1、美人女性自衛官の誘い
俺の名は神城幸助、三十二歳。しがない用務員だ。庭の手入れにその他雑用をこなしている俺はこの水戸原学園の用務員を二人で担当している。もう一人は六十くらいの爺さんで勤続十二年のベテランらしい。
愛知県に位置する水戸原魔術学園、十二年前に謎のモンスター騒ぎがあった時に退治に活躍したのがこの学園だ。
話が曖昧なのは俺も聞いた話だからだ。以来、この国はダンジョン冒険者って職業が生まれた。ダンジョンに身を投じ、モンスターを狩ってくるという、何ともRPGな世界が広がっている。だが、俺には関係ない。なぜなら、俺にはダンジョン探索スキルが存在しない。
勇者、魔法使い、賢者……いろいろな職業を選択できるのだが、残念なことに適正不可、つまりダンジョン冒険者から除外される人間が存在する。それが俺だ。
俺だって、ダンジョン冒険者になりたかった。だから、東京であがいた。でも、無理だったんだ。どこの神殿に行っても、鑑定結果は一般人だ。
俺はコンビニのバイトで凌ぎながら、実家暮らしを続けた。親父は会社員、お袋は専業主婦。それでも、俺は就職をしなかった。まあ、生来の口下手で企業から相手にされなかったってのもあるが。
定職にもつかず、ふらふらした自分にも嫌気がさしていた。兄貴はとっくに結婚し、大企業の管理職にまで出世。創業者一族の娘と結婚している。次期社長の有力候補だそうだ。
妹は手堅く、公務員と結婚して、今は幸せを謳歌している。
そして俺といえば、いい年をして独身でフリーター。人生終わっている。焦った俺はネットで見つけた水戸原学園の校務員職の募集に飛びついた。百人以上の応募があったのにすんなり合格をもらった俺は月給四十万という高給で水戸原に奉職することになった。
この水戸原学園の生徒たちは生き生きとしていた。毎日が輝いている。そんな感じだ。プロの冒険者だと何百億って稼げるらしいからな。ネットの動画配信で儲けてる奴もいる。あー羨ましいわ。
でも、どうせ俺には無理なんだ。どーせ適性がねーんだし。しがない用務員として、一生を終えるよ。
あ、そういや、お袋が見合い写真をスマホで送ってくれたっけ。相手は名門私立大を出たお嬢様で年齢は三十歳。現在は学園近くで銀行員をしているとのこと。どうせ釣り合いが取れず、振られることは目に見えている。はーあ。こちらから断るか。
「やっと見つけましたよ。英雄王。いえ、神城さん」
涼やかな澄んだ声が聞こえた。黒髪の美人がそこにいた。几帳面な性格なのだろうか。さらさらのショートヘア。見ていて、不快感というものがない。
「初めまして、自衛隊一等陸曹の赤木美穂です。私は自衛隊内部の対ダンジョン探索課に所属しております。神城さん、日本を、この国をダンジョンの脅威から救っていただけませんか」
敬礼した赤木さんは真剣な目で俺を見つめてきた。自衛隊? そんな馬鹿な、と思ったが彼女の腕には来客用の腕章がある。
俺は庭をいじっていた手を止めると、彼女に向かって、立ち上がる。
「何ですか、からかってんの。俺には適正はない。国の設置してる教会で診断は受けてるよ。俺には一般人という以外に何の能力も……」
「そう判断するのは早計でしょう。スキル『鑑定』」
女がニヤリと笑うと、声を上げた。俺は首を傾げる。こいつ、頭がおかしいのか……。よしっ、通報だ。
「学園警備部ですかー、自分を自衛隊員だと思い込んでいる若い女性に付きまとわれて困って……むぐぅ」
スマホを取り上げられて、右手で口を塞がれた。
「来客用の腕章が目に入りません? ああ、あとこの鏡をご覧あれ」
俺は彼女が持ってきた手鏡を強制的に見せられる。
神城幸助
スキル:なし
レベル:1
職業:用務員(なお、英雄王への素質あり)
「えっ……職業が映し出されている……」
ゲームの表示みたいに俺のステータスが表示されている。今まで夢に見た冒険者のステータス画面。どこの教会でも能無しと判断されたこの俺が……だとっ。
「神城さん、あなたは非常に成長値が高い『英雄王』候補なんです。数ある職業の中でも、ですよ。そうですねえ。トップクラスのスキル使いです。それをこの国の教会を司る連中があなたの能力鑑定をごまかした……この学園の理事長代理はご存知でしょうか?」
「ああ、藤原理事長代理には会ったよ。俺を用務員として、拾ってくれた恩人だ」
俺は藤原彩理事長代理を思い浮かべる。目の下に隈を作った陰気な美人だ。黒いローブですっぽりと頭を覆っており、ジト目で俺を見てくる。あんまり好ましい人物ではない。いつも手元には黒猫を載せており、『漆黒の魔女』との異名を持っている。
「藤原彩は我々の敵側の人間です。でも、安心して下さい。私は味方ですよ。藤原たちはダンジョンを熟成させて、この国を乗っ取るつもりなんです。そのために救世主であるあなたを無能な人間であると思い込ませている。ここは我々と手を組んで、あの人たちと手を切りませんか」
赤木一等陸曹はまっすぐこちらを見てくる。彼女が嘘をついているようには見えなかった。
「信じてくれるのなら、まずは私のダンジョンに避難をしてください」
ニイと彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、右手を振りかざした。右手の先から黒い渦のようなものが巻いている。
「ダンジョン召喚」
彼女が小さく呟くと、俺と赤木一等陸曹は黒い渦の中に取り込まれていた。