8章-(12)新たな時間魔法
「クリッターは飛行機よりも遅い! 後ろや真上の奴らは無視していい! だから前方から襲ってくる奴らを迎撃して!!」
エレンに言われた通り、俺は飛行機の前方を見据える。
飛行機の速度を見定め、前方のクリッター達が後ろから来る肉をこそぎ取るように、長い歯を逆立てながらこちらへ接近してくる!
マーリカはそんな前方のクリッター達を、ムチの一閃で5匹まとめて斬り裂いた!
「左前方のクリッターはあたしが片付ける! アンタには右前方を任せるから!」
……言われるまでもない。
俺は斧の刀身をロックする留め金を外し、円状の斧の刃をクリッター達へ飛ばす!
一番近いクリッターを1匹斬り裂いたが、その後ろに控える無数のクリッター達には当てられない……!
空を飛ぶ鳥に石ころを当てることができないように、風を受け、空中を自在に飛ぶ連中に斧の刃を当てるのは、かなりの技量が必要だ!
――クソっ!
俺が落とし損ねたクリッターの9割は複葉機とすれ違い、風に飛ばされるように機体下部へと流されて行った。
残り一割は。
ビタン! ビタン!
と、翼やコクピット付近へ叩きつけられ、衝撃で即死。
だが……その中の一匹がしぶとく生き残り、ヨチヨチと触手を足がわりに歩き、コクピットへ近づく!
まずい……俺がいる場所からじゃあの一匹まで近づくことができん! 斧の刃を飛ばして――だめだ! 機体ごと傷つける恐れがある!
クソ、マーリカに頼み足下の氷を解いてもらうべきか……!?
俺が逡巡しているその間に、コクピットの中で動きがあった。
運転に集中するエレン。彼女の後ろの空のコクピットに、銀色の輝きが奔る。
セイであった。
彼女は背中に背負うスペルソードを抜き、コクピットへ近づくクリッターの足を切り、フライ返しの要領で機体からクリッターをひっぺがした!
あいつ。
初めて飛行機に乗り、初めて魔獣に襲われ――それでも恐れず、冷静に対処するなんて。
……俺なんかよりも肝がすわってるのかもな。
セイによって機体から切り離されたクリッターは後方へと吹き飛んでいった。
――いいぞセイ! 近づいてきた奴は任せる!
俺が声を掛けると、セイは風圧と冷気に耐えながら右手を伸ばし、サムズアップ。
「ちゃんと撃ち落としなさいよ! 何やってんの!!」
怒号はエレンからだった。だが、批判はごもっともだ。
左側の翼に乗るマーリカは、ムチ一振りにつき平均5~6匹をまとめて斬り捨て、左翼にとりつこうとするクリッター共を難なく撃墜してのける。
対して俺は……何度も斧の刃を飛ばすが、風に乗る連中を仕留め切れず、何度も接近を許してしまった。
クソ……何か、俺とマーリカの攻撃の仕方に差があるのか? 一体あいつは、どうしてこんなヒラヒラ空中を飛ぶ連中を簡単に撃ち落とせる……!?
「……あーそっか。ソウジって、ダンウォードおじいちゃんから“キザシ”すら教わってなかったんだ……」
マーリカが俺の状況を見て、落胆するように言った。
なんだ……? キザシ、ってのは……?
「今教えてる時間もないしなー……アンタの魔法、時間操作で切り抜けるしかなさそうね」
――時間操作で? どうやって?
「アンタの魔法でしょ? 魔法は使い手が一番使い方を理解してるもんなんだから、アンタが自分自身で考えて使いなさい」
マーリカは左翼側だけでなく、右翼側のこちらへ近づくクリッターまでまとめて斬り裂き、余裕の表情でそう言った。
――そうは言うが……いや待て、魔法ってんならお前のほうが得意だろ? お前なら自分の魔法でこいつら一掃できるんじゃねえのか?
彼女の魔法は熱の移動。
熱の移動は副産物として気流の操作すら可能とする。クリッター達は気流に乗ってこちらへ襲いかかってくる。ならば、気流を操る彼女の術でこいつらを吹き飛ばすこともできるはずだ。
だが――マーリカはゆっくりと、首を左右に振る。
「無理。あたしは今魔法が使えない」
――なぜ!?
「七罰と戦った時の事もう忘れたの? バカ丁寧に魔法について解説してくれたでしょ? あの赤目白髪の転生者が?」
俺は必死にあの時の記憶を掘り返し――そして思い出す。
『……魔法は一度につき1発のみ。別々の魔法を同時に発生させることはできない』
「あたしは今、自分とアンタに氷で翼に貼り付く魔法を使ってる。重複して同じ魔法を複数使うことはできても、異なる魔法を同時に使うことはできない――これがこの世界の魔法のルール」
――つまり。
「今魔法を使えるのはアンタだけってこと! この状況、アンタの力だけで切り抜けて見せなさい!」
魔法。
俺の魔法ができること。
それは今のところ――“止める”ことと“加速”することの二つ。
ここへ襲い来るクリッター達を全員“止める”事ができれば、この状況を切り抜けることもできるだろう。
だが、懸念が一つ。リントが言ったこの世界の魔法のルール――“固有抵抗値”。自分の魔法を直接相手に与える事はできない――このルールがある以上、俺の時間魔法でクリッター達を止めることができるとは思えない。
……ならば、“加速”だ。
まずはイメージ。飛来する60近いクリッターより先んじて、自分が体を動かすイメージだ。
同時に懐中時計の上にあるネジ――竜頭を親指で弾く。
すると時計が俺の意図をくみ取り、俺の時間を加速させた。
まるで雪崩のように、上空からこちらへ襲い来るクリッター共の時間が……止まる。
俺は四度、止まった時の中で斧を振るった。
そして――時間を戻す。
すると。
時間が戻り。
一瞬。そう、0.001秒すら数えぬ間。
俺は――襲い来る60近いクリッターの四方へ斧の刃を飛ばし、物理法則を無視した完全同時四連撃をクリッター共へと放った!
これまでの撃ち漏らしすらカバーするように、俺の時間操作による瞬擊は100以上のクリッターを斬り裂き、撃ち落とした!
……ここまでは僥倖。
しかし……
……ハッ、ハッ、ハッ……!
息の乱れ。
呼吸の乱れ。肉体の激烈な疲労感……これは、先ほどの時間操作の代償である。
目の前まで迫っていたクリッター共を蹴散らすことはできた。
だが……それでも効率が悪い!
100近いクリッターを斬り飛ばした後、上空から200近いクリッターの大群が現れる!
対して俺は、先ほどの魔法の反動で満足に体を動かせずにいる! クソ……!
「1対1の対人戦闘ならよかったけどねー。大量にいる魔獣相手だと今の戦術は不適格」
焦る俺の横でマーリカは素早くムチを閃かせ、一瞬の内に100以上のクリッターをムチで斬り裂き落としてみせた。
「己の魔法を知るには、まず自分の魔法が何を支配するかを理解する必要がある。時間操作が何を支配するのか……まずは自分自身を考えなさい」
マーリカの言葉。自分自身の能力が何を支配するか。
何を魔法として使うことができるのか?
…………よし。
俺は彼女の言葉を確かめるため、クリッターの一体へ時間魔法を与えてみた!
クリッターの1体へと時間停止魔法を発動。
すると、そいつは体の動きの一切を止め、空中で縫い付けられたように停止した。
……時間魔法が効いたようだ。
リントは言った。自分よりも低レベルの敵相手ならば、直接魔法による効果を与えることができるのだと。
リントには与えられなかった時間停止魔法。奴が言ったように、俺よりも低レベルのクリッターならその効果を与えられたようだ。
トドメだ! 早くトドメを!
俺は素早くマーリカを見る。だが彼女は……停止したクリッターへ攻撃を加えず、複葉機が停止したクリッターと距離を取るまで一度も攻撃を加えず見送るだけだった。
――なんで今の奴を攻撃しない?
俺が尋ねると、マーリカは安堵を含めたため息を一つした後、逆に俺を糾弾した。
「あっっぶないわねえ!? 危うく攻撃するとこだったわよ!!」
――おい?
「……アンタ本当に忘れてるの? あの七罰の言ったことをさ?」
――まさか。
『――自分の時間を早めるってことは、超速で自分の体動かしてるのと変わらねえからな。発動後すぐにへばっちまう。あげく自分の時間を早めている間は敵に攻撃もできねえ。強烈な衝撃波で自分が大ダメージ受けちまうんだよ――』
あの時の、リントの得意げな声色をまざまざと思い浮かべる。
時間停止した敵に攻撃を加えることはできない。
それは言ってみれば、敵に光の速さ以上の攻撃を加えたに等しいから。
……光速以上の速さで敵を攻撃する。そんな事をすれば、衝撃波で大陸ごとこの世から吹き飛んでしまうだろう。
むろん時間操作をした俺とて消し飛んでしまう……なるほど道理だ。時間操作がハズレ能力呼ばわりされることも頷ける。
時間停止した敵に攻撃するのは無理だ。
……ん?
ちょっと待て。
時間停止した奴に攻撃はできない? そういうことか?
なら……!
俺は直近に迫っていたクリッターの一体に時間魔法を与え、時間を“遅く”してみせた。
「ちょっ!? だから時間停止させたらあたし達も――!?」
――まあ見てろ。
俺はマーリカが作った、足を縫い付ける氷の一端を手で折り、その破片を――時間を遅らせたクリッターへと投げた!
「そんなことしたら――!?」
――時間を停止したわけじゃない。時間を遅らせただけだ。
俺はそう答えた。
そう。俺が攻撃を加えたのは時間を止めた敵ではない。
時間をわずかに遅らせた敵に与えたのだ。
そしてその差は――氷の破片が直撃したクリッターによって証明された。
――ドオオオンッッ!
炎さえ現れるほどの激烈な“衝撃”。
だが――俺や、複葉機はまったくの無傷。
完全に敵を停止させる事を避け、敵の時間を遅らせることによる爆発的衝撃波でクリッターを蹴散らす……
時間停止ではなく時間遅延。
これが、大量の魔獣を時間操作で倒す方法の一つだ。




