9章-(1)動く死体
強烈な衝撃と共に、俺達4人を乗せた複葉機はジヨウ高原の草原へと着陸。
複葉機が草原の上で完全に止まったことを確認し、俺とマーリカは座席から草むらの上へ降り立った。
周囲を見渡す……人や獣の気配は無し。安全そうだ。
「オッケー。セイ、降りていいわよ」
マーリカが座席の奥からのそのそはい出てくるセイを抱き上げ、草むらの上へと下ろした。
――おい、本当にここでいいのか?
「んー……異端狩りの兵が来てるってならもっと騒がしいはずなんだけど……ここは多分魔人達がいる集落から遠いのかもね……正直ソースが噂話程度だから信憑性も低いけど、ここまで来た事だし探そっか? 魔人の集落?」
俺はマーリカに頷き、エレンへ別れを告げるべく、翼をよじ登ってコクピットへと近づいた。
しかし――俺は、エレンの様子に面食らってしまった。
「うー…………」
計器類へ寄りかかり、具合悪そうに唸るエレン。
――おい、どうした?
「……あー? うぅー……」
飛行中はテンション上げまくってたくせに、地面についたとたんゾンビのように唸り、とてつもない無気力感をほとばしらせるエレン。
――おい、大丈夫かお前……?
「……ああ、これ多分魔法の反作用かもね」
あっけらかんとした、マーリカの声。
「この子、このヒコーキとかいう乗り物の動力として魔法を使ってたからね。この子の魔法の副作用はたぶん精神への負荷……魔法を使いまくった代償で、一時的に鬱状態になってんのかも」
――魔法の代償で鬱病発症してるってのか? 大丈夫かよ……
「うー……」
ゾンビのような緩慢さで、エレンがフラフラと腕を伸ばし、サムズアップしてみせた。
――いや、本当に大丈夫か……?
「……うぅ」
――おい?
「…………」
――集落まで連れて行くか?
「…………」
エレンは無言で手を挙げ、左右に振った。
手助けは不要、ということか? だが……
「オッケー。んじゃあたし達は先を急ぐから。そっちは反作用から回復したら元の街に戻っていいわよ」
無責任なほど朗らかなマーリカの声に、俺は反論しようとした。
しかし、マーリカは予想通りとばかりにニヤリと笑う。
「大丈夫だよ。この子、アンタよりも魔法の扱いには長けているみたいだから。ね?」
「うぅ、うー……」
エレンはうなり声だけでマーリカの言葉を肯定……したのだろうか?
「だってさ。んじゃ、あたし達は先を急ごうか?」
――お前、今のエレンの言ってること分かるのか?
「分からないけど? でも、あたしの発言を否定してる感じもないから、たぶんあたしの推測であってるんじゃないかな?」
「……うぅ」
エレンはコクピットからだらりと腕を出し、本日二度目で死にかけのサムズアップをしてみせた。
「まあ魔法使いにとっては、副作用による自分の体の状態は、自分が一番よく分かってるもんだしさ? ほっといても大丈夫じゃない?」
――本当に大丈夫か? こんな所に、こんな状態の奴を一人にして……
「周りに人や獣の気配もないし、仮にいたとしてもこんなわけわかんない乗り物に近づきたいとも思わないだろうしね。ま、大丈夫だと思うわよ? てか、本人もそれを分かってて置いてけって言ってるんだし?」
エレンへ目を向けると、彼女はマーリカの言葉を肯定するかのように、コクピットからまるでガッツを感じられないガッツポーズをして見せた。
……そこまで言うなら信じよう。だが。
――何かあったら、なんでもいいから俺達に伝えろ。すぐにここへ戻ってくる。
「うー……」
うめき声だけを答えとして、エレンは目を閉じ、眠りに入ってしまった。
……本当にこんな所に放置して大丈夫なのか?
「そんじゃ周辺の状況の確認といきましょうか。ついて来なさい、セイ!」
「!」
遠足でもしてるかのような気軽さで、ズンズンと草むらをかき分けて先を進む二人。
俺は何度もエレンの複葉機へ振り返りつつ、二人の後を追った。
◆◆◆
「あー。あれかも。この先真っ直ぐ行けば集落っぽいのにたどり着けるわよ」
マーリカは15メートル近い木に軽々と登り、遠くにある集落を見つけた。
――距離はどれくらいだ?
「1時間くらい歩いてれば着くんじゃないの? ま、まだ午前中だし? ゆっくり行こ?」
――なるほど。了解だ。
俺は紫に白の水玉模様という、明らかにヤバげなキノコを採取してるセイからヤバいキノコをひったくり、そのへんの草むらにポイしながら答える。
「ちょっとソウジ! なにキノコ捨ててんのよ!? 今の一切れで1000人以上死ぬ超ヤバイキノコだけど、魔法の生贄としては結構需要のあるやつなのよ!? お金になるやつよ!?」
――知らんわ! つかやっぱ見た目通り毒キノコかよ!! しかもえげつない毒持ってんじゃねえか! 素手で触っちまったぞ俺!?
そのへんの木の葉っぱやら土やらにキノコ毒をなすりつけつつ、俺達は魔人達の集落へと向かった。
◆◆◆
「だーれもいないわねー……」
魔人達の集落とおぼしき所に着いた俺達だったが。
マーリカの言った通り、周辺に人の気配は皆無。
……集落の中は雑草一つ生えていない。つい最近までしっかり手入れをしていた証拠だ。
きっとこの集落では多くの人が住んでいたはずだ。では、住人達はいったいどこへ……?
「ま、人がいないなら、それはそれで都合がいいかな? おっ邪魔しまーす」
マーリカは堂々と飲み屋らしい建物の一軒にずかずかと入っていった。
――おいコラお前まさか。
「人ん家入って宝箱やら開けまくるのは勇者ご一行様の特権でしょ? お店の売り上げ入ってる金庫とか開けまくるわよ!」
――俺達勇者じゃねえし。普通に犯罪だし。お前は盗賊だし。
「どんな犯罪でも誰も見てなきゃ犯罪にはならないっしょ!? ごちゃごちゃ言ってないでアンタも手伝いなさい! 金目のやつか金になりそうなやつかっぱらうわよ! あ、干し肉とか保存食系もあったらキャッチアップしてくからヨロシク!!」
……今起こっていることをありのままに話そう。魔人を一方的に狩る異端狩りを止めるために来たのに、俺はなぜかセコい犯罪行為に荷担することになっている。
何をいってるか分からねーと思うが安心しろ俺もわからん。何かアホらしい片鱗のようなものとか云々。
マーリカが生き生きとした様子で金目のものを探しているのを横目に、俺は周囲の様子を確認する。
薄暗い店内。所々に倒れる丸テーブル。
……テーブルはすべて出入り口へと向けて倒れている。
まるで、出入り口からやってきた何かから身を守るバリケードのように。
間違いない。ここで、何かが起きた。
……異端狩りの兵士がやってきたのだろうか?
だが、それにしては妙だ。床や建物には全く争った形跡がない。
気のせいか? 偶然、テーブルが倒れているだけで、ここで戦いは起きてはいないのだろうか?
俺は足下の丸テーブルを掴み、なんの気なしに立たせてみた。
…………?
テーブルの裏側に、ヌルリとした感触。
右手を見る。
べっとりと、黒い何かが俺の中指と薬指についていた。
恐る恐る、それを嗅いでみる。
生ぐさい。それに鉄っぽい臭い。
これは――血液、なのか……?
俺が指先にこびりつく血の塊を調べている時。
ガシャン!
大きな物音。
見ると、セイが腰を抜かしたように地面に尻をつき、ズリズリと後ろへ後退している。
――どうした?
俺が駆け寄ると、セイは震える指先を真っ直ぐに前方へ向ける。
指の差す方角へ目を向けると――唖然とした。
薄暗い店内の奥、ゴソゴソと動く人影。
地面に膝をつき、何かを一心不乱に……食べている?
俺達の気配に気づいたのか、そいつは動きを止めて。
ゆっくりと、こちらへ振り向いた。
死体の如く灰色に濁った両目。血の気の失せた白い顔。
口元だけは血にまみれて真っ赤で、両腕には何か赤黒い肉塊を抱いている。
ごとり、と肉塊から何かが落ちた。
……それは。
靴をはいた、まぎれもない、人間の足先であった。
――こいつ。
未だ状況をつかめないまま、しかし俺は、そいつの姿になにか既視感のようなものを感じていた。
元の世界で見た映画。
死してなお動き、生きている者を集団で襲う死者の群れ。
……ゾンビ。
そいつは、映画やゲームでよく見る、あのゾンビそのものであった。




