魔王の鏡
「え?」
朝、エメが朝食を済ませ部屋に戻るとソレがあった。
「エメ様〜今日は魔王様来ませんね〜?悪い物でも食べてお腹でも壊したんでしょうか?」
「え?そうなの?魔王様って毒耐性レベル200って噂があるよ?昔、最も毒の濃度が高いヤーナンの森に入って平然と出て来たらしいよ?体をバラバラにしてもすぐ再生させるぐらい難なくやってみせるらしいからね?そんな人が普通の物を食べてお腹を壊すとは思えないけどな?」
「あ、そっかー!魔族の王様だもんね〜?忘れてたぁー!」
私も忘れてたぁー!
シロップとメープルの話をそれとなく耳に入れながらエメは一緒に相槌をうった。心の中で。
笑顔は貼り付けたまま剥がさない。
どんなに中身が子供だろうが病的なナルシストだろうが彼は魔王。敵に回すと厄介そうである。
「ところで、この綺麗な鏡はいつの間にここに?朝起きた時はなかったけれど?」
エメは取り敢えず話を逸らす為先程から気になっていたブツについて尋ねてみた。
しかし、シロップもメープルも首を傾げている。
彼女達もエメと一緒に仲良く部屋を出たので当たり前ではあるのだが、誰一人エメの部屋に大きな鏡が置かれた理由を知らされていなかった。
しかし三人とも、なんとなく察してはいた。
(((今度は何を始めたんだろう)))
明らかに今朝、姿を見せなかったアルカダの仕業に違いないが、その意図が三人には分からなかった。
「こんな立派な鏡を持ち出してしまって、大丈夫なのかな?」
エメは銀箔の縁取りに美しい彫刻と宝石が散りばめられた巨大な鏡を心配そうに見上げた。そして、本心ではこう思った。
(コレを持ち帰って売ったら一生、生活に困らないかも)
エメの顔は自然とウットリとした表情になった。
そんなエメを見てお世話係のメープルとシロップもウットリした。
結果、部屋の中はピンク一色の異様な空気に包まれた!
『ちょっと〜?そんな顔でジッと見つめないでくれる?俺ちょっと興奮しちゃう!なんだか新しい扉開きそうになっちゃうだろ?あれ?おかしいなぁ?』
そんな空気を遮断するかの様に、突然誰かがエメに語りかけて来た。エメは声の主が分からず思わずメープルとシロップを振り返った。
しかし、二人は同時に首を振り困った顔で鏡を見た。
「え?誰ですか?」
『あ、コッチコッチ!目の前にいるだろ?エメ様とお話しするのは初めてだな?俺はシャルラーニ、魔王様の鏡だよ』
喋る鏡。
エメは嫌な予感がした。
コレはもしや、アルカダがまた変な対抗心を燃やしエメに無茶振りし出すのではないだろうか?
内容によっては拒否させて頂きたい。
『魔王様がエメ様は人間にしては、かなりハイレベルの美しさを誇っているって言ってたからさ?じゃあ一度俺にその姿を映させてってお願いしたんだ!ほら、俺って嘘付けないから本当に今一番美しいのはアルカダ様なのか確かめてみようってなってさ〜!』
「そうなんですか?では、不戦勝で。アルカダ様の勝利でお願い致します。私別にアルカダ様よりイケメンになりたいとは思ってないんで」
とんでもない提案するんじゃねぇよ!このエセ鏡野郎が!!
エメは心で口汚く悪態を吐いた。彼女は淑女だが、実際に口には出していないのでセーフである。
言質をとられなければ問題ないのである。
『え〜?でも、アルカダ様きっと後で俺にどうだったか尋ねて来るだろうし、俺今の言葉そのまま魔王様に言っちゃうよ?きっとプライドが傷付くだろうなぁ〜?人間に情けをかけられたとあっちゃねー?』
エメの笑顔が更に深みを増した。
顔面の筋肉が動かない様にする為である。
エメは今すぐに鏡を叩き割りたい衝動を、なんとか抑えようと努力した。
「あ、あの〜!私誰かに、この事伝えて来ます!」
「私もこの鏡を移動してくれるように伝えて来る。流石にエメ様のお部屋に置いたままには出来ないもんね」
メープルとシロップは主人の為に慌てて部屋を出て行った。
エメは二人を見送ると息をついて鏡に向き直った。
「それで、魔王様は私にどうしろと?」
『いや?特に何かしろって言われた訳じゃないけど?俺がエメ様を見てどう思うのか気になったんじゃない?ほら、あの人美への探究心半端ないだろ?まぁ、そう嫌そうな顔しないで映っていきなよ!』
エメは心底嫌であったが、このままだと埒があかなくなりそうなので、言われた通りに鏡の前に立った。
そして、目の前の自分の姿を見て改めて男性にしか見えない自分にうんざりした。
(・・・・・はぁ。顔は仕方がないにしても、もう少し背が低ければ・・・いや、関係ないかな・・・)
『ほぅほぅ?確かにアンタ綺麗だねぇ〜?ん〜?』
エメは無意識に鏡の中の自分と手を合わせると、その瞳を見つめた。見慣れた自分の顔である。エメは自分の顔を見て美しいと思ったことなど一度もなかった。
(もっと、可愛く生まれたかったな)
エメがそう願うと、突然鏡の中がゆらりと歪み、目の前に美しく着飾り微笑むエメの姿が現れた。
『へぇ?それがアンタの本当の姿かぁ・・・可愛いいね?』
思いもよらない言葉を投げかけられエメは慌てて手を離そうとした。しかし、次の瞬間エメの手は鏡の中にズブリと引き込まれ、そのまま鏡に引き寄せられ・・・。
「むぎゃ!?」
思い切り顔が鏡に衝突した。
エメはぶつかった鼻を押さえ蹲った。
「あたた・・・ちょっと、突然何・・・」
「驚いた」
蹲み込んでいたエメの頭上から先程よりもヤケにクリアな声がかけられ、まだ痛みが引かない鼻を押さえながら涙目で顔を上げたエメは・・・・目が飛び出そうになった。
「エメ様もしかして聖女様なの?俺元の姿に戻れたんだけど?」
目の前には長い黒髪をかき上げ一糸纏わぬ姿で面白そうにエメを見下ろす男の姿があった。
そう、彼はすっ裸であった。
そして全く前を隠そうとしなかった!
「ーーーーーーッ!!!!ギャッー・・・ムグッ!!」
思わず悲鳴を上げたエメの口をシャルラーニは素早く手で塞ぐ。そしてエメはそのまま腰を掴まれ抱き寄せられた。
エメは咄嗟に思った。
(思いっきり目の前で見てしまった!もうお嫁に行けない!!)
こんな状況下においてもまだ結婚に夢は抱いていたらしい。エメも中々諦めが悪いタイプである。
「そうかそうか〜?まさか魔王様まで騙されるとはね〜?アンタこのまま皆を騙してここから逃げ出すつもりなんだろ?」
なんでもいいからサッサと何か羽織って欲しいと思いつつエメは必死に下を見ないよう顔を上げた。目の前には真っ黒な瞳、そして意地悪そうに口を吊り上げる男の顔がある。
「ち、違っ・・・皆勝手に勘違いして・・・と、とにかく早く服を着て!!」
顔を赤くし目尻に涙を溜めているエメに抱きついたまま、シャルラーニは、ある提案を持ち掛けた。
「エメ様が俺の事助けてくれるなら、アンタが女性だって事黙っててあげるけど?実は俺、呪われた体でさぁ?聖女様にキスされないと、この姿に戻れないんだよ」
「確かに私は聖魔法は使えるけれど聖女じゃないし!キスなんて貴方にしてない!!コレからもしない!!」
先程引っ張られ顔をぶつけた時、エメの唇が鏡にぶつかり、キス判定されたのであろう。
つまり、エメは女性だと早々に見破られ試されたのである。
冗談じゃないとエメは暴れた。
しかし、シャルラーニの次の言葉にエメは考えを改めた。
「俺は魔王様の鏡だぜ?エメが俺の頬にキスしてくれるなら、その度にエメが必要な情報コッソリ教えてあげるけど?」
なんですと?
エメは正直者であった。
自分が平和に過ごす為の知識は多くあっても困らない。
「・・・・・・あの、その姿鏡に戻ってしまうの?」
「完全に呪いを解かないとねぇ〜?半日ぐらいはこの姿でいられるけど、また鏡に戻っちゃうんだよなぁ〜」
つまり、それだけシャルラーニから得られる情報が多い事という事である。エメは、コロッと態度を変えた。
「じゃあ私が平和に過ごせるように協力して欲しい。あ!魔王様の情報は必要ないので。あと私が出来そうな仕事とか知らない?」
「アンタ思いの外メンタルが強くて安心したよ俺。なんだろな?やっぱり魔王様の嫁に選ばれるだけの素質、あったんじゃない?」
先程まで顔を真っ赤にし涙目だったエメは、新たな伝を手に入れ生き生きとした目でシャルラーニを見ている。
シャルラーニは、ちょっとエメに興味を持った。
(魔王がはしゃいでここに俺を置いて行った時はめんどくせぇなと思ったけど、思いもよらず良いもんみっけたな?)
エメは知らなかったが呪われて鏡にされてしまうぐらいである。シャルラーニは、相当タチが悪い男であった。
そんな男に、エメは目を付けられてしまった。
コレでまた一つ彼女の夢が遠のいた。
上手い話にホイホイついて行ってはならない。
必ずその向かう先には落とし穴が存在する。
「ギャアアアアアアアアア!?エメ様!!誰か!エメ様が変質者に襲われてますぅ〜!!!」
「「あ」」
部屋に戻って来たシロップはマッパの男に抱きつかれたエメ(イケメン)を発見し、当然だが誤解した。そして相変わらず空気の読めないナルシストが場違いにも飛び込んで来た。
「なんだと!変質者は何処だ!!襲うならまず私だろう?思わず襲いかかりたくなる美貌の私だろう!?さあ!私を見るがいい!!」
「いや、見慣れてるんでいいっスわ。この姿では、お久しぶりでっす!」
「ム?なんだシャルラーニ。お前その姿はどうした?」
いきなりバレて冷や汗をかくエメとは対照的にシャルラーニは涼やかな顔で言い放った。
「いやぁ〜実はエメ様聖魔法が使えるみたいです!俺、女性相手じゃなくてもこの姿に戻れるみたいっス!」
「何?」
こじつけが過ぎる。
いくらなんでも騙される訳ない。
いくら単純に見えても相手は魔王。余程の馬鹿であれば騙されるかもしれないが、普通おかしいと気づくだろう。
アルカダの手がエメの肩に置かれる。
エメは嘘がバレた事を覚悟した。
ゴクリ。
「エメ、お前・・・ハンサムなだけではなく有能だったのだな?聖魔法は我等には使えないものだ。お前、もしや使える人間なのでは?」
余程の馬鹿だった。
この国の魔王は、馬鹿なナルシストだった。