思ってたのと違う
ドナドナドーナードーナードーナ〜・・・。
そこは人間と魔族が共存する世界。
彼女は悲しげなメロディを口ずさみながら煌びやかな装飾の馬車の小窓から外を眺めていた。
この日、彼女は自分の国の王女の身代わりとして隣国に嫁ぐため馬車に揺られていた。
(どうして、こんな事になったんだろう・・・)
彼女の名はエメ
公爵家の長女で歳は23歳。
下の妹達は皆すでに結婚し嫁いでいた。
つまりエメは厄介払いされたのだ。
銀色の美しい髪を揺らしながら彼女は、ほぅと溜息を吐いた。そんな彼女の姿を見かけた通行人達は頬を染めうっとりしながら呟いた。
「アハァン・・・素敵ぃ・・・」
桃色吐息の行列は馬車が通る場所に繋がった。
この違和感の謎は彼女が今から嫁ぐ先で明らかになるのである。
***************
カーンカーンケーン・・・
魔族の国デリタでは、人間が此方の国に入国すると、それを知らせる鐘が鳴る。
この国の王アルカダは、その音を聞くと立ち上がった。
「やっと来たか。ノロマめ」
彼は吐き捨てる様に呟くと鏡の前に立ち鏡に話しかけた。
「問題ないな?今日も私は美しい」
すると鏡から軽快な声が返ってくる。
『いや〜本当に今日もアルカダ様は完璧っスねぇ〜惚れ惚れしちゃいます!よっ!魔王の中の魔王!!』
「当然だな?待ちくたびれて少し寝てしまったから顔に少し痕がついてしまったではないか。全く!」
すると、アルカダの側で控えていた側近がすかさず胸元からコンパクトを取り出して魔王の顔をパフパフと整え始めた。
手際の良い側近にアルカダは満足そうに微笑んだ。
「うむ!では私の花嫁に会いに行くとするか」
側近は軽快に歩く王の背中を眺めながら、相手の女性を不憫に思った。
(今回は何日保つでしょうか?)
実はこの王、今まで何度も魔族の女性を娶ろうとして失敗している。
今回人間国から女性を娶る事態になったのも、それが原因であった。
(魔族の女は皆、我慢強くないですからね。彼方の書物によれば人間の女性はどんな境遇に置いても耐え忍ぶ忍耐力があるようですし、なんとかお世継ぎを産んでくれたら後はどうとでもなるでしょう)
偏見である。
そんなものは人間だろうが魔族だろうが関係ない。
しかし、彼等は藁をもすがる思いで人間国の王と交渉した。
その結果、相手の国は王女は無理だが貴族の娘ならばと承諾した。臣下達はそれを知り、涙を流して喜んだ。
「これで魔王様のお相手を探さなくてもよくなったぞ!」
「やっとまともな仕事が出来る!わーい!」
大袈裟ではなく号泣した。
彼等は自分達の王の所為で、まともな政務が出来なかった。
それから今日解放されるのだ。
「なんだ大袈裟な。たかだか人間一人娶るくらいで騒ぎ立てるな。奴等の中にも未だに我等魔族が人間を侵略するのではなどと心配している者がいるからな?まぁ不可能ではないが、コレは私なりの相手に対する気遣いだ」
嘘つくな!実は薄々焦っていた癖に!
近くにいた臣下や使用人は心の中で同時に叫んだ。
この魔宮殿。魔王以外皆、息ピッタリである。
皆、この時点では、なんなら【身代わり令嬢はイケメンでナルシストの魔王様に溺愛される〜】というタイトルの薄い本が出来上がる展開を期待していた。
しかし、そんな期待を他所に、事態はおかしな展開を迎えるのである。
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「隣国ベアリーズから参りましたエメと申します」
「・・・うむ、遠路遥々ご苦労」
アルカダはやって来た人間を快く迎え入れた。
エメは、被っていたベールを畳み頭を下げた。
「労いのお言葉勿体のうございます」
しかしベールを外したエメの姿を見た者達は呆然とエメを見た。
アルカダは、エメの姿を確認すると突然座っていた椅子から立ち上がり足元の階段を降りてエメの前まで来ると、上からエメを見下ろした。
そして、何故か顎に手を置きながらグルグルとエメの周囲を回り出した。意味不明な行動である。
一方エメは今までにない、新しい反応を新鮮に感じ、黙ってアルカダの言葉を待った。
そうして、ひとしきり回り終えた魔王はピタリと動きを止めると再びエメを見下ろし、決めゼリスを言い放った。
「私の方がイケメンだ!!」
あ。こいつ、ナルシストだな?
エメは魔族の王アルカダの事を瞬時に理解した。
そして周りの臣下の様子から自分が快く迎えられていないことも理解した。
「そうですね?貴方の方がイケメンだと思います」
「そうだろう!?なんだ、お前分かっているではないか!で?私の花嫁は何処だ?」
(成る程、現実逃避か)
エメはパターンCだな?と、理解した。
彼女の中で、この展開は想定済みである。
「申し訳ございませんが貴方の目の前にいるのが花嫁でございます」
「は?目の前とは?」
アルカダは前にいるエメの辺りを何度も確認した。
そういえば随分と綺麗な格好をした従者である。
まるで目の前の彼が花婿では?と思われる格好だ。
その衣装は上下白のタキシードに美しい刺繍が施されていた。そして彼は何故かここに来る時、白の長いベールを被っていた。実に紛らわしい姿であるとアルカダは思った。
「ア、アルカダ様。その方が、その・・・貴方の花嫁でございます」
側近が言いにくそうにアルカダに声を掛けてくる。
いつまでも理解しない王を見かねてであろう。
アルカダは意味が分からず首を傾げた。
そしてもう一度、目の前の美しい青年を見下ろした。
プラチナの短い髪に白い肌、瞳の色は空色で青が透き通っている。切れ長の目元に通った鼻筋、白のタキシードを着こなしている姿はどこから見ても美青年である。
アルカダは無意識に両手を前に出した。
その掌は両手ともエメの胸元に向かっている。
次の瞬間、魔王は強烈なボディブローをお見舞いされた。
「ぐほぉおおおおお!!」
「「「ア、アルカダ様ぁああああああ!!」」」
お見舞いした本人はハッと我に返り、慌てて胸に手を当て無礼を謝罪した。
「も、申し訳ございません!つい癖で!よく同じ様な確認のされ方をされそうになるものですから。申し訳ございません」
アルカダはいきなり腹パンされ憤りを感じたが、こんな事で魔族の王が動じたなどと思われては癪だったので、なんとか堪えた。そして、心を落ち着かせエメに尋ねた。
「お前が、隣国からやって来た私の花嫁だと?」
「はい。他の者は皆嫁いでいた為、私が参りました」
それを聞きアルカダは大きな勘違いをした。
「もしや、種族が違うと性別も関係ないと勘違いしているのか?人間は・・・やはり阿呆ばかりだな」
至って真剣なアルカダの結論に、その場は鎮まり返った。
そしてエメは説明するのもはばかれ、沈黙した。
「まぁ、最初から人間などに期待はしていなかった。私は器がデカいからな?しょうがない、お前をそのまま引き取ってやろう」
望んだ花嫁ではなかったのに、怒る事もなくエメを受け入れた魔王にエメは内心驚いた。
しかし、彼女がこの時抱いた気持ちは「なんて心の広い魔族なんだろう?素敵!」という、トキメキ展開ではなく「こいつもしや本物の馬鹿なのかな?そこは普通に憤るところだろ?」という極めて現実的かつ辛辣な意見であった。
しかし、魔王は予想を遥かに上回って来た。
「お前は私ほどではないが美しい!話が合いそうだ!同じ顔ばかりで丁度退屈だったのだ、お前は私の話し相手になってもらおう」
「アルカダ様!しかし・・・」
魔王は元々人間の花嫁に大して期待などしていなかった。
しかし、エメのハンサム具合がどうもお気に召したらしい。生き生きとした顔で言われ、エメは思わず周りの臣下達に視線をやった。皆、苦虫を噛み潰したような顔である。
絶対に、納得していない。
(ここで誤解を解いておかないと後々面倒くさそうだ)
だが、エメが誤解を解こうと顔を上げると魔王は清々しい顔でエメが知らなかった真実を告げた。
「実際、花嫁を娶ると子が出来るまで離宮に閉じ込められてしまうからな?相手が人間だと身体の作りも違うであろう?同じ魔族の女でも嫌がる風習だからな?説明が面倒だったから丁度良かった」
エメはそれを知り、開けようとしていた口を閉じた。
悟られぬ速さで閉じた。
そして、エメの今後の方針が、この瞬間決定した。
「そうなのですね?こちらの不手際ですのに身に余る心遣い感謝致します。もし、他の方を娶られる時は我等の国の事はどうかお気になされませぬよう。その方を正妻に据えて下さいませ」
「ふん?それもそうだな?まぁしかし、形式上しばらくはお前が正妻という事になるであろうな。人間の手違いだ、他の者もそれ程気にはしまい」
(実は私、正真正銘女なんです)
エメはその言葉を相殺した。
彼女エメは公爵家の長女として生まれ父親似のハンサムフェイスで数々の女性を虜にして来た。
先に伝えておくが別に彼女は何もしていない。
ただ、そこに佇んでいる。それだけで女性達は悶絶した。
勿論その時の格好は他の女性達と同様ドレス姿である。
エメは、彼方で暮らしていた頃、ちゃんと淑女らしくお淑やかで髪も長くドレスを着て過ごしていた。
それが今、何故こんな姿で魔王に嫁ぐ事になったのかというと、エメが嫁ぐ事を知ったエメの熱狂的なファン達の妨害に遭ったのである。
「わ、私達のエメ様が・・・麗しのエメ様が、男に汚される!?あり得ませんわ!!」
エメが隣国に嫁ぐという報せは瞬く間に街中に広がり、それを阻止しようとエメのファンが一斉に押し掛けて来た。
その騒動で髪を誤って切られ、今日の為に用意されたドレスは全て駄目にされた。
余りの暴動にエメの父親も国王も後半は手段を選ばなくなった。髪を切った事をいいことにエメを男装させ、コッソリ国から出したのである。
その頃には国王でさえ手に余る騒ぎになっていたのだ。
エメは、こんな姿に産んだ母を恨んだ。
(私は平和に、穏やかに暮らしたい。このまま男だという事にして簡単な仕事を貰って、穏やかな老後を迎えよう!)
平穏。
エメにとってそれは、憧れ。
その為ならば彼女はきっとなんでも出来る気がした。
「はい。では、改めまして今日から宜しくお願い致します」
「うむ!大いに励め!」
笑顔の二人に周囲の者達は絶望感に白目を剥いた。
この日、魔族の国に人間の男が嫁いで来た事は後々ビックニュースとして国中に広まった。
そんな事知る由もないエメは、こうして、この日から性別を偽る生活を始める事になったのであった。
この物語は嫁いだ先で平穏無事に過ごす為、男装して過ごす羽目になった人間のお嬢様エメと、自分大好きおとぼけ魔族の王様の王道ラブコメディ・・・になる予定である!