悪いことばかりでもない
"速報!アルカダ王が人間の男を妃に!相手は絶世の美丈夫か!?"
今朝の見出しはこんな感じだった。
自分達が企んだ事とはいえ、見事に当てが外れた臣下達は戦意を喪失していた。
「あ〜人間め。滅ぼしてやろうか」
「ちょっとやめて下さいよ?洒落になりませんから、ラブ&ピースで行きましょうよ」
そう言ってみたものの、これからまた自分が大好きでしょうがない魔王様の"俺を構ってくれ"攻撃が始まるかと思うと真面目に仕事する気になどなれない臣下達である。
「せめて恋人でも作ってくれれば、俺達も魔王様からやっと解放されると思ったのに・・・」
王アルカダは自分が大好きナルシスト野郎である。
それだけならまぁいい。
一人でうっとりしながら鏡を見ているだけなら気持ち悪いが構わない。しかし、アルカダは人に持ち上げて欲しいタイプのナルシストだった。その欲求を満たす為ならば、どんな重要な案件を審議中でもお構い無しで中断させる。
滅茶苦茶タチが悪く、迷惑なヤツである。
「あー・・・喜び損だった・・・俺もうこの仕事辞めようかな」
「いや、他に仕事なんてあるか?お前肉体労働苦手だろ?」
臣下の一人がすかさず突っ込みを入れ、思いとどまらせようと試みた。これ以上働き手を失ってしまえば本当にこの国は崩壊すると思う。
冗談ではなく、これ本気である。
「引き止めようとしても無駄だ。俺もいつまでも馬鹿じゃない。ここでしか仕事がないなんて嘘に騙されやしない」
「そういえば〜今日はなんだか静かです〜?おかしいですね?」
その言葉に皆はハタッと我に返った。
確かにいつもなら今頃かまってちゃん魔王様にどうでもいい用事で呼び出されてもおかしくない。
しかし、今日はまだ一度も臣下達は呼び出されていなかった。
「なんだって!まさか、戦争でも起こるのか!」
「いや、落ち着けよ。そういえばお妃様・・・え〜と?エメ様だっけか?あの方は何処に?」
「ああ?彼は一応お妃様用に準備されていた離宮に居られる。そういえば、お妃付きにしたシロップとメープルが戻って来ないなぁ?」
シロップとメープルとは召使の獣人である。
身長は人間の女性よりやや小ぶりで耳と尻尾が生えている。
こちらに嫁いでくる人間の女性のお世話をするには丁度よく見た目も幼く可愛らしいので相手を怖がらせる心配もない。
「まさか、実は獣が苦手だったとかじゃねぇよな?アイツらに怪我させたら許さねぇぞ?」
同じ獣人の男は牙を剥き離宮の方を睨んだ。
そんな彼を宰相の魔人は冷ややかに睨んでいる。
この二人実は少し折り合いが悪い。
「心配ならぁ〜みんなで様子を見に行ってみましょうか?私達エメ様の事全く知りませんしぃ?」
仲裁役である女性がそう提案すると皆一斉に立ち上がった。
何故か皆、薄ら頬を染めている。
彼女は心の中でこう思った「本当に単純で扱い易い奴等だな?」と。
魔族の国の女性は基本積極的で気が強い魔人が多くをしめており、お淑やかで男性を立ててくれる者はレアであり、そんな女性は男性から人気が高い。競争率が高いのである。
そんな理由もあり、この国の魔王アルカダは女性に全くなびかなかった。誰も自分を立ててくれないからである。
稀にそんな女性に出会えても、ただでさえ勘違いを拗らせているナルシスト野郎を益々悪化させようとする馬鹿はいない。我慢出来なくなって去るか、愛情が冷めるだけである。
そんなこんなで臣下達は仲良くエメの離宮へ向かい出した。
すると途中でエメに付いていた筈のお付きの一人シロップがお茶らしきものを運んでいる所を発見し彼等は彼女に声をかけた。
「こんな所で何をしているんだ?お前はエメ様付きだろう?」
同じ獣人の男が話しかけると彼女はふんわりと笑いながら信じられない事を口にした。
「実は今朝、魔王様自らエメ様を迎えに来られて、今お二人仲良くお話ししておられます!私はお茶をお入れしてお持ちしようかと・・・」
「「「え!?」」」
今朝と聞き皆一斉に街に立っている時計台を見た。
現在の時刻は昼の刻。
もう直ぐ昼食の時間になろうとしていた。
「あ、あり得ない」
事情を知らない者ならば「何が?」と尋ねた場面だろう。
シロップの言ったことが真実であれば彼等の魔王は朝から今の時間までエメとずっと一緒にいた事になる。
実は今まで、アルカダと一時間会話が保った者は、ここにいる臣下達以外誰一人としていないのだ。
「ま、まさかエメ様は耳が聞こえないとか?」
「いや、魔王に嫁がなければいけないショックで精神が病んでいるのかも・・・つまり、まともな精神状態では、ないのか?」
「あ〜それは、ありえますねぇ?」
散々な言い様である。
しかし、それぐらい有り得ない事態であった。
彼等はシロップに口止めすると、そのままアルカダの普段過ごしている庭の木の木陰に身を潜め、庭で向かい合って座っている二人の様子を伺った。
「何故皆もっと自分を磨こうと努力しないのだろうな?美とは、ただ持って生まれただけで満足してはならないのだぞ?常日頃の努力!それがあってこそ更に輝きを際立たせる事が出来るのだ!」
「成る程?筋肉を愛でるのと同じ要領ですね?それなら私も聞いた事があります。彼等も自分の心と体に向き合い日々会話するとか?それにより筋肉もそれに応えより良いコンディションを保てるのだとか?中々常人には出来る事ではございません。流石魔族の王ですね?」
「だろう!そうだろう?!私は凄いのだぞ!この肌を見よ!十代の頃となんら変わらない、このハリを!!」
エメは差し出された頬をツンツンすると自分の肌も同じ様に触りにっこり微笑んだ。
「本当に。魔王様の肌は赤ちゃんみたいにぷりぷりですね?素晴らしいです」
「ふ、ふふふふふ!!そうだろう!そうだろう!!」
奥から聞いた事もない嬉しそうなアルカダの高笑いが聞こえて来る。
それを聞いた臣下達は。
一斉に王宮に向かって走り出した!!
「宰相!各領地からの再生案どの程度了承済みで?」
「私の所にある物は全て魔王様の判子待ちです!そちらは?」
「全部チェック済み〜!今日呼び出しがなければ新しい施設建設費の概算チェックに取り掛かれるよ〜!」
「おっしゃあ!!俺は治安部隊とちょっくら外行って来るわ!いつ気が変わるか分かんねぇ、皆気を抜くんじゃねぇぞ!」
「「「ラジャ!」」」
その無駄の無い統率の取れた動きは、下らない我儘で政務の邪魔ばかりして来る阿呆な主人の下で長年仕えて来た忍耐強い臣下達の為せる技であった。
彼等の心は皆同じ思いだった。
"こんなチャンス二度とない!頼む!どうか夕方までその馬鹿を繋いでいて欲しい!"
神に縋る願いであった。
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シロップとメープルは鬱々とした気分でこれから自分達が仕える人間の元へ向かっていた。
獣人は主に力仕事を任される。
しかし、中には生まれつき体が弱く身体も上手く育たない者もいた。
そんな者達は昔ひっそり人間に密猟され見世物にされていたと彼女達は聞いている。
彼女達はそんな獣人の一人でもあった。
二人はすでに成人している年齢でありながら体は子供程度までしか育たず、市井では暮らしていけず人出不足だと噂されていた王宮に玉砕覚悟でやって来た。
結果は、まさかの即決採用であった。
アルカダの気を逸らす、その為なら彼等はなんでも受け入れた。
闇は大分深いようである。
そんな二人は、しかしアルカダの興味を引く事はなかった。
1時間でアルカダは飽きてしまったのだ。
それでも二人は何故か官吏達に泣いて喜ばれた。
しかし、他に出来る仕事もなかった為、今日から人間の世話係に任命される事になったのだ。
「間違いで男の人が来たって言ってたけど・・・大丈夫かなぁ?私達可愛いから酷いことされるかも・・・」
「その時は護衛団長様に助けて貰おう!とにかく、間違って噛み付いたりしたら駄目だからな?」
二人は内心震えながら、王妃用の部屋のドアをノックした。
中から「どうぞ」と優しい声が聞こえ、恐る恐る二人はドアの扉を開ける。
「本日から王妃様の身の回りのお世話をさせて頂きます。シロップとメープルと申します。どうぞ、お見知り置きを」
二人が下げていた頭を上げ正面を見る。
するとそこには・・・ー。
「聞いてます、私はエメ。こんな可愛らしい方々に毎日お世話してもらえるなんて、私は幸せ者ですね?」
((にゃはーーーーー!?めっちゃイケメェーン!!))
二人は同時にアヘ顔になった。
エメが立ち上がりゆっくりと此方へやって来る。
みた事もない美しい男に二人は興奮した。
『ちょっ!人間って皆あんなに顔面のスペックが高いの!?』
『え?こっち見てるよ?こっちに来る!イケメンがこっちに向かって歩いて来るよ!?』
二人の尻尾は先程から物凄い勢いで左右に動いている。
止めたいが止まらない、これも魔獣人の性である。
「私は人間国から一度も出た事がないのです。ですから、此方のことは分からない事が多い。どうか、私に色々教えて欲しい」
「「ふ、ふぁい!」」
すぐ目の前で美しい男が自分達を見つめている。
年頃の彼女達は、腰が抜けそうになった。
メープルに関しては興奮し過ぎて逆に襲いかかりそうな勢いである。
「どうしたの二人共?なんだか、様子が・・・」
エメが二人の様子がおかしい事に気がつき手を伸ばしたその時、部屋のドアが再び先程とは比べものにならない勢いで開け放たれた。
「エメ!!私自らわざわざお前を迎えに来てやったぞ!有難く思うがいい!!」
アルカダは扉を開いたままのポーズで三人を見下ろし、エメの前で頬を染めている二人を確認し、アルカダをキョトンと見上げているエメをしっかり確認してから、一呼吸置いて言い放った!
「まぁ、私の方がお前よりもいい男だがな!!」
この男、自分と会った時とエメに対する二人の反応が違った事にどうやら目敏く気付いたらしい。
ここでも意味を為さない負けず嫌いが発動した。
シロップとメープルはどうしようかと会ったばかりのエメに助けを求めた。
エメは、ニッコリ笑って正解を言い当てた。
「はい。アルカダ様今日の方が昨日よりも肌が潤っておられますね?」
「っっっっっ!!分かるか!お前、出来るな!?」
いや、何がだよ。
二人は自分が仕えるのがエメになった事に心底安堵した。




