永田町の安ランチは豚カツ、唐揚げ、ハンバーグから選べてご飯と味噌汁付
28歳になる鬼土川栄太はワンコインランチが美味しい定食屋「ワンコイン食堂」で恋人の中田恵美子と昼食を共にしていた。栄太はオールバック風にまとめたツーブロックの髪に丁寧に刈り揃ったあご髭と丸ぶちの眼鏡をしている。恵美子は地味なOL風を装っていたが、整った顔立ちや佇まいから育ちの良さや知性が垣間見られた。
「ところでさ、ウズメ=ネギってマイチューバー知ってる?ズズズ」味噌汁をすすりながら栄太が尋ねる。
「マイチューブってあんまり観ないからわかんないな〜。栄太は好きなの?」恵美子は急いで口の中のものを飲み込み答えた。背筋が通った姿勢に美しく左手に握られた箸はどこか武道の作法を思わせた。
「同僚に教えられたんだ。政治系のマイチューバー。これだけなら珍しくないんだけどチャンネル登録数の伸びがハンパないらしい。始めて1ヶ月で10万人を超えて、今3ヶ月目で50万人の登録者がいるらしい。政治系の中では異例の伸びだ。」
「そうなんだー。すごいのかどうかもよくわからないけど、結構な人数だね。その人の動画観てみたの?」
「いっぱい出してたからその中の1, 2本を見てみた。名前がふざけてる割に内容はまともだよ。あんまり過激なことしてる風でもない。でもほとんどの人は内容ってより見た目に魅了されて観てるんだと思う。」
「そんなかわいい?それともかっこいい?人なの?」
「それが男か女かよくわからないんだ。身長は180cm前後くらい。スタイルがよくて中性的な見た目をしてる。妖しげな整った顔をしてて老若男女問わず人を惹きつけるんだと思う。」
「ふーん。あんまり人の容姿とか気にしない栄太が言うんだから相当魅力的なんだね。」
「それは恵美子の勘違いだよ。俺面食いだし。だから恵美子と付き合ってんの。」
「そんなこと言っても昼奢ったりしないから。」恵美子は満更でもない様子だった。
「本題なんだけど、そのネギってのが選挙をやるって言い始めたんだ。オンラインのみの非公式公認選挙ってうたってる。しかも匿名、顔出しなしで立候補できるらしい。」
「国家公務員法第102条 の2。 職員は、公選による公職の候補者となることができない。その3。 職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。もちろん知ってるよね?私達は選挙の候補者にはなれないんだよ。栄太もしかして悪いことしようとしてる?」
「恵美子は察しがいい。いやよすぎるな...。確かにバレたら法に抵触するかもな。でも日本を変えたいって思って入省したはいいけどやることは書類仕事に議員のお守りばかりだ。仕事を辞めて普通の選挙に立候補しても後ろ盾がない俺なんかじゃ市議会議員や県議会議委員がいいところ。しかも落ちたら無職。法律を変えるのは与党だからといって長い物に巻かれても俺の意見なんか通らないだろうし、今は二世議員か芸能人上がりじゃなければ名前も覚えてもらえない。それなら少なからずリスクはあるけど、この非公式公認選挙で自分の実力を試してみたいって思ったんだ....恵美子は反対?」
「...ううん。反対なんて言ってないよ。栄太はやりたいことやりなよ。私は栄太がクビになってもいいように地味に働き続けてあげるから。」恵美子からにじみ出ているのは母性かそれとも男をダメにする甘やかしの魔法か。今まであまりいい恋愛をしていないことが察せられた。
「ありがとう、恵美子。」栄太は少し照れ臭そうに言い、ご飯の最後の一口をかき込むのだった。