魔王様のお仕事
デリタ国に魔王アルカダの元へ嫁いで来たエメは、平和な日々に満足していた。
「エメ様!御髪を整えさせて頂きますね?」
「うん、お願い」
(くぁあああ〜可愛いぃ〜コレで18歳なんて信じられない。癒される〜)
おまけに自分に付けられた獣人は二人共最高に可愛らしかった。大きなお耳にふりふりと振られるフサフサの尻尾。
エメは、心の中で悶えていた。
(抱っこして、もふもふしたい・・・でも、今の私がそんな事したら、変態だ。紛う事なき変質者だ。ぐぅ〜!)
エメは自分の性別を隠した事を少し後悔していた。
同じ女性であれば少しくらい触らせてくれたかもしれない。
しかし、女性だとバレたら即アウト!
エメには想像も出来ない未知の世界へご案内されてしまう。
それだけはご遠慮願いたかった。
「魔王様、今日はまだお見えになりませんね?連日通って来たので、そろそろ飽きましたかね?」
メープルがお茶をテーブルに置きながらエメに声をかけた。
エメは確かにそうかも知れないと納得した。
このまま魔王がエメに飽きてくれれば、エメは恐らく目立たない離宮に押し込められ忘れ去られるだろう、さながら王の寵愛を失った物語のお妃様のように。
「あ、その展開いいな・・・」
エメは寧ろ、その展開を期待した。
しかも、エメは性別を偽っている為そのまま解放される可能性も高い。
(問題は、人間の私がこの国で一人暮らす手段があるか。ちゃんと調べておかなければ・・・)
公爵ご令嬢であったエメは五人兄妹の中でトータルスペックは一番高かった。頭脳明晰運動も魔法も難なくこなし淑女の嗜みも16歳の頃には完璧であった。
しかし、どんなに優秀でも彼女はイケメンであった。
女性で嫁の貰い手のない彼女は家族のお荷物である。
エメはここに来るまで屋敷から追い出されても一人で生きて行ける手段をちゃんと調べていた。しかし、魔族の国へ嫁ぐ事になってしまい、エメの計画は頓挫した。
その計画がここに来て役立ちそうである。
(出来れば三食食事付き、部屋に篭りきりで出来る仕事がいい!そういえば、ここは人手不足だと言っていたけれど、上手いこと誤魔化してここで働くのは流石に無理かな?)
自分の立場を横に置き去りにして、エメは今後の自分の人生設計を真剣に考えた。公爵令嬢から魔王の王妃に迎えられた者が考える事では決してない事に彼女は気付くべきである。
「エメ様、少し宜しいでしょうか?」
その時、部屋がノックされ声がかけられた。
エメはこんな朝早く誰だろうと声の主を招き入れた。
勿論アルカダではない。
奴は部屋をノックなどしない。
自由で無敵なナルシストである。
「宰相様?こんな朝早くにどうされたのです?」
突然やって来た宰相にエメは驚いた。
顔色が悪い彼の目元には酷いクマが出来ている。
眼鏡から覗く切れ長で釣り上がった目がエメを睨んでいる様にも見えた。
「・・・今日、とても大事な朝儀が行われるのです」
エメはパチパチと瞬きをして宰相の彼を見た。
そしてアルカダが今日エメの元に来なかった理由に気付きがっかりした。
(なんだ、私に飽きたわけじゃなかったんだ)
溜息を吐いたエメに宰相はピクリッと肩を揺らした。
エメが顔を上げると彼は眉を顰めたまま何か言いたそうに此方を見下ろしている。
エメは意味が分からず首を傾げた。
一方、この国の宰相を務めるマッシュは初めてまともに関わる人間と、どうやって接したらいいのか分からず困っていた。そして近くで改めて見るとエメはやはり美しい男であった。魔族が狼狽る程のハンサム具合である。
エメにしてみたら大して役に立たぬ美貌であるが。
(困りましたね。なんと説明したら良いのでしょう?この様子だと彼もそろそろ魔王様の相手をする事に限界を感じているのではないだろうか?)
実はそんな事もない。
エメは全くアルカダと居るのが苦痛では無かった。
寧ろコロコロと表情が変わるあの男を、面白いとすら思っていた。エメにとってアルカダは今のところ自制が効かぬ三歳児である。
しかし、相手は魔王。
エメは決して油断していない。
アルカダの気まぐれでエメの今後が簡単に決定してしまうのもまた事実なのである。
「宰相さま?そんなに睨んだらエメ様がお困りになっちゃいますよ?」
いつまでも見つめ合っている二人に、メープルが焦れて声をかけた。エメは少し考え、そういえば自分は彼等に快く思われていない事を思い出し、先手を打つ事にした。
「私と遊びたいから朝儀に出ないと仰っている?」
「・・・・・・・・・・・・・・・正解です」
マッシュは仕事をしないアルカダをエメにどうにかして欲しいのだ。人間のエメに助けを求めなくてはならない程追い詰められているらしい。
(取り敢えず、周りからじわじわ攻略して行こう!)
アルカダがまだ自分に関心を向けている事を知ったエメは別のプランへ移行する事にきめたのだった。
*****◆*****◆*****◆*****
「いーやーだー!私はエメの所に行く!!お前私の代わりに朝儀に参加して来い!」
『え〜マジっすかぁ?俺聖女にキッスされないと呪いが解けないので鏡から人に戻れないっス!無理ッス!』
アルカダは荒れていた。
今日はエメを連れて、見た事が無いという深緑の湖に案内する気満々だったアルカダは、大事な朝儀の日程を忘れていた自分を棚に上げて駄々をこねていた。
いい大人の魔人が床に寝転んで駄々をこねていた。
これには流石の臣下達もドン引きした。
「わぁ・・・エライもん見たわぁ〜」
どんなに美しくともイケメンだとしても、この姿を見たら百年の恋心もたちまち醒める。
そして間違いなくドン引きする。
「魔王様、最後の決定は貴方様本人の承認と血判が必要です。それだけでいいのですよ?」
「そんなもの!そんなに私の血が必要なら持っていけばいい!バケツを持って来い!!」
「「「そういう事ではありません!!」」」
今日はデリタ国内全土から様々な手続きの許可を求めてこの国を支えている各地の魔族が集まっている。
流石にエメと遊びたいからという理由で魔王を欠席させる訳にはいかない。臣下達は物分かりの悪いアルカダに頭を抱えた。
「アルカダ様?そんな所に寝転がってどうされたのです?」
その時、彼等の背後から柔らかい声がかけられた。
彼等が振り向くと、そこには長身のイケメンと見慣れた顔色の宰相が立っていた。
「いや?新しい絨毯が少し気になってな?気にするな」
すると、先程まで床に這いつくばって朝廷の出席を拒否していたアルカダは、いつの間にか立ち上がり髪をかき上げながら決めポーズでエメに返事を返して来た。
「それよりもなんだ?エメ自ら私に会いに来るとは珍しいな?朝一番に私の美貌を拝めなかったのが、それ程に辛かったのか?」
どういう理屈でそんな考えに至るのか?
臣下達は心底疑問に思った。
そして、そんな事よくシラフで言えるものだとある意味感心した。あと、折角エメを口説くのなら"美貌"の部分を訂正して言い直せ!と心の中で駄目出しをした。
「はい。今日は大事な朝儀が行われるとか?」
エメがそれを口にした途端魔王のテンションがあからさまに下がった。明らかにエメに指摘される事を嫌がっている。
(まずい!ここでエメ様が魔王様を叱ればきっと魔王様は益々拗ねてしまう!)
彼等は焦った。
しかし、それでも笑顔を崩さないイケメンのエメに、何も言えず彼の言葉を待った。
「それがどうした?お前になんの関係が?」
「私も、朝儀に参加してもいいでしょうか?」
「「「え!?」」」
エメは一応アルカダの妃として此方に招かれている。
しかし、まだ正式な婚姻の儀を済ませているわけではない。
今はまだ婚約者という立場である。
そんなエメを朝儀に連れて行けばその場を混乱させてしまう可能性がある。
(一体何が目的だ?)
彼等はエメを警戒した。
「ぜひ魔王様が朝儀に参加されている所を拝見させて頂きたいです。この国を牛耳るアルカダ様の半期に一度の大事な朝儀。そんな大事な決裁をお勤めになるアルカダ様のお姿はさぞ立派なのでしょう?」
いや、違った。
彼は味方だった。
「そ、それはそうだろう?半期に一度の・・・」
「普段は見る事が出来ない魔王様の素敵なお姿、遠くからで良いのです。今後の参考として、ぜひ見学させて頂けませんか?」
「・・・そうか、そこまで。お前は、更なる高みを目指し私の持ちうる美を習得したいという訳だな!?素晴らしい!」
『ブフゥ〜!!』
側にいた臣下の一人が素早い動きで耐えかねて吹き出した鏡を布で隠したが、なにやら感動で震えているアルカダの耳にそれは届かなかった。
「お前がそこまで乞い願うのならお前を朝儀に参加させてやろう!!勿論!特等席でな!!」
「え"?」
その日魔王は謎の超絶ハンサムを自分の隣に座らせると今まで見せた事もないような晴れやかな笑顔で朝儀に参加した。
血判押すたびにチラチラと隣の青年に視線を向けている様は言いつけを守る事が出来た子供が褒めて貰うのを強請る姿そのものだった。
(なんか、思っていたのと違う。予想以上に大事になった)
エメは少し後悔したが、しょうがないので朝儀の間中ずっと自分の役割を淡々とこなしていった。
「流石アルカダ様。潔いご決断です。私には到底真似できません」
「ハハハ!まぁそう卑屈になるな!真実ではあるがな!」
高笑いしながら着々と血判を押して行く魔王の姿に、この国の重役達は目を疑った。
そして、その日を境に新たな噂がデリタ国内全土に広まることになる。
"魔王は人間の美青年を好む変態である"
魔王の評判よりも仕事を効率よくこなす方を選んだ結果、歴史上稀に見る汚点を残す結果になった臣下達は、それでも満足していた。
(((変態は間違ってないしな)))
訂正する気も更々なかった。