかと疑った。奴もきっと望みを叶える為ならば手段を選ばないと思う。
「おふざけにならないで下さいませ!!誰がエメ様を小汚い男などに!!その手を離しなさい!」
ゼーラの右手の魔導書が光を放ちシャルラーニの頭上に落ちた。しかし、それは当たる瞬間散り散りになって飛散し、そのままゼーラの身体に跳ね返った。
「きゃあああああああああ!!」
「ゼーラ様!?ッゲフ!?」
ゼーラとゼーラの護衛兵もそのまま呆気なく気を失い地面に倒れた。シャルラーニはつまらなそうに手をブラブラさせるとゲガをしているシロップに構う事なくエメを抱え直した。
「ま、待って下さい!何をするつもりなんですぅ?」
「ああ?このままほっといたら死んじゃうからね?眠ったお姫様の目を覚まさせる方法なんて一つだろ?」
こいつ、本気でやるつもりだ。
エメは怒りで腹わたが煮え繰り返ったが最早どうする事も出来ない。
とても不本意であったが、このまま死ぬのも嫌なので取り敢えず我慢する事にした。
(ファーストキスなのに・・・)
エメは重なるシャルラーニと自分の姿をまるで他人事の様に眺めていた。
そして待つ事数秒。
・・・何も起こらなかった。
「あれぇ?なんで何も起こらないんだぁ?エメが聖女なのは確かなんだけどなぁ?」
『相変わらずの屑っぷりね、シャルラーニ。そして詰めが甘いのも変わらない。エメが此方に連れて行かれたと知って慌てて取り戻しに来たけれど、その様子だと心配なかったようだわね?』
倒れたゼーラの影から黒い影がゆらりと蠢いた。
シャルラーニは気に入らなそうな顔をしたがすぐに、いつもの人が悪そうな笑みを浮かべ、その影に話しかけた。
「なんだ。もしかして未だに俺に未練があるの?だったら呪いを解いて解放してよ〜?それか、もういい加減俺の事は忘れて新しい男作れば?」
親しげに話す様子にエメはキレた。
やはり今回の騒ぎはシャルラーニが絡んでいるらしい。
『裏切り者ー!!露出狂の変態鏡男!!無事にここから出たら絶対鏡ごと活火山の熱々溶岩にぶち込んでやる!!』
「本当に図太いなぁ〜まぁまぁもう少し我慢しなよ?アンタも知らなかった面白い話が、聞けるかもよ?」
エメの叫びが聞こえたのかシャルラーニがエメの耳元でそんな事を言って来た。しかしエメは好き勝手にされている、この状況がとても気に入らなかった。
『お前の事など今更どうでもいいわ。それに、私の本来の目的は達成出来た。あと数分もすればエメは死ぬ。そうすればこの世で一番美しい聖女は私になる』
「・・・・・・・あん?」
『そしてシャルラーニ。お前を解放出来るのは唯一私一人だけになる。だが、お前はそこから解放されないわ。お前はきっと誰の事も本気で愛する事など出来はしまい』
下らない。
ずっと外から話を聞いていたが本当に下らない理由である。
細かい理由は分からないがエメは完全にシャルラーニ達のイザコザに巻き込まれたらしい。
もしかしたら、ここに来ると決まった時から、それは始まっていたのかも知れない。
『お前が恋した相手でなければ呪いは解除されない。つまり、お前は永遠に鏡のままと言う事よ』
ミシリッ
エメのいる鏡に亀裂が入った。
しかしエメは俯いたままシャルラーニに何も言わなかった。
「困ったな?因みにエメはどうしたら助かる?」
シャルラーニは笑っているが焦っていた。
このままエメが死んでしまえば影の女が言う通りシャルラーニが鏡から助かる手立てが今のところないからである。
『あのリンゴはお前にかけた呪いの源。エメを本気で助けたいと思う者ならば救えるかもしれないわね?でも、そんな者が果たしてここに存在するのかしらね?』
その間にも亀裂音が激しくなっていく。
シャルラーニは舌打ちすると遠くから此方に走って来るカトラに目を向け一か八かの賭けに出ようとした。
エメを手放しカトラを呼ぼうとした時、倒れているエメに小さな影が重なった。
それと同時に近くにあった鏡が全て弾け飛んだ。
「げほぉ!!ゴホゴホっ!!」
激しく咳き込むエメの口からリンゴのかけらが飛び出した。そして苦しそうにしながらも喉を押さえて起き上がったエメに女の影もシャルラーニも呆然と目をやり、次にその隣に座り二人を睨んでいるシロップに気付いて何が起きたか把握した。
エメはシロップのお陰で間一髪死の危機を免れた!
そして可愛い女の子の初キッスも同時にゲットした!
『な、なぜ?そんな小娘に・・・まさか本当に生き返るなんて・・・・』
「エメ!?っとシロップ!?お前怪我して・・・」
その時来るのが遅かった男カトラが到着し、シャルラーニは舌打ちし女の影は立ち去ろうと影の中に逃げ込んだ。
が、それは敵わなかった。
奴が、頭上から飛び込んで来たからである。
その姿は空中で何度も決めポーズを展開し、地面に降り立った魔王アルカダはポーズを決めたままカトラを指さした。
「遅い!!カトラ、直ぐに追いついてしまったぞ?まぁ私の実力を持ってすれば当たり前なのだがな?エメは無事か!?」
こんな時でも背景に薔薇を背負う事は忘れない。
そして無駄にポージングが多い。
「・・・・あの」
「魔王様・・・」
言葉を濁すシロップとカトラにアルカダは、いつもの調子でエメに近づき無駄にキラキラ星を出しながら俯いているエメを覗き込んだ。
「エメ!私の登場シーンをちゃんと見ていたか?最近では中々お目にかかれない私の・・・・・」
アルカダはいつまでも俯いているエメの顎にそっと触れるとそのまま上に持ち上げた。
・・・エメは、泣き顔を見られたのが悔しくてグシャリと顔を彼の前で歪めてしまう。
ビリビリビリビリビリッギシッ!!
『ひぎぃ!?』
「いでぇええええええええ!!!??」
先程逃げようとして失敗し、実はアルカダに体を拘束されていた主犯の二人は突如やって来た激痛に悲鳴を上げた。
そして、全く止むことのないアルカダの攻撃にシャルラーニが不満を口にした。
「な、なんなんっスか!何怒ってるんです?人間の女一人どうなったっていつもは気にしない癖に!ギャァ!!!??」
「口を開くな、シャルラーニ」
その聞いた事もないアルカダの声音に、その場にいた者はエメ以外全員、息を飲んだ。
アルカダはエメから手を離すと少し間を開けて蹲み込んだ。
皆そんな魔王に驚きを隠せないでいる。
エメは見上げて来るアルカダをぼんやりと見つめた。
「エメ、私は誰よりも美しく、そして最強なのだ」
「・・・・・・・そうですか」
アルカダの言葉に今までで一番心ない返事をエメは返した。
しかし、アルカダは気にする事なく笑顔で彼女に言葉をかけた。
「お前はそんな私のたった一人の妃候補。ここに来てからまぁまぁ頑張っているお前の普段の行いを労ってやろうと思う。エメに褒美をやろう!」
この状況で何言ってんだ!
そう思いつつシャルラーニは口を出せなかった。
今声を出せば実はとんでもなく怒っているアルカダによって確実にシャルラーニは魂ごと消し炭にされるだろう。ここまで来て、それは避けたい彼はひたすら激痛に耐えていた。
「なんでもいいぞ?なんといっても私は魔王!この国で一番偉いのだからな!?」
「・・・本当に、なんでもいいんですか?」
(どうか「人間国に帰る」だけは言わないでくれ!)
シャルラーニはこんな状況下でまだ元の姿に戻る希望を捨てていなかった。どう考えても巻き返しは無理だと思われるのだが。
(あの沼女よりはエメがいい!!)
シャルラーニの中に反省という言葉は存在しなかった!
そんな彼の気持ちを知ってか知らずかエメは表情がない顔でシャルラーニ達の方を見ると淡々とアルカダに要求した。
「取り敢えずあの人達、あのまま暫く放置しておいて貰えます?あ、殺さないで下さい。きっとしないであろう反省をさせたいので反省するまで続けて下さい」
((つまり一生このままでいろと!?))
シャルラーニは「やっぱりエメ帰ってもいいや」と思った。
しかし口が開けない為、状況は変わらなかった。
「勿論構わないぞ!あと勝手にここへ侵入した奴等は不法侵入で強制的に人間国に送り返すからな!?さぁエメ!今日は特別に王宮の部屋で休ませてやろう!私がプロデュースした部屋はデザインは勿論過ごしやすさも抜群だ!」
「へぇ〜そうなんですね?あ、あと早急にシロップの怪我の手当てお願いします。シロップ」
「うにゃ!?」
エメはシロップの前に膝をつくと、そのままフワリとシロップを抱き上げた。そして、ハンサムフェイスで微笑むと先程まで流していた涙で腫れている彼女の瞼にキスをした。
「巻き込んでごめんね?あと、私を助けてくれてありがとう。お姫様」
(にゃはぁああああああああん!?王子様ぁあああん!)
エメはもうシャルラーニ達を振り返る事なくシロップをお姫様抱っこしたままサッサと王宮へ向かい歩き出した。
その後を状況がいまいち把握出来ていないカトラと部屋自慢を続ける魔王が付いていく。
(あ、コレ冗談じゃなく本気で放置されるやつだ)
シャルラーニは次々に襲われる痛みに見舞われながら、ちょっとだけ自分の行動を後悔した。彼等はエメが落ち着く次の日の朝まで、そのままの状態で本当に放置されたのだった。
次回エメがハンサム令嬢になった経緯が明らかにあるよ!