8章-(10)風の吹くままに
――ズガン!!
周囲に響き渡る破裂音。
俺はエレンへ振り向き――唖然とする。
「……あっぶないわねえ。当たったらどうするわけ?」
灰色の超過冷結氷が盾となり、エレンの身を魔術弾丸から守った。
氷の魔法を使った者は言うまでもなく、マーリカ。
「……おい。誰だ? 今撃った奴は誰だ!?」
レミリオはいつもの余裕の態度をかなぐり捨て、周囲の男達へ怒りをぶちまける。
マーリカはクスクスと笑い、ゆっくりと、指を差す。
「ソウジ。2時の方角」
俺はマーリカが指差す方角、正面からやや右斜め前を見る。
すると――見えた。
この世界じゃ珍しい、3階建ての建物の屋上で、ライフルを携えるスナイパーの姿。
あいつか。
まるで濁流をせき止めていた堰を解放するかのように。
俺は、ここまで抑えつけていた怒りの感情を一気に噴き上がらせた。
血の霧を纏い、奴のいる建物へと突進する!
屋上のスナイパーは俺に気づき、俺へ向けて何発も狙撃弾を放つ。
だが当たらん。銃口の位置、弾丸の進行方向。全て見ている。
全て斧が“視て”いる。肩に担ぐ斧が建物屋上の奴の攻撃を見て、俺が魔剣のイメージに従い避ける。蛇行するように動き。怒りのままに進む。進む!
……自分一人だけ安全圏に引きこもり、一方的にこちらへ攻撃を仕掛けるスナイパー野郎。
自分の引き金1つが人の命を左右する。さぞや気持ちよかっただろうよ……今、その報いを受けさせてやる……!
奴のしけ込む建物へたどり着き、窓の庇部分を足場に一気に駆け上がる。
3階屋上――見えた。スナイパー野郎の姿が。
だが、その時。
屋上の縁に魔方陣展開による光。これは、罠――
腹に響く轟音と衝撃。
スナイパーの口元に、ニヤリと笑みが走る。
しかし――その笑みはすぐに恐怖に染め上げられる。
「馬鹿な……!」
危なかった。
普通の爆薬を使っていれば致命的なダメージを負っていただろう。
だが、こいつは魔法による爆弾を使った。
よりにもよって魔法を減衰させる血の霧を纏う俺にだ……おかげでダメージはほとんど受けなかった。
「クソッ! 転生者がいるなんて聞いてない! 聞いていないぞ!!」
スナイパーは懐から出した拳銃で、魔法弾丸を何発も放つ。
だが効かない。先ほどの高威力のライフル銃ならばいざ知らず、護身用の拳銃程度の威力ならば、俺の血の霧が完全にかき消してしまう。
「寄るな! 化け物っ!! 寄るなああっっ!!」
腰が抜けているのか、芋虫のようにズリズリと後退しながら、効きもしない拳銃弾を何発も放つスナイパー。
『殺せ』
聞こえる。斧の声が、聞こえる。
『殺せ。殺せ。殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……』
斧の渇望が、俺の精神をゆっくりと赤黒く染めてゆく。
『斬り裂け! 叩き潰せ! 断ち割れ! 割っ斬れ! 抉り貫け! 千切り抜け! 腑散らせ!』
『肉を食わせろ! 血を飲ませよ! 人肉だ! 人の肉を味わわせよ!』
『獲物だ! 今ならば狩れる! 容易いぞ! 簡単に殺せる! 今だ! 殺せ! 殺せ!!』
恐怖の表情を浮かべるスナイパー野郎。
赤く紅く染まる視界に、こいつが殺されるイメージが130通り、めまぐるしく浮かぶ。
……いいだろう。
今ばかりは、お前の欲望を叶えてやる……
「来るな。やめろ……やめろおおっっ!」
18番目に浮かんだイメージの通り。
俺は斧を天高く振り上げ――力いっぱい振り下ろそうとした。
その時。
地面に再び魔方陣展開による光。
魔方陣の中心から現れたのは――レミリオ。
俺が思わず斧の動きを止めると、奴はニヤリと笑い。
右腕を振ると、服の下で何かの仕掛けが動き、手のひらサイズの小型拳銃が右の袖から現れた。
レミリオはその小型拳銃を素早くスナイパーへ向け、引き金を引く。
バシン!
「ぐがっっ!!」
小規模の電撃が発生し、スナイパーは気絶した。
「ふう、あんたが見込んだ通りの男で助かったぜ転生者。あんたなら斧を止めると思ってた」
――今のは、移動魔法ってやつか……? お前、なんで自分の部下を……?
「……違うな。こいつは親父お抱えの殺し屋だ」
――なに?
「俺とエレンとの仲が進まないんで、余計な気を回したんだろうさ。全く……余計過ぎるお節介だぜ」
――お前……
「まだ決着はついてないが……どうだ? 仕切り直しといくか?」
俺は斧を下ろし、ゆっくりと首を振る。
「だな。しらけちまったぜ……」
レミリオはゆっくりと屋上の縁へと歩み、傍らに転がっていたスナイパーライフルを拾い上げた。
長大なライフルを構え、エレンへと照準を合わせる。
――おい、お前……!
「エレェェェン!!」
笑みを浮かべ、レミリオは遠くのエレンへ声を張り上げる。
「命よりもか!? お前は夢に――命賭けられるのか!?」
遠くのエレンが声に気づき、こちらへ顔を向ける。
「俺と一緒になれば何不自由なく生きられるんだぜ!? それでもお前は――油と汗まみれになってまで困難だらけの夢へ飛ぶ気か!?」
遠くのエレンは、レミリオのセリフに全く動じず、手際よく機体の最終調整をしている。
「俺の所に来いよ! お前の幸せは俺の元にしかねえ! エレン!!」
遠くのエレンは――こちらによく見えるよう、高々と中指を立ててみせた。
「……いいねえ。そんなお前だからこそ心底惚れ抜いた……」
レミリオはスナイパーライフルを階下へ捨て、笑う。いつものような余裕ぶった笑いを。
「ははは! 馬鹿女め! 勝手にしろ! もう俺の手に負えねえ! 勝手に飛んでいけ!! ははははっ!!」
◆◆◆
呆然と立ち尽くすレミリオの部下達。
彼らに見送られながら、エレンと俺達はアンティークな複葉機へ乗り込み、異世界で想像もしていなかった空の旅へと出立した。
◆◆◆
「……本当に惚れていたんですね」
イーティスがぼそりと言うと、小さくなった空の複葉機を見つめるレミリオがクスリと笑う。
「何だ? まさかこの俺がボランティアであの子を守っていたと思っていたのか?」
「遊びのつもりかと。まさかあんな小娘に、と」
「転生者の世界じゃあ、俺もまだまだガキだって話だぜ?」
「……子供の火遊びでは済みませんよ?」
イーティスは懐から細い葉巻を取り出し、火をつける。
「あなたは親父さんの刺客を撃った。理由はどうあれ、これは親父さんへ弓を引いたことと同じだ……坊ちゃん、あなた親父さんと戦争するつもりですか?」
「丁度いいだろ?」
「は?」
「ガキと老いぼれなら、いい勝負になりそうだろ? 丁度いいさ。古臭い組をキレイにリニューアルする良い機会だ。誰がこの街の真の支配者なのか……街のやつらにもわかりやすいように、せいぜい派手にいこうか?」
「……あなたは」
「いいんだぜ? 親父の元に帰っても?」
「……ファミリーのしきたりは個人の情や思いよりも優先する。だがそのしきたりよりも上にあるのは“誓い”だと、あの人から教わりました。
私は坊ちゃんを守ると誓った。それは親父さんへの義理より情よりも優先する。私は親父さんにそう教わりました。例え親父さんへ敵対することになろうと坊ちゃんの元に……それが親父さんへの義理です」
「ははは、イカレてやがるぜ、どいつもこいつも……」
やがて複葉機は見えなくなり、レミリオはゆっくりと、その場を立ち去る。
「坊ちゃん……」
「ありったけの武器を集めろ。向こう一年戦えるくらいの量だ。人数も要る。ジンガルフに敵対していた奴らをリストアップしろ。使えそうな奴をな……あぁジルア。あの叔父さんはまだ生きてるんだよな? あの男にも花を持たせてやるか……」
呆然とするイーティスと部下の男達。
レミリオは振り返り、笑みを浮かべる。
「風の吹くまま気の向くまま……だから人は面白い。お前らも楽しめ。下らなくていい加減な人生ってやつを」




