8章-(9)たった一発の弾丸
「話聞いてなかったのか? 今の時期は“クリッター”共が――」
――その件については話し合った。その程度なら問題ないってよ。
「なーるほど? 転生者殿ならば障壁にすらならないと……頼もしいねえ。敬意すら覚えるが……あんた達は少し空気ってもんを読んだほうがいい」
瞬間。
何者かが俺の背後へ素早く近づき、抵抗する間もなく俺はそいつに腕の関節を極められた。
「紹介が遅れたな? あんたの後ろの奴はイーティス。元は親父のボディガードだったが、組を継いだお祝いに俺へプレゼントしてくれたんだ。見ての通り寒気のするほど有能な奴さ」
「…………」
イーティスという男は、無言で万力のような力で俺を組み伏せる。ごつい体格をした、白髪交じりの髪と左目の眼帯が特徴的な男だ。
油断も容赦もない眼差し。顔つきだけでよほどの修羅場をくぐってきたのがわかる。
だが……甘く見られたもんだ。
「分かってると思うけど? 遊んでる時間ないのよ、ソウジ?」
――分かっている。
腕の関節を極められ、両腕を背中に組まされ押さえつけられる――この状況で取るべき手段は1つ。
……相手の力に逆らわないことだ。
「なにっ!?」
背中へ押さえつける力に抗わず。
重心を前方へ傾け。
その場で前方宙返り。右足のかかとでイーティスの顎を蹴り上げる!
「ちいっ!」
イーティスは寸前で俺の蹴りをブロックし、ガタイに似合わない素早さで俺達から距離を取った。
「どうだイーティス? 転生者ってのはすげーだろ?」
「……面目ありません。穏便に済ませるつもりだったのですが」
「ああ。そりゃ転生者を舐めてたってことと同じだぜ?」
レミリオがイーティスの胸元を指さす。
コートだけを横一文字にざっくりと切られた、イーティスの胸元を。
「…………!!」
「見えたか? おっかねえなあ。あの一瞬で蹴りだけじゃなく斧の斬撃まで放ってやがったらしい……そうだな。初めから殺す気でやらねえと、あんたらは止まらない」
――殺る気か? 殺れるとでも?
「イカレてるねえ。俺の後ろが見えないのかい?」
レミリオの背後で、20人近い奴の部下が、魔法弾丸を装填したライフルを構える。
「あんたほどの使い手ならわかるだろうが、魔法ってのは詠唱者の精神状態によって威力や精度が大きく変わる。パニックに陥れば名うての大魔道士ですら最下級魔法一発放てなくなるほどにな。実践じゃあ使い物にならないなんて事はザラだ。
そこで銃がモノを言う。引き金を引きさえすれば、詠唱者の精神に関係なく安定した威力と精度が出せる。これからはコイツの時代なのさ。時代遅れの魔法使いなんざものの数じゃあねえ」
「……へー、それ、あたしに言ってんの? 面白いジョークじゃん」
レミリオの挑発に、マーリカが獰猛な笑みで応じる。
「まぁ、あんたらと遊んでやってもいいが……今は用事を済ませるのが先だな……」
レミリオが複葉機へ向き直ると――エレンが再び機体を庇いたてる。
「……どきな、エレン」
「わたしに命令しないで」
「死ぬ気か?」
「わたしが撃てるの? あんたに?」
エレンが挑発するように言うと――レミリオは天を仰ぐように笑う。
「お前な……わかってねえよ。いいか? よく考えろ。お前の親父さんが殺されて、形見と意思を継ごうとしているお前が、今の今まで何でこの街で平然と生きてこられたと思ってるんだ?
……誰がお前を生かしてきたと思ってるんだ? ようく考えろお姫サマ? 足りない頭で考えてみろ……俺だよ。お前今、お前を今まで庇ってきた唯一の味方に砂を掛けたんだぜ? 理解したか? 自分の立場ってのがわかったかな?」
「……わからないわね。どうしてはっきり言わないの? “俺に従わないなら殺してやる”ってさ……!」
「いいねえ……それじゃあハッキリ言ってやる。いい加減愛想が尽きた。そんなに死にたいなら俺が引導を渡してやろう」
レミリオは懐から拳銃を取り出す。銃身およそ30センチ近い、人に使うにはあまりにも凶悪なサイズの拳銃を。
「最後の忠告だ。死んだ親父の亡霊に振り回されるな。たった1つの夢に殺されるな。信じてみろ。俺と共に生きる可能性を……」
「……ここでわたしが引いたらこの機体は完全に修復不能になる。一生父さんを許すことができなくなる。一生母さんを理解できなくなる……わたしがどうして生まれたのか、その本当の意味がわからなくなる……! 自分自身がわからなくなる事は死ぬことと同じ。死んだ人間が生き返ると思う? 無理なのよ。機体が壊された後、あんたと生きるなんてね……!」
「残念だ。じゃあお前、もう死ぬしかねえなあ」
レミリオは、ゆっくりと銃の撃鉄を起こす。
暗い笑みを湛える奴の顔が……一瞬曇る。
「……なんだよ。エレンのマネか? そこをどけよ、転生者」
――引いてみろよ。その引き金。
「あ?」
――引けよ。引き金、引いてみろ。そいつは洒落じゃ済まない。
「……なんだ? 一体何を地面に描いてる?」
俺は斧の柄の先で、地面に図形を描く。
菱形に、大きく引いた一本の線――――
「お前、一体……!?」
――引き金を引いてみろ。お前達全員、洒落じゃ済まさん……
共に死を想え。
強い覚悟とありったけの殺意を込め、レミリオに最後通牒を叩きつける。
だが奴は……それでも楽しげに笑ってみせた。
「……はははは! いいねいいねえ! なんて殺気だ! 転生者は平和な国からやってきた甘ちゃん共じゃなかったのか!? 最高だ! あんた最高にイカレてやがるぜ……!」
レミリオは俺の額へ真っ直ぐに銃口を向ける。
俺は斧を握り、胸の奥から制御不能なほどにわき上がる怒りを抑えつけながら、引き金に掛ける奴の指を凝視する。
「セイ。あたしの後ろに隠れてなさい。あたしの手の届く範囲にいれば安全だから」
セイは緊張した面持ちで、マーリカのワンピースを後ろからぎゅっと握る。
エレンは口を真一文字に結び、俺の後ろでレミリオを、奴の後ろの男達をにらみつける。
マフィアの構成員であろう男達は一斉にライフルの銃口を俺達へと向けた。
3連の巨大な魔術砲台は、恐ろしく静かに複葉機へ暗い銃口を向け続けている。
緊迫。
故の静寂。
この場の全員が分かっている。もしも誰かが動けば――待つのは地獄。どちらかが滅びるまでの殺し合いだと。
故に動けない。
引き金を引けずにいる。決定的な、一手。
……最初に引き金を引くことになるのは、どいつだ……
その時。
魔剣である斧から、あるイメージが伝わる。
俺の視覚情報に先んじて、斧が“見た”光景のイメージ。
一条の光。
魔法を封じた弾丸の軌跡。
それが――真っ直ぐにエレンの頭を目掛けて飛翔している。
まるで時間を遅らせたようにゆっくりと飛ぶ魔術弾丸。
だが、それを追う俺の動きも遅い……!
一体どこから飛んできた……!?
いや、それどころじゃねえ!
血の霧で――いやダメだ! 発動まで時間が掛かる!
クソ……! 間に合わねえ……!!




