8章-(8)夢と命は秤れるか
しばらくすると料理や飲み物が運ばれ、レミリオの合図と共に俺達はグラスを軽く掲げ、乾杯する。
上機嫌でグラスを傾けるレミリオ。
だが俺はグラスには口をつけず、荷物の中から陶器のポッドに植えた小さな苗木を取り出した。
「なんだよその木? 転生者さんのペットか?」
――この木は毒素に敏感でな。根から毒が吸収されると、すぐに葉へ集めてそれを落とす。つまり、このグラスの飲み物をこいつに飲ませて、葉っぱが落ちれば飲み物に毒が盛られていたってことになるわけだ。
「……心外だな。あんたには、俺が理由もなく毒殺を企てる奴って風に見えているのか?」
――気にするな。ただの用心だ……以前盛られたことがあったからな。
グラスの飲み物を少量、苗木へ注ぐ。
……反応はすぐに現れる。毒が盛られていれば、1分とかからずに葉が落ちる。
「それで、もしもその木の葉が落ちれば……転生者さんはどうする?」
――以前、俺に毒を盛った奴と同じ対応をするだけだ。
「……そいつはどうなった?」
――死んだ。
「へえ…………」
俺とレミリオが見つめる中、苗木の葉が、1枚――落ちた。
…………
「俺を殺すか? 転生者?」
先ほどと変わらず、妖しい笑顔を浮かべるレミリオ。
しかし、俺は……ゆっくりと首を横に振る。
――毒が原因で葉が落ちる時、こいつの葉っぱは藍色に変色する……落ちた葉は緑。毒は入っていない……
「命拾いしたってことか? そりゃあめでたい。一緒に祝おうぜ? 血を見ない事に越したことはない。お互いに……だろ?」
レミリオは自分のグラスで俺のグラスを軽く鳴らし、再び楽しげに酒をあおる。
……おかしな奴だ。まるで、自らの命の危機すら楽しんでいるように……
あるいは、自分の力に絶対的な自信があるのか……? 俺が転生者だと知った上で、それでも余裕で勝てる、と……
「ああ、ところであんたのペットの苗木は、アルコールにも反応するのかい?」
――酒に入ってる量くらいなら反応はしない……おい、まさかこの飲み物に?
「ソフトドリンクだよ。あんた、元の世界じゃ未成年なんだろ? それなら飲ませるわけにはいかねえさ」
――それはありがたい。
「んー……食い物も一応問題ないみたいね。うっし、食べて良いわよセイ」
マーリカは煮込み料理に苗木の葉を突っ込み、毒が入ってないことをセイに告げる。
「♪」
セイは満面の笑みで、皿に乗っていた肉の塊をごっそり取って大胆にほおばった。
「ちょっ!? そのお肉はちょっとずつ切り分けて食べるものなの! あんた良いとこのお嬢ちゃんでしょ? もっとお上品に食べなさい!!」
「……!」
「肉持って逃げんな! いくらお子様でもいい肉の独り占めとか許さないわよ!?」
どたばたとセイとマーリカが店内を駆け回る。
店内の人々はその様子をほのぼのとしたムードで笑い、俺は連れの恥に居心地の悪さを感じていた。
「いいねえ。あんな二人と旅をしてるなら、毎日楽しいんじゃないか?」
――気苦労が絶えない。
「ははっ、そういうのが幸せっていうんだぜ、転生者!」
そんなもんかね。
俺は手に持っていた“ソフトドリンク”を口に運ぶ。
強い酸味の後、猛烈な甘みが口いっぱいに広がった。……なんかのハーブを入れたお茶に砂糖を馬鹿みたいに入れた飲み物のようだ。
グラスを掲げて底の方を見ると、溶けきっていない砂糖の塊がこびりついていた。最後まで飲みきったら虫歯になりそうだなこれ……
グラスを置き、俺はレミリオへ最も気になっていた事を訊いた。
「……なぜあんた達、転生者様ご一行を誘ったかって? 愚問だな」
レミリオはグラスの酒を飲み干すと、ずい、と俺との距離を詰めてきた。
「あんた達以上に酒の相手にぴったりな奴はいないさ。気心の知れた連中と飲む酒もいいが、今まで全く関わらなかった奴と飲む酒も面白い……特に異世界から来た奴と飲む酒なら、格別の味わいを楽しめると思ってな」
――本当にそれだけか?
「……というと?」
ずい、とレミリオがまた俺との距離を詰める。
――エレンと関係があるんじゃねえのか?
この男は、彼女に気があるらしい。
何度もプロポーズしてその度にあしらわれ……そんな時に彼女の客が現れる。機体の改造をしてでも乗せたいとする客。その客の中には男がいる……女に惚れている男なら、この状況に邪推をしても不思議じゃあない。
こいつ、俺とエレンがデキてるとでも思ってるんじゃねえか? それを確かめるために、こんな店に招待したんじゃねえのか……?
俺の予想とは裏腹に、レミリオはクスリと笑う。
「どうやら勘違いさせたようだな。俺は、善意で忠告をしに来たんだぜ?」
――忠告?
「ああそうだ」
ずい、とレミリオが俺との距離を詰める。
奴との顔の距離はもはや3センチくらいしかないほどに。
――近えよ! 顔が!!
「照れるなよ。こっちまで恥ずかしくなるだろ?」
――うっせえ! 離れろ! 散れ! パーソナルスペースを考えろ変態ホストが!
「変態とは手厳しいな。ちょっとした挨拶だったんだがなあ……」
レミリオは俺からちょっと距離を取り、話を続ける。
「この時期に飛ぶのは自殺行為に等しい……転生者さんは、この世界で空を飛ぶ魔術師が少ない理由を知ってるか?」
俺は首を振る。というか、空を飛ぶ魔術師が少ないってな事も初耳だ。
「……空には魔獣がいる。“クリッター”がな」
そして俺は、この時期に空を飛ぶことがどれほど危険なことか、奴から事細かに知らされた。
◆◆◆
「――よし、こんなもんかな」
エレンは午前3時まで機体の改修作業を続けた。それから3時間だけ仮眠。
午前6時から最終調整を行い――午前8時。ようやく作業がすべて完了した。
……お父さん。
初めてのお客さんが今日、来るよ。
機体を修理して、何度かわたし一人で乗って空を飛んだ。
それでも、あなたが言ったみたいに、空を飛ぶ素晴らしさはわからなかった。
……誰かを乗せればわかるのだろうか。あなたがお爺ちゃんに乗せてもらったときのような。
これで、わかる。今日はっきりとする。あなたが真に軽蔑するべき最低の馬鹿だったのか……それとも、お母さんが言っているような“最高の馬鹿”なのか……
「――いい天気だ。心地がいい……お前の夢も気持ちよく砕けるほどに」
ゆったりとした声。あの男、レミリオの声。
エレンが振り返る。すると――彼女の瞳が驚愕に見開かれる
レミリオは一人ではなかった。
10人以上の部下を引き連れ、エレンを複葉機ごと半円状に取り囲んだ。
さらに――ギュラギュラと地響きのごとく鳴る走行音。
エレンは恐怖に息を呑む。キャタピラにより走行する、魔術砲台を3つも連ねた自走砲台が、父の形見の複葉機へ砲口を向けていたからだ。
「言ったはずだぜエレン? たった1つの夢にこだわるってことは、お前の無限の可能性を殺す、ってな……」
髪をかき上げながら、レミリオはククク、と邪悪な笑みを浮かべた。
「……はっきり言えば? “自分の女にならないならここで殺す”って?」
「そいつは野暮だ。いわずともわかり合えるのが夫婦ってもんだぜ?」
「あんたとわかり合うくらいなら死を選ぶ……お父さんを殺したアンタに嫁ぐくらいなら……!!」
ククク、とレミリオは天を仰ぎ、ため息と共に笑みを収めた。
「お前の親父が悪いんだぜ? この街レジエントは、俺達ジンガルフ・ファミリーのシマだ。街のほとんどの皆様にはご理解いただけたってのに、お前の親父を中心とした反抗勢力がしつこく邪魔をしてきた……俺の親父はいざとなれば手段を選ばない人間でな。最短距離で最高効率の一手を躊躇無く打てる。恐ろしく非情な一手を……」
「“気にくわないから殺した”。そう言えばいいでしょ……? 人一人殺しておいて、“仕方がなかった”みたいな言い分通じると思う……?」
「……そうだな。ファミリーの若頭ってな立場じゃあ、そう言わざるを得ない。そうだ。お前の親父を殺したのは俺だ。俺達だ」
「…………」
無言で彼をにらみつけるエレン。
レミリオは、そんな彼女の姿に、ニヤリと口元に笑みを湛える。
「……転生者達なら来ねえぞ。俺が今の時期に飛ぶリスクを教えたからな」
「アンタ……!」
ふう、とレミリオがため息を吐く。
「俺への意地のために命を捨てようってのか? お前の夢は本当に命を賭ける価値があるのかよ……自分の命の価値を考えろ。命がなくなればもう終わりだ……二度と立ち直る事も、やり直すこともできない。完全に終わっちまうんだぜ……?」
「わかってないみたいだからもう一度言う。アンタの思い通りになるくらいなら死んだほうがマシ。むしろアンタの目の前で死んでやる……!」
「そりゃ困る。命を張る価値のある夢か……なら、夢自体を砕いちまえば、お前の命を守ることはできるのか……?」
周囲を囲む男達がライフルを構え、魔術砲台が内部で弾丸を装填する鈍い音を立てた。
「悪いな。親父さんを殺したはずだったが、お前の中でまだ生きていたらしい……その形見の飛行機を完全にブっ壊す。親父さんを完全に殺してやるよ。お前を生かすためにもな……!」
「やらせない!」
エレンは両腕を広げ、複葉機を自らの体で守ろうとした。
だが、巨大な複葉機を守り切るには、彼女の体は……あまりに小さい。
「あの子に当てるなよ……目標は複葉機。撃――!?」
レミリオの言葉が止まる。
ようやく気づいたようだ。
「……驚いたな。来てたのか、あんた達」
レミリオとエレン、二人に割って入るように近づく、俺達の存在に。




