8章-(13)複葉機は自由を駆ける
「“時間停止”ではなく“時間遅延”……なるほど、乱暴な理屈だけど、時間を完全に止めた相手に攻撃するのとは違って、多少の衝撃は和らげられるってわけ……」
マーリカは口元に手をやり、しばらく考えた後に、言った。
「その技、ほぼアンタの加減しだいで威力が大きく変わるんだと思うけど、アンタ加減とか細かく正確に調節できる?」
――いや、今のもほぼ適当っていうか……
「はあ……やっぱりねー……」
落胆するマーリカと入れ替わりに、操縦席のエレンから怒りの声が届く。
「何してくれてんじゃコラー!! 今の間違ってたらクリッターの破片が機体に直撃してたわよ!? 死にたいわけ!?」
――す、すまん。状況を打開する方法になるかと思って、試して――
「“試す”ってなに!? 確証もなしに使った技ってこと!? 空、ナメてんのかコラぁぁ!?」
――すいません……
「声が小さい!!」
――サーセンっっしたぁぁ!!
「ようし!! 次機体の近くでさっきの使ったらあんたを振り落とす! そのつもりで任務に励まんかいコラー!!」
――イエス、マム!!
……あれ、いつの間にか会話がミリタリーのノリになってんだが……?
「何をごちゃごちゃ考えている!? 敵が目の前にいることを忘れてんのかコラ―!」
――イエス! マーム!!
「……ソウジ、アンタ意外と流されやすいタイプ?」
そうらしいなチクショウ。
マーリカと会話してる間にも、前方斜め上空から、吹き下ろす風と共にクリッターの群れが飛来!
「ソウジ、わかってると思うけど――」
――わかってる!
俺はこちらへ近づく群れの、ほぼ真ん中にいたクリッターに“時間遅延”の魔法を与える。
同時に先ほどの要領で、氷の破片を時間の遅延するクリッターへ投擲。
他のクリッター達をすり抜け、上手く目的の奴に当たり――爆発!!
ドパアアッ!!
という激烈な破裂音と共に、破裂したクリッターの爆風と破片で周辺の群れは吹き飛んでしまった。
「……うん。威力さえ調節できるようになれば使い勝手良さそうね、その技。名付けて“時減爆弾”なんてどう?」
満足そうにマーリカが言う。
こと戦闘に関しては1段、2段以上も上を行く彼女に太鼓判を押されたわけだ。とっさの思いつきとはいえ、極めればかなり強力な技になりそうだ。
ハズレ能力の時間操作。とはいえ、使い方によっては“化ける”可能性もあるかもしれない。
しかし……
――名付けるのか……
俺がそう呟くと、マーリカが鬼のような形相で反論。
「なに!? 名付けて悪いわけ!?」
――いや、別に――
「どうせアンタのことだから、『そういうノリ中二クセー』とか思ってるんでしょ!?」
――俺の心を読んだっ!?
「読めるわ!! そんなわかりやすいくらいのシケ面してりゃわかるっつの!! あたしが魔法詠唱してる時もたまにそんな顔してるけどさ! アンタ魔法を小馬鹿にしてんじゃないの!?」
――まあ、なんかカッコイイ(笑)こと言ってんな、とは思ってたけどよ。
「(笑)っ!? アンタわたしが格好つけて唱えてたとでも思ってたわけ!? 言っとくけど詠唱は精神を統一するために必要なやつなの! スポーツ選手がよくやる、マインドセットするためのポーズみたいなもんよ! 状況に関わらず安定した精度と威力を発揮するにはそういう“ポーズ”が必須になるわけ!! わかる!?」
――お、おう。そうか。分かった分かった。
「なあにが分かったってのよ!? 適当に話合わせんな!!」
――いや、好きなものは人それぞれだし? そういうのが好きならそれもいいんじゃねえの?
「はあ!? それ理解あるように見せかけて放置してるだけのやつじゃん! 最近のそういう“中二WW
”つって小馬鹿にする風潮マジでムカつく!! 中二の何が悪いのよ!? カッコイイじゃないの!!」
落ち着かせるために言った台詞が、なぜかマーリカの逆鱗に触れてしまったようだ。まるで誰かの魂でも乗り移ったかのようにブチ切れるマーリカ。
彼女をなだめようと、俺は口を開きかけ――閉じた。
上空から俺を、複葉機全体に落とされる影に気が付いたから。
反射的に上を向き――愕然とした。
クリッターだ。しかし先ほどの奴らよりも巨大。
複葉機よりも――全長約8メートルの複葉機より巨大な、10メートルをゆうに超える巨大な個体が、雲を割ってゆっくりとこちらへ降りてくる……!
――言い争ってる場合じゃねえぞ、マーリカ……!
「あたしとアンタで可能な限りバラバラに斬り裂くわよ……状況によってはアンタの“時間加速”が重要になる。できるだけ体力は温存して……!」
俺は彼女にうなづき、こちらの刃圏に入るまで、汗ばんだ両手で斧を握り待ち構える。
……その時。
俺は、違和感に気づく。
複葉機に落ちる巨大な影。
初めはあのクリッターのものなのかと思ったが……だが待て。奴はまだこちらと20メートル以上離れた距離にいる。
確かに奴は巨大だが……この複葉機全体を、さらに複葉機の周囲を暗くするほどの大きさがあるとは思えない。
俺はもう一度上空を見据える。
すると――見えた。
クリッターのものとは別の、6枚の半透明な羽。
見上げる俺の視界に収まりきらないほどの巨大な羽と、巨大クリッターの体を覆い尽くすほどの超巨体。
クリッターの背後に――さらに巨大な何かが迫っている……!?
「月喰い!? 嘘でしょ……!?」
マーリカの声。
彼女の言う“ムーンスクレイパー”とは、俺の目から見て率直に感想を言うと、“冗談みたいに馬鹿デカいセミ”である。
10メートル級の巨大クリッターを遙かに超える、30メートル以上の弩級を誇る六枚羽のセミ。それがムーンスクレイパーの姿であった。
そいつは六本の長大な足で、こちらへ降りようとする巨大クリッターを抱え込み、ストローのような口吻をクリッターの背中へ深々と突き刺した!
じゅる。じゅる。じゅる。
くぐもった吸引音が俺の背筋にゾワゾワとしたものを走らせる。
樹液を吸うように、奴の体液を啜っている……?
捕らえられた巨大クリッターは、超巨大なムーンスクレイパーに体液を吸われ、徐々に大空を泳ぐヒレの動きが鈍くなり――びくり、びくりと痙攣する。
やがて痙攣も弱まり、ぐったりとするクリッター。ムーンスクレイパーはひとしきり腹を満たし、満足したのか、大きく6枚の羽を動かし上昇する。
同時に――死体となったクリッターを手放して。
死んだ巨大クリッターは風に乗ることもできず、ただ落下するのみ。
そう、真下へ落下する。
真下にいる――俺達へ向かって――!!
――うおおおっっ!?
「だわあああああっ!?」
一気にこちらへ急降下する巨大クリッターの死体。俺とマーリカはまともに迎撃態勢すら取れず、複葉機ごと包み込む巨大な投網のごときクリッターへ、闇雲な攻撃を仕掛けようとした。
だが……!
俺は危惧する。このまま俺とマーリカが斬り裂いたとしても、刻んだ破片は複葉機に当たる! 例え破片でもあのデカブツの破片。一切れでも当たれば機体はバラバラに……!
「だっしゃああ!! 飛べ! ファルコン号ぉぉっ!!」
エレンがありったけの魔法を複葉機にブチ込むと、それに応えるように複葉機が急加速!
俺とマーリカが攻撃するより速く、複葉機は落ちるクリッターを避け――再び覆うもののない自由な大空を軽快に飛翔した。
……助かった。
安堵と共に、わかったことが二つ。
この複葉機の名前が「ファルコン号」ということ。
あと、この世界の連中はやたら名付けるのが好きな人達だということだ。
抜けるほどに蒼い大空を眺めながら、俺は大きくため息を吐いた。
目的地のジヨウ高原でもこんな戦闘が待っている……そんな事実を思い出したからだ。




