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2、初ダンジョン潜入

「ここまでは連中も追っては来れないでしょう」


 美保が言う。俺は老朽化した家屋の中で天井を眺めていた。美保の所有するダンジョン『ゴブリンの森』のスタート地点の宿屋である。どうやら、俺は本当にダンジョンの近くまで来てしまったらしい。


「冒険者はダンジョンの所有権限がある者もいます。私もその一人なわけですが。何かあったら、このダンジョンに逃げ込みます。ダンジョンは私の実家の地下につながっていますのでご心配なく」


「君はただの自衛隊員じゃないな。こんな能力を持っているなんて、高位の冒険者じゃ」


「高位? まあレベル40程度ですが、自衛隊も防衛省もダンジョン経営は子供の遊びだと笑っていますけど、私は真剣です。このままレベル100まで鍛え上げて、難関ダンジョンクリアを目指したいと考えています。頭でっかちのお偉方のことは無視しましょう。神城さん、私と共にダンジョンクリアを目指してください。東京での居住区は確保致します」


「わ、分かったよ。君が本気だってことは分かった。けど、俺も初心者なんだ。最初は優しく教えてくれよ?」


「もちろんですとも。我々・公務員は国民の(しもべ)。こう見えても、私の指導はゆるゆるですよ?」


 美保がウィンクしてきた。真面目な性格かと思いきや、お茶目な性格らしい。少し、近寄りがたさを感じていたが、これで大丈夫かな?


東京都。とある高級住宅街。『赤木』の表札がかかった和風のお屋敷は俺みたいな庶民には足を踏み入れたことのない年季(ねんき)(ただよ)っている。


「学園の追っ手は来れないでしょう。この一帯は我が赤木家の領分。不審者が来れば、すぐに通報があります」


「赤木さんはお嬢様なの?」


「はい、恥ずかしながらそうですよ。幼少期から舞踊、琴、弓道、茶道、華道、ピアノ……数えきれないくらいの習い事をさせられてきました。それでも私は父の志を継ぎたくて、自衛官を志望しました。モンスターからこの国を守る。この国をダンジョンの脅威から守ると……」


 美保が悲しそうな顔をする。まあ彼女には彼女なりの苦労があるのだろう。この国を、と連発してるからもしかしてソッチ系の人? と言いたくなる。あんまり思想的に偏りがあるのは勘弁して欲しい。俺は純粋にダンジョンを冒険したい。


「美保さん、お帰りなさい」

「お義姉様、いらしたんですか」


 振り向くと犬……ブルドッグを散歩中の清楚系美人がそこにいた。


「名古屋に出張だって言うのに、随分早く帰ってきたんですね。お夕食は渋谷(しぶたに)さんが作ってくださっていますよ。もうできるんじゃないかしらってあら、あらあらあら。彼氏さん?」


 おっとり美人が高い声を出した。美保が首を振る。


「いえ、上司ですよ。今度防衛省の役人からうちの課に配属された課長ですよ。ねえ、神城課長?」


 話を合わせろとばかりに美保が俺の袖口を少し引っ張る。全くもう、調子のよい娘だ。


「あ、ああ。そうだね。赤木一等陸曹の上司の神城です。今晩は彼女の計画したダンジョン攻略についての相談をしようと思いまして、お家に伺いました」


「そう……ですか。赤木の家に嫁いで間のない私ですが、お国の大事に携わっておられる重責(じゅうせき)。お察し致します。ささ、奥へ。当家の使用人の渋谷(しぶたに)は三ツ星高級ホテルのシェフでした。彼の作る料理がきっとお口に合うモノと思っておりますわ」


 美人が柔和な笑みを見せて、俺に話しかけてくる。あーあ、いつの間にか、防衛省の役人にされちゃったよ。どうするんだ、コレ。














「遅かったではありませぬか、主上。しかし、この味噌汁は格別でございますな」


「待たせたわね。ゴズ。さあ、私たちもいただきましょうか」


 低い低音ボイスに牛の顔を持った獣人がこちらを凝視している。見ると目を細める。愛想笑いのつもりなのか。怖いよ。


眷属(けんぞく)のゴズです。彼を使役、もといチームを組んでいるんです。経験豊富でダンジョンのことであれば、詳しいですよ」


 眷属か。俺も昔、憧れたな。強いモンスターを使役できるんだっけ。『魔物使い』って職業は百を超えるモンスターを使役できるという。


 でもそれはダンジョン内部の話のはず。ここはダンジョンじゃない。一体どうやって。


「ダンジョンの熱暴走。そう言われているわねえ」


 落ち着いた女性の声がした。二十後半に見える女性が俺の向かいの席に座る。


薫子(かおるこ)叔母様、よくご存じですね」

「私も水戸原学生ОBよ。それに今は公安警察の赤木光孝次長の妻でもある。知らない方が不自然じゃくて?」


 意地悪気に女が美保に言い返す。二十後半と思ったが、どうも三十後半か。四十歳を過ぎている感じだな。見た感じは若々しい。


「私は主上にも他の人間にも危害は加えませんよ。主上に危害を加える人間には容赦しませんが」


 味噌汁をすする牛の獣人がシュールだ。何これ笑うとこ?


「ダンジョン空間に歪みが生じ、冒険者の使役するモンスターが現実に存在できるようになっている現象のことよ。これをダンジョンの熱暴走と公安では呼称しているわ。一部週刊誌やネットメディアでも取り沙汰されているわね。まあそれが可能なのはこのゴズ君を見れば、分かるけどね」


「私にも原理は分からないのですよ。ただ主上に強く望まれた、そう感じています」


 ゴズはうんうんと頷いている。美保も随分と慕われているな。


「叔母様、それくらいにしておいてください。課長、食事が終わったら、私の離れにどうぞ。ダンジョンについての打ち合わせをしましょう」


「分かったよ。申し訳ありません、薫子さん。そういうことなので」


「ウフフ。私の名前を覚えてくださったのね。嬉しいわ」


 薫子が笑みを浮かべて、目の前の料理に口をつけ始めた。やれやれ、赤木家の面々はどいつもこいつもキャラが濃すぎる。胸焼けしそうだよ。













初心者向けダンジョン『ゴブリンの森』


「さて、と。ダンジョン内部は暗いのでマジックアイテムで照らしておきましょう」


 美保はアイテムを取り出すと、辺りは煌々と照らされた。俺と美保は美保の家の地下室に用意された魔方陣からこのダンジョンに来ている。これが(あこが)れのダンジョンか。俺は美保の後ろを歩く。


 美保は武装している。銀の鎧に丈夫そうな銅の盾。剣を持っていた。美保の職業は『聖戦士』。『武闘家』からレベルアップするとなれる職業らしい。


 ゴブリンが奇声を上げながら、飛びかかって来る。美保の隣に控えるゴズが右拳で撃退した。ゴブリンは弱い。すぐに消滅してしまう。


 金貨がチャリンチャリンと音を立てて、落ちる。


「5ゴールドですか。しけていますねえ」


 ゴズが渋い声でしょーもないことを言っていた。俺も同感だが、金貨は換金できるんだ。何せ、純金だしな。これで俺も大金持ちの仲間入りか。冒険者は節税対策で法人化している連中も多い。よっぽど、儲かるんだろう。それでも、冒険者へのリスクはある。行方不明者もいるのだ。安心安全とは言い難い。


「さあ、神城さんもゴブリン退治を」

「分かってるって」


 俺は美保から貸してもらっているアイテム。『スキル透視ゴーグル』をつける。手には安物の銅の剣を握った。俺の今の職業は『勇敢な村人』。なんちゅー適当な職業だ。どうもモンスターの襲来に困った村人たちの中で勇敢な若者がモンスター退治のためにダンジョン潜入するという設定らしい。わけわからんが、ファンタジーなんてこんなものだろう。


「ギュイ、ギュイイ?」


 対話を試みているのか知らんが、俺は剣で斬り付ける。感触はない。ゴーグル越しにゴブリンを見る。体力……HPが下がっていた。俺はゴブリンを斬り付ける。5回ほど斬り付けると消滅した。


 目の前にはドロップした金貨が置かれている。俺は金貨を引っ掴むと、美保から借りている皮の鞄に入れた。


「モンスター退治はこんなところです。ガンガンいきましょう」


 美保の元気のいいかけ声に俺は頷いて見せた。ガキの頃から夢だったダンジョン攻略だ。気合いを入れて行くぜ!


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