新たな妃候補
まさかの急展開
「は?人間国から別の花嫁候補が、やって来るだと?」
その知らせはエメと魔王が毎日恒例の早朝のお茶会をしている時にやって来た。
「はい。此方の急な申し出に条件に合う女性が見つけられずエメ様を此方に送ったものの、やはりエメ様では不服だろうと・・・やっとアルカダ様に見合う女性を用意出来たので此方に送るそうです」
使者の知らせに、しかしアルカダは心底どうでも良さそうな顔をした。「あ、この人本当に自分以外興味ないんだな」エメはアルカダの徹底したナルシスト振りに感嘆した。
何事も突き抜けていると気持ちよく感じるから不思議である。
「別にエメに不満はない。そもそも人間の女など面倒なのだ。ひ弱で、ヒステリック。そしてすぐ泣く。エメは人間だが魔力が強く見張っている心配がない。そもそも本気で私の世継ぎを残したいのであれば人間相手は無理があるだろう?」
「そうなのですか?そういえば、初対面の時もそんな事を仰ってましたね?」
魔王と結婚すると妃は世継ぎを生むまでひたすら子作りをさせられると聞きエメは自分が男だと嘘をつき続けている。
アルカダはエメの質問に不快げに吐き捨てた。
「皆、世継ぎさえ生まれれば妃の事など、どうでもよいのだ。私が世継ぎを作らねば次の魔王は私と同等か、次に強い者に引き継がれる。それが嫌なのだろうな?」
珍しく普通に話をするアルカダにエメは首を傾げた。
今まであれ程、美しさの秘訣やら美への心構えやらを一方的に話して聞かせていた魔王が、エメの質問に答えている。
エメは、そんなアルカダに違和感を覚えた。
「とにかく、直ぐに断りの文を送れ。私にはエメがいる」
イケメンフェイスでそんな事を言われ。エメは目を閉じた。
これは、トキメキ展開か?
「美の匠!我等は同士!!この先も、ずっとな!!」
やっぱ違った。
だが、エメは当初よりもアルカダの事が好きになった。
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「ふふふ〜ん、ふんふ〜んッ」
「おい、メープル」
「ギャ!?び、ビックリした〜!何?カトラさん」
今日も優しくイケメンな主人に褒められてご機嫌なメープルは洗濯物を運んでいる最中に突然茂みから現れたカトラに驚いた。同じ獣人のカトラはメープルやシロップをよく気にかけてくれる。最近は主人のエメ様とも気安く喋っている所を見かけ彼女は安堵していたのだが・・・。
「あのさ?エメ、最近調子でも崩したのか?ヤバイもん口にしたとか。何か知らねえ?」
メープルは聞きにくそうに尋ねてくる図体の大きな大型犬を半眼で見上げた。
彼は先日シロップにも同じ質問をしていたとメープルは知っていたからだ。
「いいえ?エメ様にお出しする料理はちゃんと人間の食材を使ってるから。エメ様は変わらず元気だけど?この間から一体どうしたの?」
逆に尋ね返されカトラは言葉に詰まった。
実はあれ程カトラの耳を触らせろと言って来たエメがある日を境にパッタリとカトラの前に現れなくなった。
勿論勝手にではなく、ちゃんと「もう耳は触らせてくれなくてもいい」という一言を本人から聞いた。
当初半端シャルラーニに嵌められる形でエメに愛でられていたカトラだったが、途中からそれが癖になってしまい、エメが撫でてくれなくなった途端謎の喪失感に襲われるという訳の分からない状態に陥った。
取り敢えず、何でもいいからエメに撫でて貰わねば気が済まない。
忠犬は主人に捨てられまいと必死であった。
「やっぱり、無意味に避けられている気がすんだよ。最初以外エメを怖がらせるような事した覚えねぇんだけどよ」
そう話すカトラの口には鋭い牙がチラチラと見えている。
「その無自覚さが避けられてる理由では?」メープルはそう口にしようとして、向こう側から歩いて来るシロップとエメを確認しそちらを指した。
「本人に直接聞いてみたら?」
カトラが振り返ると、それに気付いたエメが一瞬目を見開き直ぐに目線をカトラから逸らすと、そのまま来た道を歩いて行ってしまった。
明らかにカトラを避けたエメの様子にメープルは思わず思った事を口にした。
「カトラさん何したの?あの様子だと嫌われたんじゃないかな?」
しかし、相手は手違いでやって来た人間の男である。
カトラは元々人間が嫌いなのでエメに嫌われたとしても大して気にしないだろうとメープルは笑いながら何があったのか尋ねようと顔を上げた。
「嫌われた?エメに?」
「・・・・・カトラさん?」
そこには明らかにメープルの言葉に動揺し目をぐるぐるさせ意気消沈している犬がいた。
メープルは何故カトラがエメに嫌われて動揺するのか理解出来ず疑問符が頭の上に乱舞した。
そして、プルプル震えているカトラを取り敢えず落ち着かせようとメープルは彼の話を聞く事にした。
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「エメ様の代わりの人間を寄越す?今更何を・・・」
宰相のマッシュは腹立たしげに人間の王の密書を読んでいた。前は確かにこちら側からの一方的な要求であった為エメの件は黙って納めたが。今回は人間側が勝手に花嫁を送りつけて来るという。しかも、此方に何の確認もせず、ただ送ったという知らせのみである。
「まぁ〜いいんじゃないです?当初の目的はそれで果たせるかも知れませんよぉ?その女性をアルカダ様が気に入ればいいんですから〜?」
ナディアの意見にしかしアルカダは絶対に靡かないであろうとマッシュは断言出来た。
マッシュはこの前気が付いたが、エメはそもそも普通の人間より遥かに持っている魔力が多い。マッシュは相手の魔力を喰らう能力を持っている為それが分かったのだ。
魔王が人間のしかも男であるエメを気に入りいつまでも側に置くのは、それが関係しているのだとマッシュは気が付いた。
そしてもう一つ。
(彼は、本当に男性なのでしょうか?)
あの後、冷静にあの日の事を振り返り、やはりおかしいとマッシュは思った。明らかにエメの身体は男性の者とは思えない。子供ならまだしも彼は成人した男性である。
(個体差はあるにしても、骨格そのものが違うなどあり得るでしょうか?それとも、だからこそ花嫁として此方へ連れて来られた?いや、しかし・・・)
「でもぉ?そうなるとエメ様どうするんでしょう?交換で人間国に返すって事でしょうか?」
「・・・一度迎え入れた者を王宮から出す訳には行きません。特にエメ様は大事な書簡の中身を目にしている。絶対に渡しません」
涼しい顔で言い放ったマッシュは、さも当然の様な顔をしているが、色々おかしい点がてんこ盛りである。
(絶対に渡しません、ねぇ〜?)
ナディアはエメの仕事ぶりを知った後マッシュにエメを自分にも貸してくれとお願いしに行った。
いつもなら二つ返事でナディアのお願いを了承するマッシュは今回、首を縦に振らなかった。
「エメ様は人間ですが男性です。何か起こってからでは取り返しが付きませんので、エメ様と二人きりになるのはやめておいた方がいいでしょう。申し訳ありません」
どの口が言う?
マッシュがエメにした事を知ったらナディアはこう言ったに違いない。しかし、彼女はその事を知らなかった為それ以上深追いはせずに取り敢えず引き下がった。
(じゃあマッシュの倍の報酬でエメ様に直接交渉してみましょ〜う)
そして全然諦めていなかった!
ナディアは気付かれぬようその場を離れるとエメの住む離宮へと足を向ける、するとその時、入国者を告げる鐘が、王宮内に響き渡った。
カーンカーンケーン・・・
「「「はやっ!!」」」
余りに早すぎる新たな花嫁の入国を告げる鐘に彼等は総ツッコミを入れた。そして、なんだか嫌な予感がした。
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「この度の不手際大変申し訳なく思っております。我々人間国にも色々と事情がございまして、あんな姿の花嫁を此方に送ることになってしまった事改めて謝罪致します」
エメの時には居なかった付添人が俯いている花嫁の横でペラペラと口上を述べている。アルカダは表情を変える事なく王座に腰掛け、その二人を見下ろしていた。
いつもならテンション高めで「退屈な言い訳など、どうでもよい!それよりも花嫁は美しい私の隣に並んでも見劣りする事ない顔面を持っているのだろうな!?」などと曰いそうなものなのだが、奇跡的に黙っている。信じられない。
臣下達はいつもと違う様子のアルカダにかなり戸惑った。
どうしたどうした?必殺、私を褒め称えよ!は、いつ発動するんだ?いい加減あの付添人が鬱陶しいから出してしまえよ我慢すんな。!などと思っていた彼等は王座から立ち上がり階段を降りて来たアルカダに期待を馳せた。
(((さぁ!いつものようにやってしまえ!!)))
稀に見るノリノリ具合である。
しかし、珍しくアルカダの暴走を期待した彼等の予想を裏切り魔王は無言で花嫁のベールを掴み引き抜いた。
「「「!?」」」
そこにいたのは漆黒の髪をたなびかせ真っ赤な唇が妖艶な女がいた。真っ白なドレスが全く似合っていないその女性に皆一瞬呆然とした。
「えっ・・・と?また、随分とぉ色っぽい花嫁さんです、ねぇ?でもぉ?」
「・・・人間、ではないのでは?」
臣下達は、すぐに彼女が人間の女ではないと気が付いた。
しかし、自分達と同じ魔族でもないと感じた。
「一体何のつもりだ?シャルラーニの呪いを解く気にでもなったのか?」
アルカダの言葉に皆一斉に自分の主人を見た。
この謁見室の中で何故か一番世間知らずな筈の魔王が一人状況を把握している様子に臣下達は心底驚いた。
正体を言い当てられた女はニタリと笑うとスカートの裾を持ち上げアルカダに挨拶をした。
「こうやってお会いするのは初めてですね?魔族の王。実はここに来たエメという者を連れ戻しに来たのです」
「ほう?そうだったのだな?だが、エメは既に私の妃。もう人間国に返すつもりはないが?」
アルカダの言葉に女はさも不思議そうな顔でアルカダを見上げた。心底意外そうな顔である。
「おかしいですわね?魔人アルカダは美しいモノにしか興味がない変人だと貴方の前の魔王様に聞いていたのですけれど?あんな出来損ないの何がお気に召したのです?」
人間の花嫁を偽りまんまとアルカダの前までやって来た女は
あった事もないエメを嘲笑った。
それを聞いていたカトラやマッシュは女の言葉に微かに身体を揺らしたが、アルカダはそんな女の挑発など意にも介さず、思った事を口にした。
「そうだな?とりあえず、不細工なお前よりはエメの方が数倍見ていられる。貴様、よくその姿でシャルラーニに言い寄ったものだな?まぁアイツは自業自得だから放っておいたが、貴様と人間の下らんいざこざにエメを巻き込むな。奴に指一本触れてみろ。今よりも、もっと醜い姿にしてやるぞ」
アルカダの包み隠さぬ物言いに女はぎしりと顔を歪め唇は裂け、鋭い牙があらわになった。
「・・・やはり偽者か。カトラ!」
「は!」
「直ぐにエメの元へ行け。恐らくエメは連れ去られた」
アルカダがカトラにそう命じると目の前にいた付き添いの男と先程まで魔王と話していた女がアルカダに襲いかかった。
アルカダは鬱陶しそうに息を吐くと受け身をとる事も攻撃を避けるでもなく、ただその二人の間を通り抜けた。
「全く・・・だから人間と関わるのは嫌なのだ。新調したマントが汚れてしまったではないか」
アルカダが通り過ぎた。それだけで襲いかかって来た二人は跡形もなく粉々に砕け散った。
魔王の下部達はその様子を驚く事なく、ただ見守った。
(((珍しく激怒だ)))
魔族の王とは絶対的支配者である。
誰も敵わない、それが王なのだ。
彼等はそれを生まれた時から知っている。
臣下達は本日の業務終了の鐘を聴いた気がした。
「一体どうなっているのでしょう?あの女がシャルラーニを呪ったと言ってましたね」
「お?宰相珍しく首突っ込むんですぅ?じゃあ私も参加しちゃおっかなぁ?」
どうやら彼等の主人は最初から臣下達やエメ自身さえ知らないエメの事情を知っていたようである。
そんなアルカダの様子に大して狼狽えることなく皆各々に動き出した。
彼等は知っている。
アルカダは、普段やらないだけで、やれば出来る子なのである!!
「それにしてもぉ?もしかしてぇ・・・魔王様エメ様に本気になっちゃったり、とか〜?まさかねぇ〜?男の子ですしぃ〜」
そんな恐ろしい推測を立てられていた同時刻エメは絶体絶命であった。
『裏切り者ー!!露出狂の変態鏡男!!無事にここから出たら絶対鏡ごと活火山の熱々溶岩にぶち込んでやる!!』
エメの身体はシャルラーニに抱えられグッタリと身を任せている。しかし、その意識は何故かシャルラーニの鏡の中にいた。
「本当に図太いなぁ〜まぁまぁもう少し我慢しなよ?アンタも知らなかった面白い話が、聞けるかもよ?」
何故こんな事態になっているのか?
それは、入国の鐘が鳴った数時間前に遡る。